第58話


『悪い、都合がつかなくてな……』


 シーディスさんに会いに行った翌日、本人から仕事を手伝わせるのを取りやめたいと申し出があった。

 ものすごく気にしているようだったので、問題ないことを告げる。忙しい人であるし、本来なら俺に仕事を教えることに時間を割くなんて難しいだろう。だから本当に気にしていないんだが、当のシーディスさんが気に病んでいる。


こういうときジルベールなら、相手が気にしないようにうまい言葉をかけられるのだろうが俺だとそうもいかない。なんせコミュニケーションスキルがゼロだからな。


 無表情で『大丈夫です。気にしていません』と、言ったところで説得力皆無だろう。ただ悔やんだところで、俺のコミュニケーション能力はあがりもしないし、笑顔も作れない。

 だから頑張って言葉を尽くして、礼儀正しくしてみた。少しでも伝わっていると事を願いながら去っていく背中を見送った。


 

 さてそんなことはあったが、俺のやることに変わりはない。借金返済である。

 といっても、俺にできることは限られている。無表情であるから、人に雇ってもらう接客業は壊滅的に向いていない。他にもいろいろと考えてみたが、何か特技があるわけでもない。


 やはり氷の置物で、何か新しい商品を開発するのが無難だという考えでまとまった。

 決まったからといって、途端にアイディアが降ってくるなら俺はモブキャラからサブキャラぐらいに格上げされているはずだ。


 どうしようかと、頭を捻っていると騎士Bに渡された本が視界に入る。結構高度な、水の術に関することが書かれている本だ。何か参考になる事が、書かれていればいいんだが……

 期待を込めてページをめくっていくと、使えそうなことが書いてあった。


 ―― とりあえず覚えるか


 書いてある通りに、できないとまず話にならない。いきなりアレンジから始めるのは、料理と一緒で危険である。

 はやる気持ちを抑えながら、術を覚えるために本を読み始めた。




 ―― 眠い


 遅くまで本の内容を、頭に叩き込んで覚えた。

 アイディアも浮かんだ。


 今売っているお氷の置物は、当たり前だが形を変えない。猫の置物を買えば、猫のままである。それに変化をつけようとしたんだ。簡潔に言うと氷の置物が、一定時間たつと水に戻りまた別の形を作り凍る。一つの形しか楽しめないものを、何パターンもの形の置物を楽しめるものを作ろうと考えた、



 ―― 上手くいかないな……


 昼休みの時間を使って、なんとか試作品だけでも完成させようとしてるんだが上手くいかない。


 氷った状態から、水に戻す。そこまではいいんだが、また形を形成する段階で上手くいかずに台が水びたしになる。こんなものを、商品として売り出せるわけもない。その状態から、脱却したと思ったら一度目は上手く形をつくれても時間が経過した二回目には上手くいかない。


 ―― これがモブの限界だろうか……


 モブである俺には、難しい術だ。レベル99までいくロイや、ジルベールと違い上がっても50止まりの俺では無理なのかもしれない。


 ―― うらやましい


 うらやましすぎて、目の前にジルベールの幻覚まで現れる。


「レイザード、レイザード」


 ―― うるさい


 幻覚が、話しかけてくる。睡眠不足のせいで、脳みそが誤作動を起こしているのだろうか。


「大丈夫かい? ちゃんと寝てる?」


 幻覚がしゃべった挙句に、頬に触れてきた。

 まてさすがに、可笑しい。手を払うと、確かに当たる感触がある。


「いつからいた」

「かなり前からだけど。集中していたみたいだから、声をかけなかったんだ」


 どうやら幻ではなかったらしい。俺の頭は、まだ大丈夫なようだ。けれど今日は、睡眠時間を確保しようと思う。なんせ実際にいるジルベールを、幻覚を見ていると思ったくらいには疲れていることが分かったからだ。


「何か困っているなら、力になるよ」

「術が上手くいかない」


 いつもなら、必要がないと断るところだ。けど今日は睡眠不足のせいか、問われて素直に答えてしまう。

 行ってしまったものはしょうがない。どうしたいのか説明してから、上手くいかない箇所も話す。


真面目な顔をして、聞いていたジルベールが思案気な顔をする。しばらくすると、術の構築についてアドバイスをしてきた。

 なんで水の適性がないジルベールが、水の術に造詣が深いのだろうか。普通は適性以外の術に関しては、深く学ばないことが多い。勉強しても使えないからだ。

けれどジルベールが、してきたアドバイスはかなり水の術について学んでいないとできないものだ。


 ―― まあいいか


 とりあえず助言通りに、やってみることにした。


「できた……」

「さすがレイザード」


 何度もチャレンジして、できなかったことがジルベールの助言一つで上手くいった。


 ―― さすが?


 一体こいつは何を言っているのか。俺は何度も失敗している。ジルベールの助言が、適切だっただけだ。


 ―― まいったな


 自分の適性の術に関してでさえ、ジルベールに劣っている。それがモブと攻略キャラの差だといわれてしまえばそれまでだ。

 モブと攻略キャラの差異―― わかりきったことだ。けれど地味に落ち込む。

 術に関しては、努力を重ねてきたつもりだ。それでもやはり埋められない差はあるらしい。


「ごめん、余計なことをいったかな」

「いや……お前のおかげで、なんとかなりそうだ。礼を言う」


 いまさらモブと、攻略キャラの差を思い返し落ち込むのは止めた。そんなことをしても意味がない。それより今は術が、上手くいったことを喜ぶことにしよう。


「何か礼をする。何がいい」

「じゃあお茶に、行かないか?」


 これで商品化の目途がつきそうだ。感謝の意を込めて、礼をするというと茶に誘われる。本当にお茶をするのが好きな奴だ。

 だが無理だ。礼なのだから、頷けばいいのはわかっている。だがあいにくと、今は金を消費したくない。


「余裕がない」

「えっ?」


 最優先事項が、借金を一刻も早く完済することである。それを果たさないと、萌えを堪能する余裕がない。茶を飲むというわずかな出費だろうと、節約しないといけないのである。


「誘ったのは俺なんだから、支払いはするよ。……そのレイザード、お金に困っているのかい?」

「……」


 困ってるレベルじゃない。いつ完済できるか、目途すら立っていない状況である。

 だがこればかりは、正直に話すわけにもいかない。金額がとんでもないから、話したらなんでそんなことになったのか聞かれるだろう。上手くごまかせる自信がない。


 別にドラゴンのブレスを、浴びたことはいい。ただその過程で、先生のことを話さないと高額な治療費の説明がつかない。幾ら重傷だと言っても、そこまでの額にならないからな。いくらなんでもシーディスさんに、生活全般の世話になったからといってあそこまでの額にはならない。


 先生が光の術師であることは、口外しないと約束してる。もし万が一、ぼろっと漏らしてしまったら大問題である。恩を仇で返す様なものだし、その時の先生の様子を想像すると物凄く恐ろしい。


「術に関する本を、大量に買ったから一時的に余裕がないだけだ」

「そっか、ならいいんだけど。困ってたら力になるから、いつでも言って」


 適当な理由を作って話すと、納得してくれたようだ。普段から本を買い込むことが多いし、図書館で本を借りることもあるから無難な言い訳で信憑性はあったらしい。


「ちょっと、まっていろ」


 礼をすると言っておいて、茶をおごってもらうのは礼になっていない。かといって今は、金のかかる礼はできない。

 そんなわけで礼になるかは、わからないが氷の置物を渡すことにした。

 形を変える新バージョンである。さっきうまくいったから、きっとできるだろう。

 

「やる」

「俺に?」

 なんとかうまくできたものを、ジルベールに差し出す。まだ改良の余地があるから、あまりいい出来ではない。上手く作れるようになったら、別のものを渡すことにしよう。


「試作品だ。大したものじゃなくて悪いが」

「ありがとう、大切にするよ」


 寝室に飾ると言われて、思わず止めそうになった。金持ちらしいジルベールの、家の中は高そうなものばかりだった。調度品も、同様だ。そこに試作品を置かれたら、悪い意味で目立つ。ただやると言った手前、それをどうするかはジルベールの自由だ。止めろというわけにもいかない。


「納得のいくものが、出来たら渡すから試作品は捨ててくれ」

「ごめん。それは無理かな。いくら君の言うことでも、聞けないよ」


 俺はそんな大げさなことを言っただろうか。試作品は見た目もあれだから、完成品ができたらそれは捨てろといっただけだ。


 そんなに試作品が気に入ったのか。できれば未完成の品は、とっておいてもらいたくない。

 頼むから捨ててくれと念を押そうとして、口に出すのは止めた。やたらと嬉しそうなお顔をして、ジルベールにが氷の置物新バージョンを眺めている。

 物珍しいから、気に入ったのかもしれない。


 ―― まあ、いいか


 贈った相手が、喜んでいるのが一番だ。ここで俺がああだこうだと、言うのはやめておこう。

 それに試作品とはいえ、作ったものを気に入ってもらえるのは嬉しいものだ。


 ―― あれ……


 氷の置物を、笑顔で見ているジルベールと誰かが重なった。

 一瞬のことで、誰であるのかが分からない。ただ嬉しそうに、見ていた気がした。


「どうかしたのかい?」

「いやなんでもない」


 軽く頭を振った俺を、ジルベールが不思議そうに見てくる。

 数秒で消えたから、きっとまたバグだろう。大したことじゃないし気にするのは止めて、視線をジルベールに戻した。

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