第55話


「結局これを渡せって言ったの誰なんだろうな」


 騎士Bに、渡された本を眺める。何があるか分からないから、構築してつくった氷のケースに保管したままだ。氷といっても、俺が術で作ったものだから、溶けないし本が濡れる事もない。

 とりあえず問題は、なさそうだから取り出してページをめくる。


「あれ、これって……桜?」


 本の一番後ろの、空白部分に淡いピンク色の花を咲かせる木の絵が書いてある。細かい描写がされている訳じゃない。だから桜とは、断言できないけれど良く似ている。


 この世界には、桜は存在しない。桜に似た木もなかった。まあ俺が住んでいる付近で、ないだけで他のところに行けばあるかもしれない。

 桜ではないかもしれない。けれど桜は好きだから、少し嬉しい気分になる。


「上手いな」


 細部まで描かれている。ここまで上手いのは、うらやましくなるな。


『そなたの、好きな花はなんだ?』

『花?』

『ああ、花だ』

『桜……花って言うより木だけど』

『サクラ?』


 ふと随分と懐かしいことを思いだした。もうかなり前の話だ。店を出している時に一人の子供が話かけてきたことがあった。

 ちょっと大仰な物言いをする女の子だ。


 色々と話した後に、なぜか好きな花を聞かれて桜と答えた事がある。この世界には、桜はないから説明するはめになったけれど。


 桜は好きだから、結構詳しく教えた。花弁がどんな形をしているとか、どれくらいの高さなのか。夜にライトアップされた桜と、月の組み合わせが綺麗とかも話したな。ライトアップといっても、通じないから光に照らされたと言い直して説明している。


 どこの子か知らない。あからさまな豪華さはないけれど、高さそうな服を着ていたから金持ちの家の子なのだろう。本人もはっきりは言わなかったけれど、肯定していた。


 だからあんな目にあったのかもしれない。


 話をしていたら、おっさんがあの子を迎えにきた。店もあるからその場で見送りはしたんだけど、おっさんが怒っていたから大丈夫か心配になって後を追ったんだ。


 そこでライトなBLファンタジーに、ふさわしくない光景を目撃することになる。

 人気のない場所で、二人に追いついた。おっさんが手を高く上げている。太陽の光に反射して何かが光って見えた。

 おっさんの手に、大ぶりのナイフが握られている。それを振り下ろす先にいるのは、さっきまで俺と話していた子だった。


 衝撃で固まって、すぐにそんな場合じゃないと術を構築しておっさんを固まらせた。

あのときは今と比べると、術の精度が低い。そのせいでやたらと大仰な、氷の像が出来上がってしまった。まあ結果オーライである。


 その子は刺されずに、無事で怪我もない。そのあと焦った顔をしたいかついおっさん共が、何人も駆け寄ってきたんだ。

 めっちゃ怖かったから、思わずその場から逃げていた。あの子はきっと大丈夫だ。そいつらの名前を呼んでいたし、味方だ大丈夫だと俺に言っていたから。

 ただなんかその場にいたら、俺も誘拐に加担したと疑われそうな気がしたから逃げた。


『そうかサクラか』

『ここらでは、咲かないけど』

『なら私が絵をかいて、そなたに贈ろう』


 ―― まさかな


 あの子の言った言葉を、思い出す。

 あの子はそれ以来、店に来ることもなかった。あの子が俺になんて、考えすぎだ。


 ―― それに


 もしこれの送り主が、あの子だったとしてもどうこうするつもりもない。

 王子付きであろう騎士を、動かせる存在なのは確かだ。そんな存在と、関わりたくはない。


「まあいいか……」


 騎士Bには、今回きりと言ってある。次はないだろう。あっても断固として拒否をさせてもらう。

 それより今は、氷の置物を作るのに忙しい。今度の休みの日までに、何時もの倍は作らないといけないんだ。


 理由は、借金返済のためだ。正確には言えば、借金ではない。なんせお金を使った当人には、拒否されている。


『俺が好きでやったことだ。支払う必要はない』


 先生が治療した診療費に、衣食住にかかった費用を何年かかるか分からないが払うとシーディスさんに申し出た。けど目を細めて穏やかな顔をしたシーディスさんに、頭を撫でられて終わってしまう。


 ここでそれは助かります。ありがとうございました。なんて言えるわけがない。

まず先生の治療費だけでも、とんでもない額のはずだ。あと衣食住の全てを世話になっている。

 一生かかっても支払えない可能性のほうが高い。だからといってあんなに世話になっておいて、返さないのは非常識すぎる。


 俺になりに色々と調べて、かかったであろうおおよその額を算出した。自分でやっておいてなんだけれど、眩暈がしばらく収まらない額を見る羽目になる。


 そんなわけで、少しでも返していくためにできることをすることにした。それで氷の置物を、いつもより作って売ることにしたんだ。


 オーダーメイドの注文も、受けようかと考え中である。問題は詳細な注文を聞くときに、俺の不愛想な表情にお客が気分を害さないかということだ。

 切実に、笑顔の表情差分がほしい。一種類でもいいんだ。攻略キャラは、とてつもなく表情差分が多いのだがらモブにも一つくらい分けてくれないだろうか。

 なんて願ったところで、モブたる俺にそんな奇跡は起きたりしない。無駄な考えに時間を、割くのは止めよう。


 さて今度は、どんな置物を作ろうか。定番のものに加えて、いつも何種類か新しいものを考えている。同じだと飽きられてしまうからだ。


『サクラか、私もいつか見てみたいものだな』


 ふとあの時の女の子の言葉がよみがえる。


 ―― 作ってみるか


 細かいところまで、作り込んで色も付けてみようか。ここらにはないから、珍しさから買ってくれる人もいるかもしれない。桜をモチーフにして、何かデザインを考えて作るもの悪くないだろう。

 よし始めるか。一個でも多く作って、売れるように頑張ろう。


 そうだ。どうやって、受け取ってもらうかも考えておかないとな。術を構築しながら、シーディスさんにどうやってお金を返そうか考える。


 ―― 先生に頼んでみるか……


 直接本人に、持って行っても受け取ってはくれないだろう。シーディスさんとは、多分親しいであろう先生ならいい案をもらえるかもしれない。


 ―― まずは作らないとな


 売る商品を作らない事には、お金を返すこともできない。返済方法は、あとで考えることにして術を構築することに集中した。

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