第56話(第一王子視点)


「……未練がましいな」


 関わり合いにならない方が、彼のためだ。理解しているというのに、どこかで思い出してほしいと思ってしまっている。

 だから彼が話してくれた『サクラ』を、最後の空白のページに描いた。

描いた後に、不安を覚える。これは彼の思い描いたサクラに似ているだろうか。


「そうお思いになるなら、きっぱりと諦めれられたらいかがですか?」

「嫌だ……それが出来たら、苦労しない」


 いわなくとも何のことか、察したローエンがすかさず返してくる。それに子供のように返すと、長いため息をつかれた。

 呆れているのだろう。当然のことだ。一国の王子が、初恋の相手にこだわり子供のような態度を見せているのだから。


「お前たちの前だけだ。我慢しろ」

「俺ら以外の前でも、見せそうになったら全力で止めますよ……」 


 苦笑した後に、ほんのわずかな間だけ穏やかな目をされる。

 感謝している。呆れながらも、願いを兼ねてくれることに。見捨てずに仕えてくれていることにもだ。


「そんな顔しなくても、俺らは王子を見限ったりしませんよ」

「どんな顔をしていた?」


 肩を竦めて、少し目を細めてくる。碌な顔はしてなかっただろう。尋ねれば口の端を、あげたのが見えた。


「とんでもなく情けない顔してましたよ。貴方の顔を見て、頬染めてるご婦人どもに見せたら青ざめること請け合いですね」

「そうか」


 ほかの者たちなら絶対に、言わないであろうことも遠慮なく口にしてくる。最初に私が、頼んだからだ。言い辛いこともなんでも、告げてくれと。駄目なことをすれば、教えてくれ。間違ったことをしたのなら、正直に言ってほしい。

 そう最初に頼み込んだ。


 彼がいなかったら、そんなこと頼むことなんて一生しなかっただろう。

 彼が教えてくれたから、私はそんな願いを口にしたのだから。



 あの時のことを思い出す。

 私が何をしても、何を言っても周りのものは笑顔を浮かべているだけだった。

恭しく頭を垂れる。私の言ったことを、そのまま受け取り願いをかなえる。


 今考えれば当たり前だ。私は王族だ。立場としては王弟の嫡子だったが、現王が病弱であり子もない。それゆえに父がいずれ王位を継ぎ、私は第一王子となると周りから見られていた。


 そんな私に処罰されるかもしれないというのに、苦言を呈するものなどいやしない。

 私もそれを、当然のことと受け止めていた。それが私の普通だったのだ。誰もが

わが身が、可愛い。守るべき地位も、存在も、財産もある。それらを失うかもしれないのに、私に意見するはずがない。


 だからあの日、城を抜け出したあのとき不思議に思ったのだ。


 子供が大人に叱られている光景を見た。

 なぜ子供を叱りつけているのか。願いをかなえてやらないのか。不思議でしょうがなかった。

 私の周りの大人は、頭を下げて全て叶てくれる。なのになぜあの大人は、それをしないのか。


 疑問に思ったまま、散策を続けてそこで偶然に彼に会うことになる。私より年下の子が、店に立っているのが気になったのだ。

 色々と話をする中で、感じた疑問を尋ねる。

 状況と大人の発した言葉と、子供が何をしていたのか。それらを聞いてきた彼に、詳しく話して聞かせた。


『その子の為だと思う』

『怒る事が、子供のためになるというのか?』


 あの時は、意味が分からなった。だから彼に聞き返す。


『そこでその子に、悪いことをしたんだって教えないと困るのはその子だ。

今度は、その子が怪我をしてしまうかもしれない。その子が誰かを、傷つけて怪我をさせてしまう可能性もある。

だから怒ったんだ。怒るのが全部正しいとは言わない。けど今聞いた状況だとその子が大切だから怒ったように思える』

『なら私は……何なのだ』


 衝撃だった。怒っていた大人は、子供のために怒ったのだという。大切だから、あえて怒りを見せて諫めてみせた。


 大切だから―― ならなぜ誰も私を、しからない。誰もかれもが笑顔だ。願いをかなえてくれる。

 私が何をしても、何を言っても誰も本当のことを言ってくれていない。誰も私のために諫めてくれない。


 怒る大人と、しょげながら頷く子供、私の周りの笑みを浮かべる臣下たちが頭の中でぐるぐると回っていく。


 ―― 怖くなった


 ふと怖気が、走ったのだ。このまま誰もかれもが、笑顔を浮かべて頷く。そんなことが続けば、私はどうなるのかと。

 なにしようが、何を告げようが誰も間違っていると教えてくれない。その先にいる私は、いったいどんな存在になっているのか。

 今まで考えたこともなかったのに、ひどく恐ろしくなった。


『だがどうすればいいのだ。誰も何も言ってくれない……』

『えっ?』


 ぼそりとつぶやいた私に、レイザードは首を傾げる。

 せきを切ったように、私は彼に告げた。誰も私を叱ってはくれない。誰も私を大切に、思ってくれるものがいないのかと。

 情けなくはあるが、涙声になっていたように思う。


『君の親は、地位のある人かお金持ちなのか?』

『ああ』


 まさか王族などといえなくて、短く返す。


『なら難しいと思う。待ってても望むような人が、現れなかもしれない。

だから自分で、探したらいい。現れるの待つんじゃなくて、自分で探して頼んでみるのがいいと思う』

『自分で探す……』


 考えて見なかったことだ。思わずそのまま返してしまう。


『大変だと思うし、信用できる相手か見極めるのも難しいと思う。けど本当の事を、言ってくれる相手が欲しいなら自分で動かないと見つからない。だから頑張って……』

 淡々と表情は、変わらない。けれどなぜか彼に、背を押された気がした。



「なにをニヤニヤしているんです。気持ち悪いですよ」

「そういう本当の事は、言わなくてもいい」


 全く確かに本当のことを、言ってくれと頼んだのは私だ。

 だがよりにもよって、気持ち悪いとはなんだ。そんなことまでいわなくてもいい。胸にしまっておけ。


「正直者の部下は、貴重ですよ」

「そうだな」


 余計な一言は多い。けれど得難い臣下だ。きっと彼がいなかったらローエンたちは、いま私のもとにはいなかっただろう。

 彼が切っ掛けをくれた。そしてローエン達が、私を支えてくれた。だから私は間違えずにすんでいる。


「城を抜け出すのも悪くはないな」

「なに不吉な台詞を言っているです。止めてくださいよ」

「安心しろ。私は城を抜け出すのが、抜群に上手いんだ。なにせあの日、誰にも見つからなかったからな」

「安心する要素が、どこにあるってんだ。逆に不安しかないだろうが」


 笑い出した私に、苦虫を噛みつぶしたような表情ですかさず返してくる。冗談だとは、分かってはいるのだろう。だがあえて付き合ってくれている。

 レイザードのことに関しては、情けない姿ばかり見せてばかりだ。それでもで付いてきてくれている。

 そのことに心から感謝しながら、また笑った。

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