第13話


今日は学園が休みの日だ。


 俺は朝から、ある準備に追われていた。本当は昨晩のうちに、やる予定だったのだがあの状況で出来るはずもない。


 机の上に置いてある物の最終チェックを始める。置かれているのは、俺が作った氷の置物だ。

 材料は水だけだ。俺が使える力は、水だ。よってもとでは、タダだ。


 俺は自分が使える術を応用して、置物を作っている。

液体を固体にして形作る。普通なら氷は、常温に置いておけば時間がたてば溶けてしまうがそこは俺の魔力を込めておくことで形を保っている。


 これがけっこう好評で、花の形や細工の細かいものは恋人に贈るという人が値段を高めにしても買っていく。動物をデフォルト化したものは子供に人気で親がよく買っていく。

けっこういい収入になるのだ。それを学園が休みの日に、売りにいっている。


今日はいつもより商品の数が少ない。本当ならもっと作りたかったのだけれど、なんせ城に行くことになったせいで時間が取れなかった。礼儀作法だなんだかんだと色々やらされたせいで、作業時間が取れなかったせいだ。


 本当なら、昨日の夜に少しは作業をやるつもりだったのだが、それどころじゃなかったしな。

まあここで。ぐちぐちと考えていてもしょうがない。俺は商品をケースに詰めて家を出た。


 街の一角に市場が軒を連ねている。ここは商人ギルドの長をやっている人の土地で、そこで許可を得た人達が、商売にいそしんでいる。


 俺は学園が休みの日にだけ、この場所をかりて店を開いていた。


「おはようございます」

「ああ、おはようレイザード」

「おはようさん」


 両隣の店の人に、挨拶をして準備を始める。まずやるのは術を構築して、商品を置く台をつくることだ。


 なんで術でつくるかというと、対外的な理由は氷で作った台の見た目がよくて客受けがいいから。本当の理由は経費削減だ。商品を置くのには、安定のいい台を買う必要がある。


変に安いものを買って、転倒したら困るからだ。まあ俺の作った商品は、強化してあるかそうそう壊れない。けどそのせいで、客がけがをしたら目も当てられない。


 だが質のいいものは、そこそこ高い。お財布にやさしくない。ってことで、金の一円もかからない台を、毎回自分で作っている。


 ああさすがに椅子は家から、簡易の物を持ってきてある。氷だとさすがに冷たいからな。


 さあ今日も張り切って売るぞ。俺は笑顔を作れない顔の裏で、そう決意した。


 順調な売れ行きだ。あれから2時間、恋人に贈りたいからという客も多くて値段が高めの商品も売れ行きがいい。子供向けにつくったのも好評だ。このまま行けば午後の早い時間には、売り切れる。


 だが物事は順調だと思っているときに限って、何かトラブルが起こるものらしい。

 俺の店の前で、酔っ払いが騒ぎ始めた。多分、市場で飲み食いできる店があるからそこで飲んできたんだろう。


 台をはさんで対峙しているのに、酒臭くて気分が悪くなる。


「おい聞いてんのか!」

「おいお客様だぞ! 少しは愛想よくできないのかよ!」


 顔を酒のせいで赤くした二人組が、俺に絡み始める。


 それにしても、愛想よくできないのかだと? 出来るか。俺には、相手に愛想がいいなんて思わせる表情差分は用意されていない。

だいたいこの酔っ払い共に愛想よくできるなら、昨日の生命の危機の時にしている。あんな時でも、できなかったのにこんなやつらにできるわけがない


 酔っ払いというのは立ちが悪い。酔って気を大きくした奴というのは、正論は通じないしそもそも相手のいう事をききはしない。


だいたいほぼ無表情かつ、愛想のない俺は基本的に人を不愉快にさせる事が多い。それが基本の俺を見て、気が多くなった酔っ払いがご機嫌などになったりするはずがない。


 近くで店を開いている人達が、諌めてくれようとしているが、馬鹿二人は聞き入れない。


「へっこんなおもちゃを、ご立派な値段で売るじゃねえか」


 酔っ払いの一人が、商品に手を伸ばす。おもちゃとはよく言ったものだ。たしかに元手はただの物だが、これを作るには結構な技術もいる。細かい細工をしているものも多いし、割れないように強化も施している。結構な時間がかかるんだ。こんな日の高い内から酒を飲んで、人に絡むようなやつにおもちゃ呼ばわりされる代物じゃない。


 俺は構築した氷を操り、酔っ払いが掴もうとした商品を水に返す。


「お前に売る商品はない。帰れ」


 おおきく腕を振り商品を掴もうとした男は、掴もうとしたものがなくなったことによりバランスを崩す。


 すかさず残りの商品をかき集めると、氷で作った台も水に戻した。なにも受け止めてくれるものなくなった男は、バランスを崩したまま地面にその身を叩きつけるはめになる。ついでに水浸しのおまけつきだ。


どうやらこういう輩には、年上でも敬語にはならないらしい。心底ほっとした。こんな奴らに敬語をつかうなんて御免だ。


「てめえ!」


 ぶざまに地面に倒れうめき声を上げた仲間の姿に、連れの酔っ払いが俺に向かって手を伸ばす。それを一歩下がる事で、避けてから地面にこぼれた水を操り固体にしてから鋭い刃を形作り四方から男たちの周りを取り囲む。


「もう一度言う。お前たちに売るものは無い。帰れ」

「こっこのガキ! 俺たちにこんなことしてどうなると……」

「どうなるってんだ?」


 地を這うような声とは、こんな声をいうのだろうか。聞いただけで鳥肌が立つような声が聞こえた。

 そちらに視線をむければ見知った顔が一人、不機嫌を隠そうともしない表情でたっていた。

 その人の姿を確認した俺は、慌てて氷の刃を気体に戻した。


「この俺が仕切る場所で、よくもふざけた真似してくれたな」


 その人は少し浅黒い肌に、やたらと派手な黄金の宝飾品を身につけている、目つきの鋭いその人は、ここらの商売を取り仕切っている商人ギルドの長シーディスさんだ。


 商人というより、見た目はやくざである。横に立っている護衛だろうゴツイ男達も顔面凶器だ。近づきたくない。


 ちなみにシーディスさんは、攻略キャラである。

 いまのところ俺が心の中で、さんをつけている唯一の人だ。この人が許可を出してくれたから、ここで商売ができているからな。


 まあ、あちらからしたら、俺は商売の許可をだしている一人にすぎないだろう。


一応面識はあるが、ここで物を売りたいと許可を得にいった一回きりのものだ。ここら一帯はシーディスの土地だから商売をするには地主の彼に許可をもらう必要がある。


きっと出店の誰かが、俺が絡まれているのを助ける為に知らせてくれたのだろう。あとで礼をいっておこう。


 だが怖い。酔っ払いより、俺にとっては関わりたくない方達だ。


いやシーディスさん自体は、気のいい兄貴分なキャラだ。もちろん主人公が絡んでいる時に遠目から見るのはありだ。大歓迎である。けど、顔がというか雰囲気もだが、どちらかというと強面キャラなんだ。


 酔っ払いどもは、シーディスさんが後ろの男たちに目配せをし荷物のように運ばれていった。どんな末路を辿るのか、想像すると怖いのでやめておく。


「災難だったな。怪我はないかレイザード」

「問題ありません。騒ぎを大きくして申し訳ありませんでした」


 あっ緊張のあまり、礼をいうのを忘れた。でもあとから付け足すのも、わざとらしい気がするので黙っておく。


 俺の無愛想のものいいに、シーデジィスさんは目を細めて気にするなと返してきた。

 怖い人だが、こんなところも好かれているのだろうと思う事がある。俺みたいに一度しか会っていない奴の名前を、しっかりと覚えている事もそうだ。


 わざわざ本人が来る必要もないのに、ギルドの長であるシーディスさんが騒ぎを納めに来るところも好かれる要因かもしれない。


 わざわざ声をかけ、気遣いをみせるところもだ。

 周りに声をかけながら、俺に一振り手を振って帰っていくシーディスに頭を下げる。


見た目は怖いが、ああやって気遣いをさらりとしていく姿はかっこいいと素直に思える人だ。


「レイザード、本当にあんたはシーディスさんに気に入られてるね」

「えっ?」


 隣の屋台のおばあちゃんが、話しかけてきたと思ったらBLゲームに置いて不吉な単語を発してくる。

モブが攻略キャラに気に入られても、ロクなことにならない。


礼をあげると、主人公か攻略キャラのどちらかとそこそこ親しいキャラが犠牲になる事で事件がおきたりすることがある。その犠牲になるのは大概が、モブキャラなのだ。


「どこがですか?」

「この程度の騒ぎだったら、ギルドの職員が来て治めるさ。からまれてるのがあんただから、シーディスさん自らわざわざきたんだろ」


 俺は不安を払しょくする為に、おばちゃんに聞き返すがさらに不安になることを言われた。おばちゃんは機嫌がよさそうに、笑っているが俺はそれどころじゃない。


「えっギルド長は普段こないんですか」

「あの人はとっても忙しい人だからね。小競り合いに一々駆けつけたら、仕事にならないよ」


 俺はモブ、俺はモブ、俺はモブ――よし、何かの勘違いだ。そう繰り返す。


「たまたまだと思いますよ。偶然この近くにいらっしゃたとか、気分転換がしたかったとか、そんな理由ですよ。

俺みたいな全体から見たらたいした稼ぎじゃない奴のことなんて気にされていないと思いますよ」


 ――そう、そう俺は腐男子

 けっして当事者になることは、希望していないのだ。なにかの間違い、気のせいである。

 そうかねえと首を傾けるおばちゃんにしつこく、気のせいと繰り返し念を入れておいた。


 さて商品はまだ数個残っているが、台が無くなってしまった。まあ無くしたのは、俺自身だから、誰も責められない。


 この量なら、少し小さめの台でいいだろう。俺はまた台を作るという余計な手間が増えたことに頭をさげてため息をついた。


 視線が下がったことで、目があった。


「あの、今日はもう終わりですか」


 外見から判断すると、10歳くらいだろうか。一人の少女が、目尻に涙を貯めてこちらを見ている。


もしかして商品を購入しようとしていたのに、酔っ払いどもが騒ぎを起こしたせいで買う事ができなかったのだろうか。それなら悪いことをした。


「なにか買いたいものが、あったのか?」


 しゃがみ込んで子供に目線をあわせてから声をかける。俺の仕事を放棄した表情筋を叱咤しながら、なんとか口元の笑みをつくった。


ああ、客商売をしていると、切実に普通の笑顔の表情差分が欲しくなる。どこかに売っていないだろうか。今なら言い値で買いたいくらい、切実に欲しい。


 あと客商売をしている時は、年下でも敬語を使わせてくれないだろうか。ここが市場みたいな気やすいところだから特に問題にはならない。だが子供とはいえ、お客相手にこの口調というのが、なんとも抵抗がある。


「猫ちゃん……」

「そうか猫が好きなんだな」


 あいにくと猫の商品は好評で、既に売り切れていた。


「好き。でもお兄ちゃんも好きなの。だから誕生日にプレンゼントしたくて」


 握りしめている金額から、何を買おうとしたのかが分かる。この位の年齢の子が持つにしては、高額なものだ。兄の為に必死にお金を貯めたんだろう。


「そうか、すまない。今日はもう猫ちゃんは売り切れてしまったんだ」

「来るのが遅かったらからいけないの。ごめんなさい」


 見るからに女の子は、しょげて落ち込んでしまった。だがそんな状況でも幼いながら、こちらへの気遣いもできる。とてもいい子だ。


「お兄さんの誕生日はいつなんだ?」

「6日後だよ」


 ちょうど学園が休みで、店を出す日だ。それなら間に合いそうだ。俺は頭の中で、作業時間を計算して結論をだす。


「そうかならまた6日後のそうだな。午前中にこれるか? お兄さんに贈るように作って取り置きしておく」

「本当!?」

「ああ」

「ありがとうございます!」

「気にしないでいい。ああそうだ、教えてほしいことがあるんだが」


 笑顔になったその子から、聞きたいことを尋ねてからその子を見送った。


 今日は朝からとても慌ただしい日だった。

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