第12話


「いやーそれにしても、君達つよいね。まだ学園の生徒さんだろ?」


 それじゃあ戻ろうかと笑顔で脅されれば、従うしかない。


だってナイフが俺の頸動脈に当たったままだ。これ否といったら、常世とはさようならコースで間違いない。

本当に見事なくらい、俺の首からナイフが動かない。いやまあジルベールが強いからな、油断できないって気持ちもわかる。それで弱い方の俺を、人質にとるのも理にかなている。


 けど、ずっと頸動脈にナイフを当てられている俺の気持ちも、少しは慮ってくれないだろうか。いつ切れて血が噴き出すんじゃないかと、気が気じゃない。

 

俺の隣を歩きながら、騎士Aは声をかけてくる。


 そういえばこいつモブかと思ってたけれど、やたらと強い。もしかして攻略キャラだろうか。でもこんな攻略キャラがいた覚えがない。もしかして隠れ攻略キャラか? それともサブキャラか。


 どちらにしても、モブではないことは確かだ。俺という足を引っ張る存在がいたとしても、ジルベールに勝利している。そんなモブがいてたまるか。


「こいつら二人を圧倒してたし」

「圧倒されてなどおりません!」

「……」


 俺の左側と後ろを歩いている騎士達から、違う反応が返ってくる。面倒くさいからBとCと心の中で呼ぶことにする。

 ジルベールは、俺の左側を歩いている騎士Bの隣を歩かせられている。多分、動きがあったら一番腕の立つ騎士Aが気付いて対処できるようにとこの配置にしたんだろう。


「よくいうよ。俺がいなかったら、敗けた上に逃げられてただろ」


 だろうなと、言いたくなるのを堪える。ここでそんな空気の読めない発言をしたら、俺の命が危ない。まあ遅かれ早かれ散るだろうことは、分かっているけれど。


 騎士Aがいなければ、きっと逃げ切れていた。


 でもこの騎士Aがいる時点で、俺という足手まといを抱えて二人で逃げるのは無理だ。きっとジルベール一人なら、逃げ切れたはずだ。

 俺はこいつに、剣術も術も劣っている。唯一の取り柄である、術の構築と行使の早さも封じられた。どうやっても勝てなかった。


 俺の唯一の取り柄である、素早さが封じられたのが地味にショックを受けている。

これでこいつが、同じモブキャラだったりしたら……いやないか。



 なんだかんだ言いながら、反応を返す騎士BとAのやりとりが続く。Cは黙ったままだ。無口設定のモブなんだろう。

 仲が悪いというよりは、喧嘩しながらも仲の良さが伺える。脇カプだろうか。俺はそんなものみたくない。


脇カプをつくるのに、容量を裂くぐらいなら主人公と攻略キャラのイベントをもっと作ってくれと思う派だ。


 人通りのない路地裏を抜けて、俺の家が見えるところまで戻ってきてしまった。家の間には、相変わらず王家の馬車が止まっている。


 それにしても、こいつら全員で俺を追ってきたんだろうか。馬車の中にいるやつの護衛はどうした、

 そう思ったが、扉が開いた馬車の中から二人の騎士が出てきた。

そのうちの一人に、見覚えがあった。王子と会った時に、俺を警戒して目つきで見てきた騎士だ。


 騎士に続いて、第一王子が馬車から出てくる。そのタイミングで、俺の首からナイフが外された。


「お待たせしました」


 そう言って礼をする騎士Aに、王子がなにかつぶやく。そして俺の方を見ると、微笑んだ。

 めっちゃくちゃ怖い。これから死刑宣告する奴に、微笑みってどういう心境なんだ。これから死刑宣告するから楽しみにしてろよってことか?


「これだけいると、馬車の中ってわけにもいかないし。中にいれてくれるかな?」


 俺の家を指さしてから、騎士Aがまた俺の傍に来る。

くれるかな? という疑問形の体をなしているが、実際は『入れろ』っていう命令形だ。

俺に断るという選択肢は、はなっから用意されていない。


「どうぞ」


 俺の家は、俺一人が住んでいるだけの狭いものだ。8人も家に入ったせいで、もとから狭い部屋が、余計に狭く見える。


 狭くて天井の低い扉に、城で俺を警戒していた……面倒くさいから騎士Dにする。騎士Dが、頭をぶつけそうになっていた。あいにくとこの世界の平均身長の俺は、ぶつけそうになったことはない。


「椅子をお持ちするので、少し待っていただけますか」


 部屋には1脚しか、椅子が置いていない。俺一人しかいないから、それで事足りている。

まさか8人も一気に押し寄せる事なんて、想定していない。

とりあえず1脚あった椅子には、王子が座った。


「じゃあ俺が着いて行きますね」


 王子の前だからだろう。敬語になった騎士Aが、俺のすぐ後ろについた。

首にまだナイフの感触が残っている。あまり騎士Aに、傍に来てほしくないがしょうがない。俺は一度、ジルベールに視線を向けてから、右横にある扉を開けた。


「一人暮らしなの?」

「そうですけど」


 疑問形ではあるけれど、どうも確信をもって聞いているような気がする。確認作業をしているようだ。


「ご家族は?」

「いませんけど」


 倉庫をあさって、椅子を探す俺の後ろから騎士Aがまた話を振ってくる。


 意味のない質問だ。モブに、家族が用意されている訳ないだろう。

そういうのは、主人公に攻略キャラといいところサブキャラまでだ。俺にそんな細かい設定など用意されていない。


 お前一々、町人Aみたいなキャラクターに、事細かに家族の設定が作られていると思ってるのか。そんなわけないだろう。

 そう心の中で、ツッコミを入れながら椅子を探し続ける。



「お待たせして申し訳ありません」

「構わないよ。大勢で押しかけてすまないね」


 王子が、穏やかに返してくる。

 それが一層の恐怖を煽る。いやだってこの人、俺に死刑宣告しに来たんだろう。それで優しくされたって、怖い以外の感情なんて浮かばない。


 倉庫を探して見つかった椅子は、2脚しかなかった。テーブルを挟んで王子と対面する形で、俺とジルベールが座らせられる。


 騎士達は王子の横に二人、俺とジルベールの真後ろに一人、入口の扉の前に一人と、最後の一人は王子の後方の窓の前に立った。


 退路を断つ感じで、配置されている。完全に、逃がすつもりはないようだ。

ああ俺はどうやら、魔術と剣の世界を楽しみきる前に死ぬらしい。それ以前に、イベントを一つも見れていない。なんせ主人公と、まだ会えてないからな。


「すまなかった」


 覚悟を決めてため息をついたとき、なぜか第一王子が俺達に向けて頭を下げてくる。

これから首を斬ることへの謝罪だろうか。


まあだが第一王子が謝る理由がわからない。この人はなにもしていないし。理由がどうであれ王族に危害を加えようとした平民である俺を、放っておいたら不味いのは分かる。


 そもそもなんで王子がきたんだ。捕まえるだけなら王子がくる必要性がないのに。

できるだけ権力者に関わりたくはないのに、なぜ王子がきた。


 ――逃げて


 無理だよ。逃げられない。


――殺されてしまう 


 分かっている。


 まただ、なんだ今の声は。そして俺も幻聴に対して、なに真面目に答えてるんだ。俺が頭をふると、気遣わしげに俺を見ているジルベールと目があう。


問題ないと伝える為に、笑ったが伝わっただろうか。なんせ俺は頑張って笑おうとしても、口角が少し上がる位しか表情が変化しない。いつも思う。まともな笑顔の表情差分が欲しい。


「此処に来たのは、弟のカイナスの所業を謝罪しに来たんだ。本当にすまない事をした」

「王子が私達に、頭を下げられる必要はありません」


 頭を下げたまま謝る王子に、内心慌てながらもなんとか冷静に返す。 

 だから早く頭を上げてほしい。王子の横に立っている騎士Dの顔が、とても恐ろしいことになっている。


 なに平民風情が、王子に頭を下げさせてるんだって顔をしている。視線で人を殺せるじゃないだろうか。モブなのに視線で人を殺せる怒り顔の表情差分があるなんて、ずいぶん恵まれたモブである。


「どうか頭を、お上げください」 


 じゃないと首を斬られる前に、死んでしまう。こわい。騎士がまだこちらを凝視している。


 俺には主人公のように、こんなとき焦って驚いたり、もうしわけなさそうな困り顔をつくれないのだ。悲しいかなモブにそんな愁傷な表情を求めれても困る。俺はモブなのだ。だからそこの騎士D、俺を今にも射殺しそうな表情で凝視しないでほしい。


「彼に罰を下すつもりはない。そう受け取っても宜しいでしょうか」


 やっと頭を上げた王子に、ジルベールが固さの混じった声で話しかける。


「もちろんだ。非は私の弟にある。君達二人を罰するつもりなどない」



 安心してほしいと、王子が返す。

 その言葉に、体の力が抜ける。てっきり死刑宣告しにきたのだと、思っていたから余計にだ。死ななくて済んだこともだけれど、ジルベールが俺のせいで罰せられるようなことにならなくて心底ほっとした。


 ――信じてはだめだ


   そいつらは約束など守らない


 また頭の中で声がする。いや声が聞こえるのが、頭の中からのかはっきりしない。

さっきとは、違う声だ。さっきは子供の声、今度は大人の男の声だ。


 初めて、表情差分が少ない事に感謝した。これで表情差分が多かったら、露骨に動揺が顔に出ていただろう。多分いまの俺は、少し眉間にシワが寄っただけだ。だれにも気づかれていない。


「それと騎士を一人助けてくれたそうだね。本当にありがとう」

「いえ、巻き混んでしまいましたので」


 王子に礼を言われ、一瞬何のことか思い出せなかった。

だがすぐにあの時の、モブ騎士だろうとあたりを付けた。正直なところ。それどころじゃなかったから、忘れていた。


「王子、そろそろ参りませんとお時間が……」

「わかった。すまない。いきなり押しかけておいて、慌ただしいが」 


 騎士Aが、俺の後ろから王子に声をかける。

いきなり喋らないでほしい。まだ騎士Aに対する恐怖が残っているから、体が跳ねそうになった


「いえ、王子自らお越しいただいた事、感謝いたします」

 俺が口を開く前に、ジルベールが立ち上がり頭を下げた。俺もそれに倣い、礼を言ってから頭を下げて王子を見送った。




「大丈夫かい? レイザード」

「何がだ」


 王子達を見送って扉を閉めると、ジルベールが屈んで俺に視線を合わせてくる。屈まないと視線が合わない身長差が、恨めしい。


「何度か眉間にシワが寄っていただろう。頭が痛む?」


 意外な言葉に、思わず何度か瞬きを繰り返す。

 よく気が付いたな。というか、良くみてたな。俺なんか騎士Dがこわくて、周りなんか碌に見てなかったぞ。

だが眉間のシワは、幻聴のせいだ。問題ない、問題ないが幻聴が聞こえてたなんて言える訳がない。


 ああそうだ。そんなことはいい。それより俺はジルベールにしないといけない事がある。

「すまなかった」


 俺は最敬礼の45度で、ジルベールに頭を下げた。


「レイザード!?」


 王子が頭を下げた時でさえ、声の一つも上げなかったレイザードが酷く狼狽したような声を出す。


「俺の軽率な行動が、お前を巻き混んだ。あげくに此方を害するつもりだと思い込んで、お前を巻き混んだあげくに危険にさらした。全て俺が原因だ。すまなかった」


 こんな時でも、俺の言葉遣いは角のある愛想のないものだ。

だがこれもモブたる宿命だ。俺は自由に好き勝手に、口調を変えられる主人公、攻略キャラたちと違って使える口調が決まっている。


 同年代や同じ立場には、普段ジルベールに使うような愛想のかけらもないぶっきらぼうな口調になる。

あともう一つは、立場が上、身分が上の人間、あとは年上なんかは自動的に敬語になる。


 そう自動的にそうなってしまう。それしか用意されていない。同い年で立場が同じ初対面の人に敬語を使おうとしても、自動的に変わってしまう。


 だが、動作に関しては特に、そういうものがない。だから頭を下げる事は出来るんだ。斜め15度とかいう制約はない。だから思いっきり深く頭を下げた。


「レイザード、君が頭を下げる必要はない!」


 珍しく声を荒げたジルベールに、肩を掴まれる。


「あの第二王子のことは、君に非なんかない。あいつが全面的に悪い。それに俺は、君に一緒に国をでてほしいと言われた特、自分の意思で共にいくのを選んだんだ。強制されたわけじゃない」


 一気にまくしたてると、今度は眉を下げて今にも涙をこぼしそうな表情になる。王子たちがいなくなって、緊張の糸がきれたんだろうか。


「レイザード、怪我はしていないよね」

「ああ」


 返事を誤ると、泣かれそうな気がして慎重に返す。嘘は言っていない。騎士Aは、手加減していたんだろう。怪我らしい、怪我など存在しない。ジルベールも問題なさそうだ。


「よかった。本当にごめんね」

 腰を折って俺の肩に、額をのせてくる。重いが、さすがにこの雰囲気の時に口に出すわけにはいかない。


「お前に、非はない。言ったろう」

「うん、そうだね。ごめんね」


 よほど屋根から落ちる俺を、掴み損ねたのがトラウマになっているらしい。謝られる度に、いや違うからと返しても謝ってくる。


 結局それは、ジルベールが落ち着くまで繰り返した。まあしょうがない。目の前で、4階くらいの高さから人が転落しているところを見たら尾を引くだろう。


俺は謝罪の意味も込めて、ジルベールが落ち着くまで付き合った。


 一応ジルベールが落ち着いた後、騎士Aに攻撃をされたであろう、腹部を触って確認してみた。

だが痣もなく、ジルベールは痛みも無いと言っていた。あれだけ吹き飛ばされたというのに、丈夫な奴だ。


 レイザードが触ったら痛みが消えたとか、抜かしていたがそんなわけがない。

だがいつもの調子が戻ったのはいいことだ。鳥肌がたったが、今回は俺にも非がるので不問にしておいた。













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