第1343話 「次回」

 「恐るべき者よ! 我が一撃をご照覧あれ!」


 ――七詩聖サプタルシ障碍を打ち砕きヴリトラ万物を調伏する者シャーサナ。 


 ファティマと対峙したダラヴァグプタという男の使ったものの完全上位互換で、本質的には同じ攻撃ではあるのだが、ルーホッラーの体内に存在する「径」――轆轤チャクラと呼称される魔力を増幅する器官を通して大地から汲み上げた魔力を束ねた上で放つという彼に扱える攻撃手段の中では最大の威力を誇る。


 雷速の一撃はあらゆるものを一切の区別なく焼き払う――はずだった。

 攻撃は確かに命中した。 雷は男を射抜き、その全身を焼きはしたのだ。 だが、結果は全くの無傷。

 何らかの手段で防いだようには見えなかった。 つまり単純に攻撃の威力が相手の防御力を大きく下回ったとしか判断できないのだ。


 ルーホッラーは自身の最大の一撃の齎した結果に呆然とする。

 倒せるとは最初から思っていなかったが、少々の痛手は与えられる自信があったのだ。

 男はもう終わりかと言わんばかりの視線を向けていたので、ルーホッラーは攻撃の反動で軋む全身に鞭打って再度別の攻撃を放とうとするが――


 「それはもういい」


 男の一言で集めた魔力が霧散する。 ルーホッラーは馬鹿なと再度、魔法陣から大河に接触し、魔力を引き込もうとするが一切の反応がない。 いや、流れ自体は感じるのだが、自分を避けているのだ。

 それによりルーホッラーの下に魔力が一切集まらない。 


 「大河を操った? 神と言えどそんな真似ができるものなのか?」


 この現象が意図的に引き起こされたものであるなら、そうとしか考えられない。

 いかに強大な力を誇ろうとも世界そのものを操る真似が可能なのだろうか?

 少なくともルーホッラーの常識には存在しなかった。 だからと言って諦める訳にはいかないのでルーホッラーは全神経を足元に集中し、どうにか流れを手繰り寄せようとするが何をやっても大河の流れを引き寄せる事が出来ない。 何故こんな事ができるのかさっぱり分からないが、目の前で起こっている以上は何らの理由があるはずだ。


 それをどうにか見つけろ。 彼は自らの経験、知識を総動員してこの現象の正体を探る。

 大河の流れは自然現象に近い。 魔法陣を用いる事で引き込む事はできるが流れ自体を変える事は不可能。 いや、違う。 考え方を変えろ。 不可能ならどうすれば可能なのか、思考の方向性を変えるのだ。 相手がこの世界の神だからこそとも思ったが、一つの個として存在する以上は神であろうとも現世の理に縛られる。 目の前に在ると言う事は神の如き存在であって概念的な神ではないのだ。


 世界を動かす事は世界にしかできない。 


 ――…………?


 今しがた浮かんだ思考にルーホッラーは硬直する。

 そういう事なのか? 仮にそうだとしたら大河の操作など容易いだろう。

 ならば目の前の男の形をしている存在は何なのだ? いや、まさか本体ではない?


 思考のパズルが彼の脳内で高速で組み上がり、瞬く間に着地点の姿が形作られる。

 そうして出来上がった答えに彼はもう笑うしかなかった。 


 「は、はは、御身は本当に神なのだな。 目を付けられた時点で我等の命運は尽きていたと言う事か」

 「芸は終わりか?」


 ルーホッラーは答えずその場で膝をつく。 

 男はそれを諦めと判断し、そうかと呟くと座ったまま踵で地面を軽く二回叩く。 

 するとこの空間を埋め尽くさんと言わんばかりの巨大な魔法陣が広がる。

 

 ルーホッラーの展開したそれとは比較にならない巨大さで、全体像どころか端すら確認できない規模のそれを見ても特に驚きはない。 精々、まぁこれぐらいはやるだろうなと言った感想程度だ。

 

 「暇潰しにはなったな」


 次の瞬間、ルーホッラーの放った攻撃と同じではあるが規模が桁外れの雷撃がこの空間を焼き尽くす。 ルーホッラーは絶望の中、自身が死んだ事にすら気付かずに雷光に呑まれて消えた。




 「一先ずですが侵入して来たゴミは全て片付いたようですね」

 

 ファティマはそう言いながら向かいに居る首途に冷めた視線を送る。

 対する首途は小さく肩を竦めた。


 「すまん。 取りこぼしについてはこっちのミスや。 バイオ部門のグロブスターを投入した区画で逃げた奴が他の区画に転移してもうた」

 

 彼が言っているのは傑達が危機を脱したきっかけとなる現象だ。

 双極の塔の送り込んだ精鋭――知性を持つ龍の群れが送り込まれたのは寄生して対象を変異させる改造生物グロブスターの巣窟だった。 龍達は迫りくる肉塊の群れを自慢のブレスで焼き払ったが、無尽蔵とも言える物量の前に次々と寄生され異形の生物へと作り替えられたのだ。


 本来なら全てを変異させて完了の筈だったが、一匹だけ空間の隔離を突破して他所の区画へと移動。

 それにより傑達が本来なら外部の者を入れる予定のなかった居住区画への侵入を許す事となった。

 

 「責任者は誰ですか?」


 ファティマの声は平坦だが、その裏には押し殺した怒りが漲っていたので首途は大きく肩を落とす。


 「あー、マルスランの奴やな。 今日の当番やったから任せてんけど、こないなるんやったらヴェル坊にやらせといたらよかったわ」

 「後で出頭させるように。 責任を取らせます」

 

 任せていたマルスランというのはそこそこ有能な男ではあるのだが、調子に乗り易く詰めを誤る傾向にあったがこんな簡単な仕事で凡ミスをするとは思わなかったので首途としても庇う事は難しかった。

 まぁ、いい薬かと内心で思い、頷いて見せる。 酷い目には遭うだろうが今後の糧にせいやと他人事のように部下を見捨てた。 


 「さて、ちょっとしたトラブルはあったけど、概ね予定通りやな。 取りあえずこの後は入ってきた連中の巣に行くんやろ?」

 「えぇ、これから自分達がした事の罪深さを理解させた上で処分します」

 「今度は侵攻戦やから変な取りこぼしは起こらんやろうし、気楽に行こうや」


 それを聞いてファティマはそんな考えだから変なミスが発生するのだろうと思っていたが表には出さない。 もう済んだ話だからだ。

 問題が何故発生したのかと、発生理由、原因への処分、対処法の全てがはっきりした以上、もう掘り返す価値もない話題だ。 


 「えぇえぇ、ファティマ様の仰る事はごもっとも、ですが我等が神の威光に平伏す者には慈悲を与えても良いかと?」


 一段落した会話に割り込んで来たのは黙っていたサブリナだ。

 

 「まーた、布教活動か? 好きやなぁ」

 「勿論、神の教えを広く伝える。 これ程までに素晴らしい事が他にありましょうか?」

 「ま、兄ちゃんがいいって言うたらええやろ。 それにあの嬢ちゃんの考案した新しい玩具――黙示録アポカリプスシリーズやったっけ? 上手く行っとるんやろ? スペック見たけどえげつないの作ったなぁ。 実戦投入が楽しみやわ」

 「えぇ、えぇ、我らの祈りと神の恩寵によって生み出されし眷属達の力、そう遠くない内にお見せできるでしょう」


 首途達の言葉にファティマは沈黙。 

 結果さえ伴い、神が良いと言えば何も問題はない。

 彼女の頭にあるのはコスモロギア=ゼネラリスをどう滅ぼすかだけだった。

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