第1206話 「刃森」

 エロヒム・ツァバオトはタウミエルの脳天から入るはずなのだが手応えがない。 理由はタウミエルの身体が不自然に凹み斬撃が空を切ったのだ。 タウミエルは刃をやり過ごした後に元に戻る。

 聖女は体勢を崩しはしたが振っていない方の聖剣――アドナイ・ツァバオトで強引に追撃。

 

 こちらは身を逸らして回避しようとしたが僅かに間に合わず刃が掠め、斬り裂かれた部分が霧散した。 タウミエルは間合いを離そうとしたが、複数の光線を束ねた一撃が襲い掛かる。 回避は間に合わずに障壁で防御。 学習したのか今回は障壁を突破できずに飛沫のように飛び散った。


 防御を行った事でタウミエルの足が止まり、それに合わせていつの間にか肉薄していたローが魔剣を第一形態に変形させて掬い上げるように一閃する。 狙いは脇腹から入って胴体の粉砕。

 人型をしているだけで急所があるか怪しい以上、面積の大きい胴体部分を粉々にするのがいいと判断したからだ。 タウミエルはさっきと同様に影を用いて回避しようとするが失敗――理由は聖女に看破された事により、ローも回避の仕組みを理解し始めていた。 具体的にどうやっているのかは不明だが、似た能力で干渉できると判断し、バササエルの能力である影を用いた拘束で干渉。 それにより回避を不能にしたのだ。


 タウミエルは最も効率の良い回避法を潰されはしたが、手段が尽きた訳ではない。

 使えないなら別の回避を試みるだけ――ドスリと地面から巨大な刃が隆起してその腹を貫く。

 少し離れた位置に魔法で姿を消していたサベージが姿を現し、その尾が地面に潜り込んでいた。

 

 彼は権能で支援しながら距離を置いてローと聖女の戦いを観察し、慎重に隙を窺っていたのだ。

 その姿は猛獣でありながら視線は狩人のように鋭い。 突き刺しはしたが、手応えが薄いと感じていた。

 タウミエルは魔力で構成された天使や悪魔に近いエネルギー体と認識する。


 サベージは最初から自分の攻撃では決め手に欠けると考えていたので、奇襲による拘束を狙っていた。

 実体があるか怪しい以上は簡単に抜かれる可能性は高い。 拘束できたとしてもほんの一瞬だろう。 サベージとしても逃げられると困りはしたが、僅かでも足を止めた時点で目的を達成していた。 権能が尾を通じて直接タウミエルへと効果を及ぼす。


 本体に損傷を受けているだけで内包している魔力は無尽蔵だ。 吸い尽す事は不可能だが、行動の阻害は可能だ。 サベージの判断は正しい。

 タウミエルは神剣から魔力の供給を受けているので魔力を枯渇させる事は不可能だ。


 だが、本体が損傷している今は使用できる量に制限が発生している以上、暴食の権能の影響下に入ると回避に使用する筈の行動が阻害されてしまう。 結果、その場から動けなくなる。

 タウミエルは合理的に邪魔なサベージを排除して回避行動を再開しようと手の中に銃を生み出して射撃。 権能により、発射と同時に銃は溶けるように消滅したが攻撃自体は成立した。


 再現された弾丸はサベージを一撃で消し飛ばす威力を内包してはいたが、射線に割り込んだ聖女が弾丸を両断。 割れた銃弾はサベージの左右を通り抜けて背後で爆発する。

 影による回避の失敗、サベージによる拘束と権能による行動阻害、そして排除行動。


 三手無駄にされたタウミエルは続くローの攻撃を回避する事は不可能――かと思われたが、銃弾を放つと同時に地面を二回踵で踏んでいたのだ。 魔法陣が展開。

 

 ――九曜ナヴァグラハ アーリヤ・聖観音アヴァローキテーシュヴァラ


 タウミエルは空間を掴んで捻る。 同時に周囲数メートルの空間が捻じれた。

 ローはその捻じれに巻き込まれて体が不自然な軌道で回転し吹き飛ばされる。

 九曜ナヴァグラハ アーリヤ・聖観音アヴァローキテーシュヴァラ

 空間を任意の方向に捻じって相手を投げ飛ばす技だ。 どちらかと言うと防御寄りの技なので、派手さはないが対象の重さを完全に無視できるので理屈の上では惑星でも掴んで投げ飛ばせる。

 

 どうにか立て直そうとするが空間に干渉された所為か上手く行かずに頭から地面に叩きつけられて転がった。 落下の衝撃で体のあちこちが不自然な形に折れ曲がっていたが、何事もなかったかのように立ち上がる。 聖女が駆け寄ろうとしていたが手で制した。 彼女は足を止め、代わりに疑問を口にする。


 「……今の攻撃への対処は?」

 「基本的に地面に接触していないと使えない。 成立する前に接続している足をやればどうにでもなる。 空中でも使えない事はないが、龍脈の流れを掴む時に光る線が見えるから対処は比較的ではあるが楽だ」

 「つまり大地との繋がりを断てばいいって事かい?」


 ローは無言で肯定。 極伝は轆轤と煙道を用いる技法ではあるが、龍脈から魔力を引っ張る事で発動する。 つまり、世界から魔力の供給を受ける事が前提となるのだ。

 それを崩せば自前の魔力では賄えないので前提が破綻し、発動を阻止できる。 龍脈は世界の血管と呼べるほどに大地に張り巡らされており、その位置を正確に把握する事でそこから魔力を手繰るのだ。


 本来なら余程規模の大きな龍脈以外は認識できず、大地から立ち昇る魔力の流れから接続を果たすのは並大抵の事ではない。 それでも一部の道を究めた者達はその難事を可能とする。

 聖女は納得したのか小さく頷き、ローの無事を確認したサベージは尻尾を戻すと先程と同様に魔法で姿を消していた。

 

 聖女はサベージの動きを見、ローが立ち上がるのを確認し、まだまだやれる事を確信する。

 極伝の情報も得た以上は対策は充分に可能だ。

 

 ――要は足を止めさせなければいいんだろう。


 聖女は巨大な水銀の長槍と銅の長剣を生み出す。 量を犠牲にして大きさを可能な限り引き上げる。

 十メートル前後の巨大な長槍はタウミエルへと襲いかかるが直接本体を狙わずに地面を破壊して常に動き回らせる方針に切り替えたのだ。 基本的に聖剣から生み出された物体は魔法と同様に術者によって消去は可能だが、一定以上の時間が経過すると干渉する事が出来ずにそのまま残る事となる。


 聖女は使った後の武具は戦闘後に消すようにしているが、戦闘中は必要に応じて残していた。

 大量に刺さった武具は障害物として利用する事も可能だからだ。 特に限られた空間であるなら刺さった剣に足を取られれば儲けもの。 そんな期待を込めての仕掛けでもあったが。


 今回は巨大な剣や槍で露骨に障害物として配置し、地形を変えていく。

 タウミエルは大抵の攻撃は何らかの手段で消し去るが、直接の被害を齎さないものに関しては無視する傾向にあった。 そこに気付いた彼女は敢えて直接狙わないようにしたのだ。


 突き刺さった武具により森が形成されつつあった。

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