第1188話 「機別」
そのまま再度、攻勢に入ろうとしたが上から流線型の飛行物体群が特攻をかけて来た。
鬱陶しいとニコラスはハルバードで叩き落とすが、振り切る際に地面に激突せずに追いかけて来た個体が下から攻撃してくる。 咄嗟に下半身部分で受けたがダメージを殺しきれずに半ばで千切れ落ちた。
四方八方からの攻撃には流石のニコラスも対処が追いつかずに次々と被弾。
装甲が次々と脱落し、背部の補助腕がすべて破壊された。 中でも致命的なのは顔面に喰らった事だろう。 映像を送っていた魔石が破壊された事により視界が一気に狭まる。
魔力の供給機能にも影響が出たのか、背面に展開している羽も安定しなくなってきた。
それでもまだだと、ニコラスは機体を操作し続ける。 武器の生成が上手くできなくなれば半ばで千切れた腕を叩きつけ、腕が完全に破壊されれば千切れた下半身を振り回す。
味方からは後退しろとひっきりなしに連絡が入るが、ここまで押し込まれている状態で下がれる訳がなかった。 誰かが敵の只中に留まっていればいる程に全体の侵攻速度が落ちる。
後退して粘るのも手だが、山脈に入られた時点でニコラス達航空戦力は地上への誤射を気にしなくてはならない。 そう考えるとここで死ぬまで戦っていた方が全体に貢献できるのだ。
損傷により武装も使い物にならなくなってきた。 そろそろかとニコラスは残された切り札の使用を決意する。
サイコウォードは首途研究所製だ。 ならばあの機能――自爆装置は当然のように搭載されていた。
敵を限界まで引き付けて可能な限り道連れにしてやる。 そんな覚悟を以ってニコラスは己にとっての最後の戦場を駆けていたのだ。
被弾が増え、損傷が閾値を突破。 そろそろ飛行も怪しくなってきた。
――ここまでか。
「相棒、今までありがとう。 お前に会えた事こそが俺の人生最大の幸福だ」
先に逝った仲間達もこの結果には満足してくれるだろう。
ニコラスは小さく笑った後、自爆装置を起動。 機体が最後の力を開放する為の準備に入る。
後は起爆するまで粘るだけだったのだが――
――それが何だったのか当事者であるニコラスは勿論、この世の誰にも分からない事だった。
サイコウォードは機体という括りではあるが生体パーツを多用している為、完全な無機物ではない。
機体の操作に使用し、搭乗者と接続する為の巨大な脳も備えている。
使用時以外は休眠状態で、接続する事で機能を発揮するそれは自らの意思で思考する事はない。
その筈だったのだ。
「な、なんだ!?」
急にサイコウォードがニコラスの制御を離れて胸部に魔力を集中。 主砲を失っている以上は収束させて放つ事は不可能だが、強引に魔力の塊を吐き出して破壊力に変換。 攻撃に利用する。
威力こそそこまでではなかったが、敵の一部を撃破して包囲に穴を開けた。
同時に機体との接続が強引に切断される。 あまりの事にニコラスは対応できずに動揺。 それにより次に起こった出来事にも反応できなかった。 操縦席の周囲で小さな爆発が連続して起こる。
これは彼も知っている機能だったので何が動いたのかは分かった。 脱出装置だ。
元々、使うつもりのない機能だったので特に意識はしておらず、起動した覚えもない。
だが、起動した以上はどうなるのか考えるまでもない。
「おい、待て! 冗談じゃない! 止めろ! 止めろぉぉぉぉ!!」
それを許容できないニコラスは思わず声を上げるが、彼の言葉も虚しく操縦席の後ろが開放。
そのまま機体の外に吐き出された。
ニコラスは空中に放り出され、見る見るうちに離れて小さくなっていくサイコウォードに向かって手を伸ばす。 本来なら乗り手を失った機体はそのまま沈黙する筈だったのだが、サイコウォードは搭乗者が不在にもかかわらず胸部に魔力を集める。 今回は攻撃の為ではなく、敵を引き寄せる為だ。
手近にいた敵個体群はニコラスよりも圧倒的に魔力量が多いサイコウォードへと群がっていく。
無数の敵に取り付かれその姿が見えなくなり――爆発が起こる。
首途の歩行要塞ほどではないがその威力は凄まじく、大量の敵を道連れにその姿が完全に消滅。 オラトリアムの純正魔導外骨格として産声を上げた傑作機は最後の最後まで乗り手を見捨てずにその戦いを終えたのだった。
ニコラスは愛機の最期にただただ涙を流し叫び続ける。 一応ではあるが装備に<飛行>を付与された魔法道具が仕込まれているので無傷で着地はできるだろう。
それも敵による妨害がなければだ。 どちらにせよこのまま死ぬ結果には変わりはない。
何が起こったのかは不明だが、相棒が逃がしてくれたのだとニコラスは確信していた。
だが、この状況では――
不意に衝撃。 誰かに抱えられた事が分かった。
「たまたま通りがかったから助けたが、適当な所で降ろすからな」
ニコラスが顔を上げるとそこに居たのは改造種――マルスランだった。
彼はコン・エアーⅣの爆散と共に死亡したものかと思われていたが、機体内部には初期型のコン・エアーが内蔵されていたので爆発の瞬間に脱出して難を逃れたのだ。
その後もしぶとく戦闘を継続していたが、内蔵武装も限界が近かったので一度下がろうと後退したところでニコラスが吹き飛んで来たので受け止めたのだった。
「補給が必要だから一度研究所に――おい、何を泣いているんだ?」
マルスランの声に応える余裕はニコラスにはなかった。
相棒が散った場所を涙を流しながら眺める事以外、彼にできる事はなかったからだ。
制空権が抑えられつつあり、降下した個体によって山脈の一部も戦場となっていた。
それにより聖剣使い達も魔力源としてではなく、戦力として動かさざるを得なくなる。
弘原海は聖剣目掛けて群がって来る敵を片端から斬り捨て、扱いに慣れつつあった聖剣の能力を開放。
聖剣アドナイ・メレクの固有能力は魔力支配――効果範囲内の魔力現象への干渉能力だ。
それによりタウミエルの眷属は自身の構成を維持できずに崩壊していく。
「流石に数が多いな」
弘原海はやや疲労を滲ませて口調でそう呟く。 開戦からずっとここで戦場への魔力供給を行っていたので肉体的にはそうでもないが、精神的な疲労は濃い。
聖剣の能力は強力だが、無敵ではない。 世界から無尽蔵に力を引き出せはするが、それを扱う弘原海自身の能力が有限なので個体ごとに効果が安定しないのだ。
小型個体なら簡単に消し去れるが中型以上の個体は弱らせる程度の効果しか出ないので、直接斬らなければ仕留めるには至らない。 既に周囲は敵だらけで味方も援護に現れるが、次々と脱落する。
ここまで戦況が悪化すると勝利は絶望的だが、諦めるつもりはなかった。
何故なら彼は約束したからだ。 エンティカの下に戻ると。
彼女との誓いを果たす為なら齧りついてでも生き残る。 弘原海は彼女の最後に見せた表情を思い出しながら剣を振るう。
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