第1177話 「交錯」

 無限光の英雄達の脇をローが通り抜ける。

 女王の近くを通る時、何かを囁いていたが離れた位置にいた飛蝗と武者には聞き取れなかった。

 だが、それは女王の何かに触れたようで他が追撃に入ろうとする前に彼女は魔導書を起動する。


 背後に巨大な悪魔が出現し、ローの通った道に立ち塞がった。 同時に追撃しようとした者達が足を止める。 まるで彼への追撃を止めさせようとしているようだったが、二人に対しては仕掛けるつもりのようでそこにはかつての仲間に対する思いは窺えない。


 女王、聖騎士、布を纏った女――精霊使い、獣人、大男。

 敵は五人。 対する飛蝗と武者は二人。 数は倍以上だ。

 今のところ後続が来る気配はないが、ここで撃破しておかないとローの後を追っていくだろう。


 「正直、来てくれて助かった。 俺一人なら半分道連れにするぐらいで終わってた」

 「――来るぞ」


 大男と聖騎士が武者へ、獣人が飛蝗へと突っ込む。

 残りの二人は即座に攻撃を開始する。 精霊使いにより空から無数の氷の槍が降り注ぐ。

 二人は即座に動き回って的を絞らせないようにする。


 武者は抜刀して斬撃、霞む様な速さだったが前に出た大男が見た目から信じられない程の早い動きで前に出ると刀を盾でいなす。 防ぐのではなく斬撃に沿って盾を動かし、受け流しているのだ。

 それにより武者の体勢が崩れ、隙を突く形で聖騎士が斬りかかる。

 

 武者は二本目の刀を抜いて迎撃。 聖騎士の斬撃を弾くと同時に走る。

 一瞬遅れて氷の槍が武者のいた場所に突き刺さった。 常に動き回るが敵との距離を取り過ぎない。

 それにより味方への誤射を警戒させる意図があったのだが、自我を失っても全員が特定の戦闘技能を極めた者達だ。 甘くはない。

 

 巻き込まれそうにはなっているが危なげなく躱し、敵を仕留めんと武器を振るう。

 武者にとって幸いな事が一つあった。 聖騎士だ。

 彼は複数の権能を扱う救世主だったが、自我を失った事で使用できなくなっていた。


 それにより最大十七種類の権能による支援や自己強化などの多種多様な攻撃を繰り出せないのだ。

 真っ先に剣で斬り込んで来た時点で気が付いてはいたが、この状態の彼なら脅威度は低く一対一ではまず負けない。 だが、能力が近い個の武勇を覆すのは数だ。 大男が聖騎士と武者の技量差を埋めるべく、器用に立ち回る。


 ――いつもそうだった。


 武者は在りし日の彼等の姿を思い出す。 大声でよく笑う気持ちの良い男だった。 その豪快さとは裏腹に味方を守る事に関しては誰よりも気を配っており、常に敵の前に立つ姿は誰もが頼りにしたものだ。

 それが今となっては滅びの走狗。 かつての姿を知っている身としては見るに堪えなかった。


 そしてもう一人――グノーシスの救世主として世界中を回り、仲間と力を集めた殉教者。

 彼の事はあまり好きではなかったが、その揺るぎない信念は尊敬できるものだった。

 だからこそ彼は――いや、彼等はその信仰を踏み躙ったグノーシスを許せない。


 彼の流した涙を、恥も外聞もなく跪いて謝罪するその姿を、贖罪の為に戦ったその雄姿を忘れる事はないだろう。 それ故に今は斬り伏せるのだ。 このような姿になった仲間を一時ではあるが開放する為に。

 武者は片方の刀を鞘に納めながら、少し間合いを取った後に地面を踏みしめる。 魔力を込めた震脚だ。 それにより、踏みしめた足を起点に不可視の衝撃を放つ。 本来ならその衝撃で聖騎士を仰け反らせるはずだったのだが、割り込んだ大男に防がれる。


 聖騎士は攻撃をやり過ごし、大男の陰から飛び出して斬りこむ。

 上手い手だった。 盾持ちを前面に出してその陰から削る。

 普段ならどちらかを即座に叩いて破綻させるのだが、それはさせてくれない。

 

 大男は攻撃をいなすだけでなく、時には防ぎ、その巨大な盾を前に立てて視界を塞いでくる。

 そうやって気を引いているのだ。 意識がそちらに向いた瞬間に後衛の支援が飛び、前衛の攻撃が通りやすくなる。 武者は常に全員の動きに意識を配っているが、この布陣は簡単に崩せない。


 大技を使おうにもその隙はなく、動きの少ない小技で仕掛けつつ機を窺う形になってしまっていた。

 視界の隅では飛蝗が女王の呼び出した巨大な悪魔と獣人の猛攻に晒されており、こちらも膠着した状況となっている。


 この状態の維持はそう難しくはない。 守りに徹すれば数時間どころか数日でも問題ないだろう。

 だが、後ろの状況がそれを許さない。 敵の足止めをしているであろう二人は全力を振り絞っているはずだ。 いつまでも留めておく事は難しい。


 焦りを生む状況ではあるが、余計な感情は刃を曇らせ、曇った刃は判断に遅れを生み、そして遅れは死を招く。 とにかく冷静に勝機を見極めるのだ。

 欲しいのは大技を――極伝を確実に当てる為の隙。 使う所まではどうにでもなる。 最低でも二秒――真言による強化を施すなら五秒は動きを止めたいが、それを許してくれる相手ではない。

  

 敵を仕留める為の隙は欲しいが、同時に相手が自身を仕留める為の隙を作らせる訳にもいかなかった。

 やや大振りな動きで斬撃を放つ。 不可視の攻撃は直線上の全てを斬り裂くが、当然のように防がれる。

 武者と飛蝗は精霊使いを巻き込むような攻撃を織り交ぜていた。


 それにより後衛に高威力の攻撃を繰り出させない。

 互いが互いを牽制しつつ、膠着を保っている。 無限光の英雄達は染みついた戦闘技能により、在りし日の英雄達は相手の事を熟知しているが故に溜めの隙を与えないように動いているのだ。


 武者の苦戦している近くで飛蝗も同様に苦戦を強いられていた。

 再出現した悪魔の攻撃を凌ぎながら獣人の拳によるラッシュを捌く。 下手に打ち合わずに手の甲で受け流す。 それには理由があった。


 獣人の装備している巨大な手甲だ。 分類としては籠手に近いが本質的には魔導外骨格に近い。

 武具ではなく使用者の能力を拡張する事を主目的として製作されており、身体能力が高ければ高い程にその恩恵は強くなる。 獣人の拳が振るわれる度に手甲の肘に近い部分にある大小ある穴の一部から小さな爆発が起こってその拳を加速させていた。


 彼はこの装備を極めたと言っていい程に使いこなし、爆発のタイミングを操作する事で繰り出す攻撃の速度に緩急をつけているのだ。 その為、繰り出される瞬間に手元で一気に伸びたように見えてしまう。

 初見で見切るのは非常に難しい。 裏を返せば初見でなければ対処は可能であったのだ。

 

 繰り出される瞬間、懐に入って加速する前に捌く。 それによりその攻撃の脅威度は大きく落ちる。

 獣人への対処はとにかく懐に入る事なのだが、一対一ではないのでそれはできなかった。

 とにかくお互いに決め手に欠ける状態であり、好機を窺う為の攻防が続く。

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