第1159話 「衛兵」
現在のオラトリアム南部は凄まじい激戦区となっている。
山脈から様々な光が虹のように煌き、その美しさに似合わない破壊を齎す。
対峙している虚無の尖兵が出現している地点には巨大な黒い穴がぽっかりと口を開け、次々と汚濁のような闇を吐き出し続けている。
傍から見ればそれは奇妙な光景に見えるだろう。
黒い穴はその地点の空間を侵食するように出現しているので厚みがない。
代わりに穴の外縁は徐々にだが広がっており、その規模を拡大していく。
狙撃部隊と一緒に山脈に陣取っている観測部隊は穴の拡大を逐一報告。 些細な変化も見逃さない。
現在は砲撃のみで狙撃部隊の出番はなく、彼らも戦況の変化を黙って見守るだけだった。
一部の者は一定の間隔で頭上を飛び越える砲弾に視線を向けていたが。
山を飛び越え大きな放物線を描き空中で炸裂し、大地に無数の加工された魔石の弾丸が降り注ぐ。
一発で戸建ての家が建てられる額の弾丸を湯水のように消費しているのはジオセントルザム外周の線路に存在する巨大な列車砲だ。 数十メートルはあるであろう長大な砲身が複数。
それが次々と轟音と共に砲弾を吐き出していた。 発射の際に射手が<照準>の魔法を使用しているので炸裂する直前までは全弾が寸分違わぬ軌跡を描く。 加工された砲弾は飛行するタイプの敵に非常に有効で、光線や魔法攻撃を掻い潜ろうとした敵の上に降り注ぐ事によって急上昇を防ぐ。
つまりは頭を抑える事に成功しているのだ。 それにより高度の取れなくなった敵は次々と攻撃の餌食となって滅ぼされる。 魔力駆動式巨大列車砲ナヴァロン。
首途研究所副所長であるハムザは考案、設計、開発まで行い。 交通、運搬、火力支援を高い水準で満たした非常に優秀な代物だった。 事実、作戦の一部に組み込まれている点と投じられた資金を考えれば期待値と評価が高く、同時にそれに応えきった傑作といえるだろう。
当のハムザはその光景を見たかったが、彼はそれよりも重要な仕事があるので首途と共に研究所の地下で静かに出番を待っていた。 我が子のような兵器の活躍を見たかったが、それ以上にこれから戦場に出た後の事を考えると興奮で逸る気持ちを抑えきれなくなりそうだったのだ。
だが、彼等の出番はまだ先となる。 戦闘は始まったが、戦い自体はまだ始まってすらいない。
オラトリアムの全土に衝撃と轟音が響き続ける。 空は薄暗くなり始めており、闇が日光を侵食し始めていた。 穴の拡大は尚も止まらず、敵戦力の流入は増大していくがこの程度であるならばオラトリアムは揺るがない。
虚無の尖兵程度であるならば万どころか億用意しても返り討ちにして見せよう。
そんな気概を抱きながらオラトリアムの者達は攻撃の手を緩めない。
実際、これだけの密度の攻撃――国ですら即座に更地に変えられる規模の攻撃を繰り出し続けているが、オラトリアムにはまだまだ余裕があった。 入念な準備をしていた事もあるが、未だに犠牲者が皆無なのは驚嘆に値するだろう。
この世界において最強の国家であるオラトリアムは世界の滅びに容易く屈しない。
不退転と勝利への覚悟は世界ノ影を焼き尽くさんと襲いかかる。
――が、それも大穴が不完全な状態である間だけだ。
あくまで虚無の尖兵はタウミエルの眷属たる無を冠する者達の中でも最下級で、最も格が低い雑魚といえる。
つまりはまだ上が居るのだ。 そしてオラトリアムは間もなくそれを目の当たりにする事となるだろう。
日が完全に落ちる。 夜が来たのだ。
この場に居る者達にとって生涯で最も長く感じるであろう夜が。
最初に起こった変化は分かり易いものだ。 大穴の拡大が停止。 最終的なサイズはこの大陸を楽に呑み込めるほどの大きさとなった。
そして――
「――来るぞ。
山中で戦況を窺っていた教皇が呟く。 それに応えるように戦場に出現する敵が変化した。
いや、分かり易く格が違う相手が現れたのだ。
轟音に混ざって聞こえる地響き。 巨大な質量が地面を踏みしめる音だ。
最初に現れたのは全長百メートルを軽く越える恐竜のような形状の存在だった。
地竜の祖ではないかと考えられる程、形状に類似点が多かったが、それは今考える事ではない。
それに続くように次々と百メートル級の巨大な生物を象った存在が次々と出現。
恐竜だけでなく地球でいう古生代や新生代に居たような生き物に酷似した巨大な生物がその姿を現す。
竜ですら数十メートル、最も大型の物で百メートルに届くか届かないかぐらいだったのだが無限の衛兵はその巨体を軽く上回る。 当然ながら無視できる存在ではないので火力を集中して早期の撃破を狙う。
だが、その圧倒的な質量はオラトリアムの猛攻を以ってしても容易くは崩れない。
「……ここからですか」
戦場全体を俯瞰していたファティマがそう呟く。 ここまでは予定通りだ。
そしてここからが長く厳しい綱渡りが始まる。 残された知識から得た情報を基に組み上げた作戦なので、不確定要素が多い――いや、不確定要素しかないぐらいの危険な戦いとなるだろう。
「世界の滅びであろうと我等のオラトリアムを侵す事は絶対に許さない。 その愚行、身を以って知るといい」
自らを鼓舞するようにそう呟くと各所に指示を出す。 全力戦闘の準備をするようにと。
総司令官であるファティマの命令を受けた各所は即座に行動を開始。
最初に動きがあったのは山脈だ。 四か所の巨大魔法陣が起動。
かつてジオセントルザムにて圧倒的な戦闘能力でオラトリアム相手に猛威を振るった存在がその姿を現す。
ミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエル。
ジオセントルザムで使用された時よりも一回りほどサイズは縮んだが、戦闘能力自体に大きな変化はない。 召喚と同時にラファエルとウリエルの支援が戦場全体に伝播する。
そしてガブリエルの能力が起動し、事前に用意された旧グノーシスの聖職者達を生贄――ではなく触媒にしてその体が眷属へと変化していく。 最後にミカエルが巨大な炎の剣を生み出して一閃。
先頭を進んでいた無限の衛兵の数体を両断する。 同時に砲撃を繰り返していたエグリゴリシリーズが攻撃を継続しつつ後退。 代わりに白兵戦に長けた機体が前に出る。
オラトリアムの攻撃に衰えはないが無限の衛兵へ火力が集中してしまうので虚無の尖兵への対処が疎かになってしまうのだ。 それにより敵軍の侵攻は進み――そして。
「行くぞぉぉぉぉぉ! オラトリアム万ざぁぁぃぃぃ!!」
アブドーラの咆哮と同時に戦場全体がそれに追従するように吼える。
「突撃ぃぃぃ!」
向かって来る虚無の尖兵へと突撃。 こうしてこの世界における最大の戦いが本当の意味で幕を開けた。
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