第1132話 「選定」
オラトリアムは来る決戦に備えて休む間もなく稼働している。
その甲斐あって作業の方は予定よりもやや早いペースで進んでいるようだ。
研究所の方もグリゴリを用いた素材プラントも定期的に送られる打診が受け入れられて増やす準備が始まっていた。
そんな中、ヴェルテクスは一人街を歩いていた。 向かう先は以前は大聖堂として使用されていた建物で、現在はサブリナと教皇が率いているロートフェルト教団という怪しすぎる集団の巣窟だ。
事前に話を通してあったので特に呼び止められるような事にはならない。
制圧時は随分と散らかっていたが、今では綺麗に掃除されているので中に入ると遮音には気を使っているらしく外の喧騒が遠ざかる。 静かになった廊下に彼の足音だけが響く。
真っ直ぐに進むと大量の等身大ロートフェルト黄金像が並んでいる。 信者曰く神の姿を象った「神像」らしい。 それをやや胡散臭そうに一瞥してそのまま奥を目指す。
ロートフェルト様を神と崇め、その障害を排除する事で繁栄が約束されるといった頭が悪すぎる教義内容とは裏腹にオラトリアム内では信者は非常に多い。
絶対神の前では全てが平等。 神が上、他は皆下で神に跪くべき存在らしい。
崇められている当の本人は作り直された大聖堂と立ち並ぶ自身の黄金像を見て数秒ほど硬直していたが、特に何も言わずに「好きにしろ」と一言。 ただそれ以降、大聖堂には余り近づかなくなった。
この大聖堂はあくまで信仰の象徴――要は戦意高揚の広告塔といった側面が強いので、この街での重要性はお世辞にも高いとは言えない。 だが、ある物を保管しているので決して蔑ろにされている訳ではなかった。
何を保管しているのかというと――
「や、待ってたよー」
廊下を抜けた先である人物が彼を待っていた。 尖った耳が特徴的な女。
エルフと呼ばれる種族の特徴を備えている彼女はラディータ・ヴラマンク・ゲルギルダズ。
元グノーシス教団の救世主にして聖剣使い
ラディータの姿を見てヴェルテクスの眉が不快気に吊り上がる。 先の戦いで彼女にはかなり不快な事をされた事もあってヴェルテクスはラディータの事を非常に嫌っていた。
グロブスターによる変異を受けて生まれ変わったのだが、見た限りでは人間のままだ。
ヴェルテクスにはどういった生態に変化したのかまでは分からなかったが、少なくとも真っ当な生き物ではなくなっている事は確かだろうと考えていた。
「やだなぁ、今は仲間なんだからそんな怖い目で見られるとお姉さん怖いな?」
ヴェルテクスは特に構わずに横をすり抜けて奥へ進む。 ラディータは小さく肩を竦めるとヴェルテクスの隣に並ぶ。
「理由は分かってるから余計な事はあんまり言わないようにするけど、こっちも命令されてる立場だからそっちも我慢してくれると嬉しいな?」
ラディータはそう言うがヴェルテクスは特に反応しない。
彼女が案内役に選ばれた理由に何となく察しがついているからだ。 恐らくファティマの嫌がらせだろう。
ジオセントルザムでの戦闘時にローを嗾けた形になった事が気に障ったからだと考えていた。
彼の考えは正しく、これはファティマからのペナルティで今後、ローに対して余計な事をするなといったメッセージでもある。
ファティマのローに対する偏執的な愛情は理解していたが、明らかに度が過ぎているのでヴェルテクスからすれば気持ちの悪い女以上の感想が出てこない。
ヴェルテクスの反応にラディータは大仰に肩を竦める。
「随分と熱心だね? あんまり強さに貪欲には見えないけど、目的があるから頑張れるって感じかな?」
「余計な事は言わないんじゃなかったのか?」
「お姉さん沈黙に耐えられない性質なのよね。 だからこれはちょっとした雑談。 余計じゃなくて余分かな?」
ラディータの指摘は正しく、ヴェルテクスは強さに対する執着は薄い。
彼が強さを求める理由は明確な目的が存在し、その為に必要な能力を得る為だ。
今回、この近づきたくもない場所に足を運んだのも必要な理由があるからだった。
真っ直ぐに奥へと向かい。 地下の階段を下る。
目的地は地下の最奥――かつて箱舟と呼ばれた謎のオブジェクトが存在した場所だ。
本体は破壊されて片付けられたが、台座は残っておりそこに一本の剣が突き刺さっている。
聖剣エロハ・ミーカル。 かつてラディータが使用していた聖剣だったが――
「今のお姉さんじゃ扱えなくってね。 弾かれちゃって今は担い手が不在の扱いみたいだよ?」
知っている。 ヴェルテクスは全てを理解してここに居るからだ。
肉体改造を受けたヴェルテクスはローのやっている事とその正体についてもある程度聞かされており、聞かされていない部分は全てではないが察していた。
ローによる洗脳は便宜上、洗脳と呼んでいるだけであって本質的には上書きだ。
生物としての魂――根幹を別のものに入れ替えて尊厳どころか存在そのものを奪い取る。
ヴェルテクスの認識ではローの眷属は思考している体組織――彼の切れ端にしか過ぎない。
その認識は正しく、ローが眷属の裏切りをほとんど想定していない理由でもある。
可能性がほぼ皆無なのだ。 考えるだけ無駄なのは理解しているが、聖剣に弾かれる理由もその点にある。 それはラディータが聖剣に弾かれた事実を踏まえれば容易に至れる結論だった。
結局の所、聖剣はローの眷属を「ローの一部」として認識しているのだ。
そもそも聖剣に対する適性がない上、魔剣を所持しているのでどう頑張っても彼には聖剣は扱えない。
つまりはこうなった時点で聖剣はラディータを死んだ者として扱い、彼女として認識しないのだ。
その為、オラトリアム内で聖剣を扱えるのはローによって魂が喰われていない存在に限定される。
改造種、レブナントは論外。 可能性の在りそうな亜人種もかなりの人数が挑んだが、気に入らなかったのかアブドーラを筆頭に残らず弾かれたようだ。
次に候補に挙がるのが転生者だ。 ちなみに真っ先に挑まされたのが瓢箪山だったが、あっさり弾かれた上「使えない」と上司に皮肉を言われる理不尽を味わった。
ヒストリアの転生者は選択肢から除外。 完全に信用されていない上、指揮権がエゼルベルトにあるので可能な限り渡したくなかったようだ。 念の為にと既に別の聖剣を手にしている夜ノ森と弘原海も挑まされたが、当然のように弾かれた。
アスピザルも嫌々ながら挑んだが失敗。 一応、首途も試したらしいが同様に失敗。
ファティマはエロハ・ミーカルの運用に見切りを付けようと考えていた所でヴェルテクスが名乗りを上げたのだった。
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