第1121話 「対面」
俺の婚約者候補は全部で四人。
ルチャーノに誰から会うかと聞かれたが、下手に選べば関心があると勘違いされそうだったので上から順番に会う事となった。
長女シルヴァーナ。 ルチャーノ曰く「一番、面倒がなさそうな女」らしい。
見事な金髪を縦ロールにしており、起伏のはっきりしている体格。 何とも分かり易い「お高そうな女」だ。
反面――中身の方はそこまでお高くないらしく、見た目とは裏腹に緊張しているのか表情が強張っていた。
「ど、どうも……」
「あー……どうも」
お互いに挨拶を済ませて沈黙。 これは何を話せばいいんだ?
見合いといった行事に縁がなかった事もあって咄嗟に言葉が出なかった。
普段なら割と滑らかに話せていたような気もするが、今回に限って何故言葉が出てこないのだろうか?
そんな悩みを抱いて、自己分析してみると答えはそうかからずに浮かび上がる。
今までは何故、他と滑らかに会話が出来ていたのか? 答えは単純で、俺は用事のある人間としか会話をしてこなかったからだ。 用事があるからそいつの下へ出向いて話をする。
そして話が済めば次の相手だ。 話題が尽きる訳がない。 何せ終わったら次へ行くからな。
例外はルチャーノぐらいだが、あいつにしたって会う前に振る話を纏めているので他とあまり変わらない。
「その、エルマン様。 聖堂騎士として活躍されているとお聞きしています! もしよろしければお話をお伺いしてもよろしいでしょうか!?」
「あ、あぁ、何が聞きたい?」
そうか。 普通に普段やっている事を適当に喋ればいいのか。
何故こんな簡単な事に頭が回らなかったんだ? 自覚はないが緊張でもしているのか?
仕事相手ではなく、異性を――それも王族を相手にしなければならないので我ながら経験不足が露骨に出ているな。
……何を話しゃ身分の高い女は喜ぶんだ?
シルヴァーナは王族だけあって教育を受けている所為か知らないが、俺を立てようとしてくれるのは伝わってきた。 確かにルチャーノの言う通り、扱い易そうな性格ではあるな。
障りのない範囲で普段やっている事を話しながらシルヴァーナを観察する。
顔自体は何度も見ているが、改めて見るとその美しさが良く分かった。
他の姉妹も相当なものだったが、これは王の種が良かったのだろうか?
身分が高い事と容姿が優れている事は直結しないが、ウルスラグナの王族は両方を高い水準で満たしていると言える。 最終的に王になれないのは早い段階で分かっていたようなので、夫にとって都合のいい妻である為の所作を叩き込まれるって話は割と良く聞く。
基本的に一定以上の地位を持った家の娘は大抵は嫁入りといった形で出荷される運命だ。
なら、嫁いだ先で上手に立ち回れるように学んでおくのは賢い判断だろう。
その点で見ても彼女は非常に優良だった。 俺の話には適度に相槌を打ち、過剰にならない程度に関心を示す。 聞き上手と言えば聞こえは良いが、訓練された――良くも悪くも計算された感じがする。
見れば見る程、結婚相手としては好都合。 優良物件。 面倒が少なさそう。
そんな感想がボコボコと泡のように浮かんでくる。 ルチャーノが薦める訳だ。
恐らくシルヴァーナの夫になれば頼めば何でもしてくれるだろうな。
ただ、裏を返すとシルヴァーナという個人の匂いが殆どしないのだ。
辛うじて緊張している点や細かな表情からやや無理をしているのが分かるので、真面目な性格だというのは伝わってきた。 気が付けばシルヴァーナの質問に俺が答えるだけの状況になっているので、そろそろ俺の方からも質問をするべきなのだが……これは何を聞けばいいんだ?
――散々、悩んだ結果――
「――ところでご趣味は?」
――そんな当り障りのないものだった。 我ながらクソみたいな質問だな。
……つ、疲れた。
大した時間ではなかった筈だが、慣れていない事もあって酷く消耗する。
シルヴァーナは微笑みながら退出。 結局、最後まで素は見せなかった。
……これ、後三回もやるのか。
考えただけで帰りたくなってきた。 一人、相手にしただけでここまで消耗したのにこれが後三回。
俺は内心で大きな溜息を吐いて次の相手が現れるのを待つ。
次は次女ドロテア。 綺麗に切り揃えられた前髪が特徴的で体形は姉に比べるとやや控えめではあるが、女性としての魅力は充分に備えている事には変わりはない。
簡単な挨拶を済ませると――
「エルマン様は聖堂騎士として活躍されているとお聞きしています! よろしければお話をお伺いしてもよろしいでしょうか!」
――シルヴァーナとほぼ同じ台詞が飛び出して来た。
せめて姉妹間でその辺の相談はしておけよと言いかけたが、言葉をぐっと呑み込む。 少なくとも台本があるのは確定したが特に不快には思わない。 いや、不快に思う程の余裕がないと言うべきか。
下手に探り探りで会話しても消耗するだけなので、全く同じ話をして反応の違いを見ればいいといった比較的、消耗を少なくできる名案を思い付いたので即座に実行。
この話をしたのは初めてですといった空気感を出しつつ、二回目なので割と滑らかに全く同じ話をする。 ドロテアの反応は――あー、確かに分かり易いな。
ルチャーノの評価は「細かい事を気にしなければ問題ない」だ。 シルヴァーナと同じように相槌をしっかりと打つが、よくよく見てみると表情にやや退屈さが浮かんでいた。 お前が話を振ったんだろうがと言っても許される場面だが、あまり乗り気じゃないのは見れば分かる。
……まぁ、一回り以上、歳の離れたおっさんと結婚しろは抵抗があるだろうな。
逆の立場なら間違いなくそう考えていたので、特に気にはならない。
寧ろ、無理をしている感じが出ているので、逆に申し訳ないといった気持ちになってしまうな。
ドロテアの場合は見ない振りさえしていれば表面上は円満な夫婦生活が送れそうだ。
なるほどと考えて内心で分析を続行。 途中でこれは本当に見合いなのか?と思ったが、努めて考えない。 自分の理解しやすい形で物事を判断するのは良い事だ。 いい事だよな?
自信はなかったが、話と時間は進む。 一通り、話を済ませるとドロテアはややぎこちない笑みを浮かべて退出。 これで二人。 ようやく折り返しだ。
もはやこの見合い自体が片付けなければならない作業と化しているような気もするが、もうそんな事はどうでもいい。 今の俺に必要なのはこの場を乗り切る事だけだ。
入ってきた三人目へ話す内容を頭の中で準備しつつ。 早く終わらないかなと小さく祈った。
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