第1106話 「腹決」

 内容が内容だったので俺一人で調べたのだが、どうもあいつの出自にも気になる点が多い。

 まぁ、早々に親を亡くし、食うに困って冒険者をやるのは珍しい話ではなかった。

 実際、俺も似たようなものだしな。 ただ、アイツに限って言うのなら冒険者になった時期は割と最近だ。


 それまでの期間、何をしていたのか? そんな疑問があった。

 俺としても軽い裏取りのつもりだったのだが、気になったのでつい深堀りしてしまったのだ。

 流石に何を調べているかを知られる訳にはいかないので、ギルド絡みの仕事があった時に探りを入れただけなので最後までは追っていない。 別にあいつの過去に何があろうと知った事ではないのだが、オラトリアムと何らかの関係があるのというのなら話は別だ。


 あいつの扱いに関しては連中ですら腫物扱いだった印象を受ける。

 ファティマの反応から、オラトリアムへ一切近寄らせたくないといった雰囲気があった。

 本音を言えば聞きたい所ではあったが、聖女自身もファティマも口に出さない事なのだ。

 

 下手に触ると何が出て来るかさっぱり分からない。 この時期に面倒事を増やすのは俺の精神衛生上にもよろしくないと良い事が一つもないのだ。

 今更、聖女がオラトリアムと裏で繋がっていると疑っても仕方がないので、もう知らない振りをした方がいいのかもしれないな。


 ……あぁ、本当にどうしてこうなっちまったんだ。


 気が付けば大部分をオラトリアムへと依存して全てが連中次第といったギャンブルじみた組織の舵取り。

 客観的に見れば馬鹿なんじゃないのかといいたくなる。

 今度こそ大きな戦いは最後になると信じたいが、世界の滅びを乗り越えた後に連中は一体何をするつもりなんだ? 今や世界の勢力図はオラトリアム一色となっている。


 タウミエルへの対処が済んだ後の動きが読めない。

 まさかとは思うが用済みになったアイオーンは邪魔になって処分とかにならないだろうな?

 いや、充分にあり得る。 最低限、聖剣を取り上げるぐらいはするかもしれない。

 

 俺が逆の立場なら間違いなくそうする。 素直に差し出せば首輪付ではあるが、それなりに平穏な日々は送れるかもしれない。 問題は俺以外がそれに納得してくれるかどうかだ。

 一部でも反発すれば――いや、オラトリアムの傀儡だった事実を知れば、離反して妙な事をしでかす奴が現れる可能性が高い。 基本的に俺は完璧に統制の取れた集団の存在を信じていない。


 人の集まりである以上、人数が増えれば増える程、内部分裂の可能性が跳ね上がる。

 それはグノーシスですら例外じゃない。 連中は裏切防止の処置を施す事によってその可能性を潰していただけで、潜在的な反乱分子を一定数は抱えていた筈だ。


 オラトリアムも同様と信じたいが、あの様子を見ると例外の――今考える事じゃないか。

 そうこうしている内に聖女のいる執務室まで辿り着いてしまった。

 結局、答えの出ないまま話をする事になるか。


 ……はぁ、なるべくボカす方向で行くか。


 突っ込まれたらその時はその時だ。 最悪、素直に全部吐き出す事を覚悟しつつ扉を軽く叩いて応答を確認後に入室。 聖女は次の説法の際の原稿の確認と決定した事に関する報告書の処理を行っていたようだ。

 机の脇には閲覧済みを示す判子が押された書類の山。 聖女は原稿を片手に兜を外したまま、俺を歓迎するようにいつもの柔和な笑みを浮かべた。


 「よう、邪魔するぞ」

 「どうぞ。 追加の報告書か何かですか?」

 「いや、それとは別口の話だ。 かなり重要な話と割とどうでもいい報告がある」


 どちらから聞くと俺が尋ねると聖女は苦笑。

 あぁ、思わず先延ばしにするような事を言っちまった。 後者の報告は本当にどうでもいい事なので、話さなくてもいい内容だ。


 「……厄介そうな案件から片付けましょうか。 軽めなのは気分を変える意味でも後にしましょう」

 

 ……そう来たか。


 逃げられないので俺はどうにでもなれと話を切り出す。


 「この先に起こる事についてだ」

 「グノーシスの再襲撃――という訳ではなさそうですね」

 「あの連中がかわいく思える敵が来るそうだ」


 それを聞いて聖女から表情が消える。 流石に笑って流せる内容ではないと察したか。


 「敵と明確に判断しているようですが、何が起こるんですか? グノーシスの撤退と何か関係が?」

 「……まぁ、なくはないな」 


 一先ずこれから起こる事の概要を伝える。

 タウミエルによる侵食とそれに伴う世界の滅び。 そして食い止める為に戦わざるを得ない事。

 途中に挟まった質問にも簡単に答えつつオラトリアムで聞いた話をそのまま吐き出した。


 ただ、肝心のオラトリアムの関与に関してだけは触れず、協力関係にある組織とだけ伝える。

 聖女は俺の話を自分なりに咀嚼しているのか聞き終わった後、しばらく黙ったままだった。

 

 「……まずは確認させてください。 僕達が戦って来た相手、グリゴリやグノーシスを全滅させたのはその協力組織という事で間違いないですね?」

 「あぁ、俺達は連中が仕事を終えるまで主力の一部を引き剥がすだけで良かった」

 「今までは口止めされていたけど、ここに来て話したという事はある程度の情報開示の許可出たんですね」

 「恐らくだがもう隠す必要がないからだ」


 その点は間違いないな。 連中は本拠をクロノカイロスへ移した以上、ウルスラグナに居る俺達が正体を漏らした所で何の意味もない。 もう撤退している事を踏まえれば的は射ているだろうよ。

 辿り着くまでも転移を複数回繰り返すといった念の入れようを考えても、簡単に攻め込める場所じゃない。 連中が活動基盤を完全に移した点も気にはなっていたが、足を踏み入れて確信した。


 もう連中はあの大陸だけで自給自足できるので、他所で商売をする必要がないのだ。

 つまりオラトリアムの生活があの大陸だけで完結できるようになっている。

 最初からどうこうするつもりはなかったが、もう何をしても対処できる自信があるからこその態度と見ていた。


 「僕達はグリゴリ、グノーシス戦と同じく、そのタウミエル相手に時間を稼ぐですか」

 「そうなる。 ただ、相手が相手だ。 連中でも確実に勝てるかは怪しいと言っていた」

 「完全にその外部勢力に運命を委ねる形になるんですね」

 「……あぁ」

 

 聖女の反応が読めなかったので思わず顔色を窺うが、特に表情に変化はない。

 何を考えているのか黙ったままだ。 少しの時間が流れ沈黙に耐え切れず――

 

 「そのだな――」

 「――エルマンさん。 あなたの目から見てその外部組織は勝てると思いますか? 僕はその組織の力を知りません。 ただ、出した結果を見れば凄まじい力を持った集団だというのは分かります。 それを踏まえた上で彼等はその世界の滅びを打ち倒せると思いますか?」

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