第1104話 「帰後」

 「大丈夫ですか? エルマン聖堂騎士」

 「…………あぁ、まぁ、何とかな」


 本音を言えば欠片も大丈夫じゃねぇよといってやりたいが、口に出しても無駄なので俺にはそんな返ししかできなかった。

 一通り話が終わってウルスラグナへと送り返されたのだが、知らない方が幸せだった話を山のように聞かされた身としては記憶を消したい気持ちでいっぱいだぞ畜生。

 

 どうすればいいんだよこれ。 いや、やる事は決まっているので迷うことはないのだが、これをどう受け止めればいいんだ? 後は聖女達にどう説明すればいいんだといった頭の痛い問題もある。

 メイヴィスはオラトリアムの事を話しても構わないとの事だったので、包み隠さずに話せば理解は得られるだろう。 だが、その辺を晒してしまうとアイオーン教団はオラトリアムの傀儡という事実が露呈する。


 下手に漏れると組織の基盤が崩れかねない。 その為、話す相手はかなり絞る必要がある。

 聖女とカサイ、後はモンセラートとマネシア、念の為に裏取りもしておきたいのでヴァルデマルとハーキュリーズにも話を聞く必要があるな。

 残りは重要部分をぼかす形で戦場に放り込む必要があるな。 考えるだけで気が重い。

 

 十中八九死ぬ戦場だ。 しかも前回同様、クリステラ抜きで行かなければならないといった縛りまで付いている。 今回はグノーシスの生き残りやハーキュリーズがいるので戦力面では多少マシだが、勝てるかどうかが何とも言えないといった懸念しかない戦いになるのだ。


 そして俺はそんな戦いに多くの人間を騙して送り込む訳か。

 我ながらクソみたいな人間だ。 真っ先に死ねばいいのにな。


 「オラトリアムでの話、聖女ハイデヴューネには……」

 「モンセラートもそうだが俺から話す。 だからお前はオラトリアムで見聞きした事は一切口にするな。 出来るな?」

 

 こういった有無をいわせない強い言い方はあまり好きではないが、気持ちに余裕がないので思わず声に苛立ちが混ざる。

 

 「分かりました。 私は何も聞かなかった事にしておきます」

 「あぁ、そうしてくれ。 当日には向こうに行く事になるだろうが、細かい打ち合わせは連中から指示が入るだろうからそれに従ってくれ。 現場ではお前自身が生き残る事を優先しろよ」

 

 クリステラは小さく頷くが、何か言いたげな視線を向けたままなので何だ?と見つめ返すと珍しくやや迷うような素振りを見せていた。

 

 「その――大丈夫ですか?」

 「…………何がだ?」


 一瞬、イラっとしたが、こいつなりに心配しているのだろうと強引に納得して聞き返した。

 

 「いえ、無理をしているのではないかと思って……」 

 「……誰かに押し付けられるのならそうしたいが、ここまで来ちまった以上は何とか乗り切るさ」


 じゃあお前が代われよといってやりたい気持ちはあるが、他に任せて更に酷い事になるぐらいなら自分でやった方がマシだと思ってしまっているので任せるなんて真似は不可能だ。

 

 「どうか無理はしないで下さい。 貴方はアイオーン教団にとって必要な人材です。 難しいとは思いますがご自愛を」

 

 俺はあぁと頷いて小さく手を上げるとその場を後にした。

 気遣ってくれるのは素直に嬉しいが、今の俺にはそれを素直に受け入れられる心の余裕はない。

 これ以上、こいつと話していると余計な事を言いそうなので、今日は休んでいいとだけ言ってその場を後にした。


 


 「アイオーンの舵取りは思ったよりも大変そうだな」


 同情の籠った口調でそう言ったのはハーキュリーズだ。

 紋章をアイオーンの物に変えた全身鎧に腰には聖剣。 さっきまでカサイ達に混ざって巡回をしていたようで完全武装だった。


 比較的、事情を察していそうな相手だったので、真っ先に話を聞きに行く事にしたのだ。

 オラトリアムで聞いた話をそのまま伝えると、特に驚きもせずに「そうだろうな」と特に否定しなかった。


 「俺は教皇に不信感を抱いていたように奴も俺を信用していなかったこともあって重要な情報には触らせて貰えなかったが、世界の滅びに関しては明確に示唆されていた。 素直に滅びてやる気がないなら戦うしかないだろうな」

 

 ハーキュリーズはタウミエルの詳細については予想以上だったらしく軽く目を見開いていたが、それ以外は特に反応しなかった。

 

 「問題はそのオラトリアムとやらが、本当に勝てるかどうかだな。 実際、どうなんだ? 連中はあんたから見て信用できそうなのか?」

 「信用するしかないってのが現状だな。 少なくとも今のこの世界にあの連中以外でタウミエルに対抗できそうな勢力がない」

 「自分達だけ逃げようって気がないだけグノーシスよりはマシか。 そう言えば例の逃走手段はどうなったんだ?」

 「あぁ、何でも使わないからってぶっ壊したんだとさ」


 使わせて貰えないだろうなとは思ったが、どういったものかだけでも気になったのでメイヴィスに尋ねた結果、返って来たのは処分したといった言葉だけだった。

 賭けてもいいと思える最大の理由はそこだ。 連中、勝てるか怪しいとは言っていたが、負けるつもりは欠片もなかった。 だからこそ俺達にかなり深い部分の情報を漏らしたのだ。


 そうでもなければ俺を呼び出す必要がない。

 少なくとも勝つつもりでやっているのだけは伝わったので、そこは疑っていなかった。

 ただ、こちらにかかる負担を考えればできればお前等だけで片付けてくれといいたいが、そうも言えないのが辛い所だ。 ハーキュリーズは小さく鼻を鳴らす。


 「選択の余地がない以上はやるしかなかろう。 悪い方に考えても碌な事にならんから、前向きに一番苦しいところを他へ押し付けたとでも考えて気持ちを楽にしたらどうだ? 話によれば俺達が担当するのは、起点となる旧クロノカイロスではなく、リブリアム大陸のフシャクシャスラなんだろう?」

 「あぁ、どうも他の外部組織にも声をかけているらしいからその連中との共闘になるらしい」

 「外部組織?」

 「話によると獣人だそうだ」

 

 どうもかなり前からオラトリアムと付き合いのあった獣人の国にも援軍を要請しているらしく、そっちからも戦力を出して貰うらしい。 余力を割きたくないらしく、フシャクシャスラに関しては完全に他所の組織に任せる方針のようだ。


 「獣人ということはリブリアム大陸関係か。 大陸北部には獣人の国があると聞くからな」

 「詳細は聞かされていないが、近々面通しがあるから詳しい事はその時に聞けとさ」

 

 連中も俺達の戦力事情を把握しているだけあって援軍を出してくれるらしい。

 どれだけの数が来るのかは知らんが、しばらくは持ちこたえられる程度の数は期待してもいいだろう。

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