第999話 「迷悩」
青い巨大天使――ガブリエルの出現とそれにより生み出された眷属の力でオラトリアムは劣勢を強いられる。
ディープ・ワン内部の作戦室でその姿と状況を確認したファティマは不快気に眉を顰めた。
まったくの想定外と言う訳ではなかったので動揺する程ではなかったからだ。
グノーシスは天使を扱う。 そして魔導書や召喚関係の技術を保有している以上はグリゴリと同格かそれ以上の規模の個体を呼び出せるかもしれないとは思ってはいた。
ただ、ここまで巨大というのは流石に想定外ではあったが。
ガブリエルとその眷属によって押し返される戦況に不快感を抱くが、まだ致命的な状況ではない。
それは二体目の巨大天使が現れてもだ。 サイズはガブリエルと同等。
ただ、デザインは男性的で色は緑。 巨大な三対六枚の羽を震わせると不可視の何か――恐らく権能に類する物だろう。
変化は即座に現れる。 敵の傷が即座に癒されて立ち上がり始めたのだ。
メイヴィス達が使用している権能と効果自体は同じだろうが、回復スピードを見る限り相手の使用しているものは上位互換だろう。
厄介と思いつつ即座に対処法を脳裏で組み立てる。
あれだけの規模の天使を召喚できた事自体には驚きはないが、どうやって維持しているのかは疑問だった。 魔力自体は聖剣で賄えるだろうが、支出に供給が追いついているのは何故だ?
「――それで? 貴女の見解を聞かせなさい」
答えが出ないなら専門家に意見を求めればいい。 即座に無駄な思考を切り捨てると回答を得る為の最短の選択を取る。
振り返ったファティマが声をかけたのは連れて来られたのはいいが、やる事がないので所在なさげに周囲をキョロキョロとしていた
「け、見解?」
「何の為にこの場に呼んだと思っているのですか? 貴女は召喚関係の専門家。 であれば意見なり打開策なりを出しなさい」
「い、いや、いきなりそんな事を言われても――ひっ!? ま、まて、考えるから待ってくれ!」
ファティマの冷たすぎる視線に晒されて命の危険を感じたのか壁面に映っている天使の姿を必死に眺める。 見ている内に焦りから思考にシフトしたのか表情が消え、手を顎に沿えて考察するようにブツブツと考えを口にした。
「……サイズに関してはグリゴリの時点で頭打ちの筈だ。 それ以上となると維持の為の支出に供給が追い付かない。 ……にもかかわらずグリゴリの倍近い巨体。 戦闘行動を行わないのは支援に徹しているから? 聖剣を使えば魔力量自体はどうにでもなる。 だが、巨体になればなる程、能力は向上するが全身から拡散する魔力量は増える筈……」
ベレンガリアは集中して考察を続けるがやがて行き詰ったのか沈黙。
「情報が足りない。 検証の為に少し協力して欲しい」
「具体的には?」
「攻撃行動を取らせるか、あの場から動かしてくれ」
ファティマは意図を察したのか小さく悩む素振を見せる。
「まず、あの天使は普通じゃ成立しない」
そしてファティマが察した事を察せられないベレンガリアは納得していないと解釈したのか、判断させる為に考えを口にする。
「――にもかかわらず成立しているのはあの場所に何かあると考えられる。 要は使用した召喚陣に維持する為の仕掛けが施されている可能性があるという事だ。 問題はそれが何処かと言う事になる。 もしかしたら別の場所かもしれないが、あれが防衛目的で設置されたというのならそこまで凝った作りはしていない。 する必要がないからな。 つまり私の予想が正しければあの連中はあの場から動けず、どこかにあるであろう召喚陣と操っている術者を仕留めれば勝手に消える筈だ」
本来なら成立しない大きさにもかかわらず維持できている以上、何かしらの仕掛けがあるのは間違いないだろう。
どうやれば維持できるのかと考えれば手段はそう多くない。 話を聞いたファティマもあながち的外れではないと考えていた。
――後はそれが正しいのかを確かめるだけだ。
問題はどうやってあの巨大な天使を動かすかになるが……。
「……少し早いですがあの女を使うとしましょう」
元々、想定外や対処の難しい敵の処理に使う予定だったので問題はない。
敵の密集している場所を抜けてあの天使の足元まで行くとなると可能な者が限られてくるので、切り時としては悪くない筈だ。
「確認しますがあの天使はあの場から離れられず、どこかに維持に必要な何かがあるかもしれないという事ですね?」
「あ、あぁ、恐らくかなり規模の大きい魔法陣と今現在も相当量の魔力を使い続けているだろうから、近くで見ればはっきりすると思う」
「結構、では人を遣るとしましょう」
ベレンガリアがはっきりと頷いたのを確認したファティマは部下に連絡を取った。
連絡先はオラトリアム。 待機させている者達へ指示を出す為だ。
――あの二人を使います。 準備をさせなさい。
ファティマはそう指示を出した。
――気まずい。
場所はオラトリアムの一角にある転移施設。 その一室だ。
本来なら転移魔石を応用した転移魔法陣という大量の人や物資を様々な場所へ送り込む為の施設で、彼が居るのは混み合った際、順番が来るまで待つようにと設けられた部屋だった。
大人数による利用を想定された部屋なのでかなり広いその空間で、弘原海は用意された席に座っていた。 隣にはエンティカが居るが、無表情、無言で微動だにしない。
彼女のそんな反応はいつもの事なので今更気にはしないが、弘原海の神経を蝕んでいるのはテーブルを挟んで向かいに座っている女だ。
聖剣と魔剣を腰にぶら下げた女で名前はクリステラというらしい。 お互いに簡単な挨拶をしてそれっきり無言だったのだが、どう接すればいいのか弘原海にはさっぱり分からなかった。
最初は無理にでも明るく振舞って話しかけるべきかなとタイミングを窺っていたが、クリステラの放つプレッシャーのような物が声をかけるのを躊躇わせる。
それもあったが、クリステラが何か妙な事をすれば取り押さえるようにとも言われているので二重の意味でやり難い相手だった。
挨拶だけ済ませて無言の時間が経過して数十分。 そろそろ間が持たないかと考えていると――
「騎士ワダツミ」
いきなり声をかけられたので弘原海は思わずビクリと肩を震わせる。
――き、騎士?
俺って騎士なのか? この世界の戦闘職って騎士って扱いなのだろうか?
この人の周辺ではそう言う括りなのだろうか? 否定した方がいいのだろうか? いや、よくよく考えれば俺はエンティカとオラトリアムを守る為に戦っているから間違ってないのか?
そんな思考をぐるぐると考え、折角話しかけてくれたのに腰を折るのも悪いと思ったので「な、何ですか?」と少しどもりながら応えた。
何だか怖い人だなと思いながらも悟られないように努めて表に出さない。
「貴方はオラトリアムがこれから何をしようとしているのかを知っていて加担しているのですか?」
そう言われて弘原海の思考は一気に冷める。 あぁ、そう言う事か。
「……まぁ、一応は聞かされているんで、分かっているつもりですよ」
葛藤がない訳ではないが、もう優先順位を決めているのでとうの昔に決着が着いた悩みだ。
そもそもそんな事で悩むぐらいならグリゴリ戦の時点で難色の一つも示している。
「貴方は無辜の民を殺める事に抵抗はないのですか?」
「ない訳ではないですがとっくに折り合いは付けているんで、もうやるやらないの話ですね。 当然ですがここに居る以上はやると決めています。 ――質問を返すようで悪いですけど、そっちはどうなんですか?」
弘原海の返しにクリステラの瞳が僅かに揺れた。
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