第993話 「構築」

 「取りあえずだけどレギオンとインシディアスの展開はほぼ完了かな?」

 

 ヴァレンティーナは近くの建物の屋上から戦場を俯瞰しつつそう呟く。

 第一陣の展開が完了した所で魔法で姿を隠した多脚型の魔導外骨格――アラクノフォビアが次々と着地。

 今回の作戦の肝とも言える彼等は戦闘を行わずに市街のあちこちを走り回る。


 空を見上げると戦闘が繰り広げられており、現状は優勢だがそろそろ奇襲の動揺から立て直される頃だろう。 その証拠に街のあちこちから続々と戦力が集まって来ている。

 聖殿騎士、聖堂騎士、光の羽を背負った者は救世主だろう。 空には天使像と召喚されたであろう天使の群。 感じからして魔導書で呼び出された個体だろう。


 全体的に動きがいいのも予想の範囲内だ。 臣装で能力の底上げを行ってくるのは読んでいた。

 次は数を増やしながら権能で強化といった所だろう。

 魔導書が存在する以上、わざわざ司教枢機卿を引っ張り出さなくても扱えるので使われるのも面倒だ。


 こちらの戦力も無限ではないので、敵地で正面から殴り合うのは余り賢い立ち回りではない。

 ジオセントルザム侵攻戦最初の目的は街の北側の制圧。 これは増援の進入路である北側の門を塞ぐと同時にオラトリアム側の橋頭保を築く事で円滑に戦力を送り込む状態を確立する事にある。


 ――それに関してはそろそろ完了しそうではあった。


 降下したアラクノフォビアが航空映像から事前に当たりを付けておいたポイントに到着。 背負ったコンテナに入っていたゴブリンの工兵達が持ち込んだ資材を使って素早く即席の転移陣を構築。

 完了と同時にオラトリアムへと連絡。 次々に改造種や大型のレブナント達が出現し、周囲の敵の掃討に向かう。


 当然ながらグノーシス側も転移設備の設置には早い段階で気が付き、即座に潰そうと戦力を送り込むが――最初に駆け付けた聖殿騎士達の首が高々と宙を舞う。

 

 「一番槍ではありませんが人を斬れると聞いたので楽しみにしていました! ところで私は今回は遊撃なので一人で斬り放題の行脚を行っても構わないのですね!?」


 甲高い笑い声を上げながら現れたのはハリシャだ。 彼女は一緒に来たイフェアスにそう確認すると、イフェアスは不承不承といった感じで頷く。 それを確認したハリシャは狂ったように笑いながら走って行った。


 離れてはいたが視認できる距離だったのでその様子を見てヴァレンティーナは苦笑。

 本陣に切り込む為にも敵の戦力を散らす事も必要だったので、彼女には精々この街を引っ掻き回して貰おうと好きにさせる事になったのだ。 ハリシャとそれに続く後続が撹乱を行い、現在走り回っているアラクノフォビア達がある物を探していた。


 ――複数見つかれば言う事ないが、最低でも一つは早めに見つけなければ――


 可能であれば敵が権能を使い始める前に準備だけでも終えたい所ではある。

 今の所、状況は予定通りに推移しているとはいえ、余裕がある訳ではない。

 オフルマズドの時とは違って何をしてくるか分からないので可能な限り主導権は取っておきたいからだ。


 「……不味いな。 思ったより早い」


 そう呟くとヴァレンティーナは内心で僅かに顔を顰めた。 こういう嫌な予感はよく当たる。

 敵の動きが目に見えて良くなった。 その理由は街のあちこちで発生した強大な魔力の反応だ。

 間違いなく何らかの強化系の権能だろう。 一方的にやられるだけの的だった天使像が、エグリゴリ達の動きについてこれている。


 戦場全体をモニターしているファティマから催促の連絡が入った。

 ヴァレンティーナはもう少し待って欲しいと返事をしつつ、部下に進捗を尋ねる。

 こういう場合は焦らせてはいけないと思っているので努めて気楽な調子で声をかけつつ、気持ち急がせるように心がけていた。


 空を見るとジリジリと押され始める。 エグリゴリは高性能ではあるが、物量は質の差を押し返す。

 それでもエグリゴリは凄まじい活躍だ。 大剣で斬りかかる天使像を圧倒的な旋回性能で翻弄し、即座に背後を取って武器で刺し貫く。 武器は内蔵されている固有能力で再精製できるので拘泥せずに廃棄。

 

 再精製までの間は近接性能が落ちるので光線攻撃や巨岩を召喚しての遠距離攻撃で時間を稼ぐ。

 パイロットである改造されたゴブリン達は数百時間にも及ぶ訓練を潜り抜けた凄腕達だ。

 訓練の中には連携も含まれていたので、その練度は非常に高い。


 救世主の一人がレギオンの上半身を斬り裂いて撃破。 生き残った下半身が分離して他の撃破された機体の一部と合体。 そのまま戦闘を継続するが、救世主は個々が権能を扱えるだけあって手強い。

 背の羽が二枚の所を見ると二種類の権能を使い分けているのだろう。 追い詰められると三枚に増えている所を見ると、安定して扱えるのは二種までかと分析。


 「やはり立ち回りが上手い」


 ヴァレンティーナは敵の動きを素直に称賛する。

 エグリゴリの連携にもしっかりと対応している所を見れば、救世主の名は伊達ではないと感じてしまう。 羽には飛行能力を付与する力があるのか、空中を自由自在に飛び回っている。

 

 奇襲の動揺から立て直したのか、迎撃だけでなく後衛のインシディアスを積極的に狙う者も出始めた。 押され始めている事はファティマも理解しているのかディープ・ワンの体内から追加のエグリゴリや意識を散らす為にコンガマトーが出撃し、街へと攻撃を始める。 一部の戦力が街への攻撃を続けるコンガマトーや地上で暴れている戦力への対応に散り始めた。


 地上でも戦闘が始まっているが、やや押され気味ではあるが膠着といった所だろう。

 こちらもディープ・ワンの体内に存在するエル・ザドキの能力を使用して装備した臣装の恩恵を受けて居るので、簡単にはやられないが相手の方が重ねている強化の数が違うのでやや不利となっているのだ。

 

 こうなる事は最初から分かり切っていたからこそ――


 ――不意に入って来た連絡でヴァレンティーナの思考は断ち切られる。

 どうやら目標の場所を見つける事が出来たようだ。 位置も悪くない。

 そのまま準備するように伝えるとヴァレンティーナは祈るような気持ちで、急いでくれよと強く念じた。


 


 ヴァレンティーナの指示を受けて姿を消して街を走り回っていたアラクノフォビア達は発見したポイントに集結。 そこには民家があったので持っていた銃杖や魔法で邪魔な家屋を住民ごと消し飛ばす。

 残骸も魔法で吹き飛ばして掃除した後、ゴブリンの工兵達が即座に転移用の陣を構築しつつ、更地にした民家だった場所へ魔石を仕込んだ杭を打ち込んだり水銀で何やら紋様を描き始める。


 その手際は鮮やかで、素早く組み上げる訓練は散々やったので目を瞑っても問題なくできるぐらいだ。

 同時に転移の陣も設置が完了する。 合図すると即座にヴァレンティーナを経由してオラトリアムへと連絡が行く。

 

 陣が発光してオラトリアムから何者かが転移して来た。

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