第870話 「再会」
『ここは……』
ブロスダンは気が付けば広大な荒野に立っていた。
この場所には見覚えがある。 少し前にグリゴリの天使達と共に侵攻して来た辺獄種を滅ぼす為に向かった場所――辺獄だ。
引き摺り込まれたと言うのは即座に理解できた。 本来なら聖剣の加護により防ぐ事は可能ではあったのだが、転移直後というタイミングに辺獄側からの干渉だったので、仮に防げる状態だったとしても力負けして引き込まれたであろう事は間違いない。
付け加えるなら、味方の転移を受け入れる際は聖剣の加護も若干ではあるが弱まる。 それでもほんの僅かな時間だ。
その瞬間を狙われたと言う事はこれは周到に準備された事であると言う事が良く分かる。
実際、彼の聖剣は辺獄に引き込まれた事でその力を大きく落としている。
そしてそれを行った人物は少し離れた所に居た。 ブロスダンはその姿を認めると同時に大きく目を見開く。
探し続け、夢にまで見たその姿。 故郷の仇、憎い怨敵。
そして自分の罪の象徴にして滅ぼさなければならない存在。
『ローぉぉぉぉ!』
その名前を叫び、斬りかかろうとして――聖剣からの鋭い警告にはっと視線を僅かに上げ辺獄の空を見上げる。 そこには魔法で隠されていたのか無数の黒い円盤が空を埋め尽くさんばかりに旋回していた。
ブロスダンの視線の先で立っていたローは傍らにサベージを従え、右手には魔剣。
空いた左手を上げて、下ろす。
円盤の群れが一斉にブロスダンへ向けて飛来。 その数は万に届く程だ。
本来ならこれだけの数を制御する事はローにも不可能だったが、狙いを付けずに単純な軌道を描かせる事ぐらいは可能だった。
『舐めるなぁぁぁ!』
ブロスダンは咆哮を上げて突っ込んで来る円盤の群れに突撃。
聖剣による身体能力強化を全開にして飛来する脅威に対しての最適な対処を実行する。
銅のキューブを大量に生み出して前面に展開。 盾にしつつ円盤の群へと飛び込む。
密度を限界まで上げた銅のキューブは次々と円盤を逆に砕いていたが物量に抗しきれずに一つ、また一つと砕け散る。 それでもブロスダンはこの凄まじい密度の攻撃を無傷で防ぎ切っていた。
円盤の群れを半ばまで突破した所で全ての円盤が発光。 聖剣による警告。
――爆発か!?
防具と聖剣による加護の二重の防御を展開。 同時にブロスダンを呑み込んだ円盤の群――その全てが爆散。 辺獄の大地に凄まじい轟音が響き渡り、巨大な砂煙が上がるがそれを浮き破るようにブロスダンは突破。 彼の身に付けている防具はガドリエルが作成した物で非常に高い防御効果を持った鎧だ。
それにより防具が多少は焦げたが、大したダメージを受けずに爆発に耐えきった。
ブロスダンは前だけを真っ直ぐに見つめ、目標へと疾走――していたが不意に視界が別の物で埋め尽くされる。
辺獄種だ。 どこから現れたのか無数の辺獄種の群れが彼に襲いかかってくる。
彼等は円盤の群と同様に魔法で姿を消していた者達だった。 その数はちょっとした軍勢に匹敵する数で、憎悪にギラついた視線がブロスダンへと群がる。
何故、これだけの数の辺獄種が現れたのか? それはローが待っている間やる事がなく暇だったのでその辺に居た辺獄種を魔剣で操って待機させていたからだ。
『邪魔だ!』
辺獄種をいくら繰り出したとしても聖剣使いであるブロスダンはそう簡単に止まらない。
彼は次々と辺獄種達を聖剣で葬って行き、早々に突破を図ろうと――
――次の瞬間、彼の視界はローが真っ直ぐに突き出した魔剣から飛び出した闇色の光線で埋め尽くされた。
「ふむ、馬鹿正直に正面から突っ込んできてくれたのはありがたいが……」
俺はバチバチと魔力を吐き出しきった魔剣を元の形態に戻しながら着弾点を観察する。
聖剣使い一人は俺の担当だったので、辺獄に誘い込んでさっさと始末してやろうと待っていたのだ。
そしてノコノコ現れたので魔剣で引っ張り込んだ後、待っている間に準備した最近、首途が作った自爆機能を備えたザ・ジグソウを取り込んで強化した第四形態の円盤とその辺に居た辺獄種の群、とどめに第二形態の光線と三段構えの攻撃を叩き込んでやったのだが――
遭遇したアイオーン教団からの情報だと、行動がそのまま結果に繋がるような能力で守勢に回れば無敵とまで言わしめたらしい。 これはクリステラの所見だが、崩すには相手の防御を飽和させる必要があると言う事だったので、とにかく数を用意してみたがどうだろうか?
光線で吹き飛ばした事により舞い上がった砂煙が晴れるとそこには巨大な影が居た。
グリゴリの天使だ。 形状から名称だけしか判明していないアザゼルと判断。
どうやってか知らんが追いかけて来た――不意に魔剣から闇色のオーラが撒き散らされる。
……またか。
グリゴリに対して敵意を剥き出しにしていたが、今回は次元が違う。
アムシャ・スプンタの時と同等かそれ以上だな。 何がそんなに気に入らないんだ?
それに気になる点が一つ。 ゴラカブ・ゴレブもそうだが、フォカロル・ルキフグスの怒り方が尋常ではなかった。
俺の手から離れて勝手に襲いかかりそうな勢いだな。
少し黙れと柄に力を込めると――
――の人は……お前……奴が……触れ――
「――?」
一瞬、声のような物が聞こえたような気がしたが気の所為だろうか?
まぁ、その辺はどうでもいい。 原因に関しては何となくだが分かっている。
アザゼルの胸に埋まっている球のような代物だ。 距離があるにもかかわらず凄まじい魔力を放っているが、その感じには覚えがあったというか間違いなくアレは魔剣だろう。
――魔剣ガシェ・アスタロト。
俺の魔剣から不意にそんな知識がぼこりと泡のように沸き起こる。
かつてこの地に存在した領域――ドゥナスグワンドを守っていた魔剣だ。
敗北して奪われたと言う事は知っていたが、運用できているとは意外だった。
どうやって触れているのかと疑問だったが、強い魔力は感じるが周囲に放つ憎悪がほとんど感じられない。 恐らくナヘマ・ネヘモスと同様に何らかの手段で中身が破壊されている可能性が高い。
あの様子だと固有能力は死んでおり、純粋な魔力源として使われているのだろう。
それを悟っているのか、俺の魔剣の怒り具合も尋常じゃない。
魔剣の怒りは正直、どうでもいいが、アザゼルが魔剣を使って来るのは流石に想定していなかった。 まぁ、こっちは三本あるし、どうにでもなるだろう。
さっさと片方片付けて――
『混沌の子よ。 我が依り代として共に来い。 我等には汝の力が必要だ』
アザゼルは性懲りもなくそんな寝言を垂れ流すので、思わず第二形態の砲を撃ち込んでしまった。
光線はアザゼルの周囲を浮いている剣に両断され左右に分かれて飛んで行く。
耳か頭が悪いのか? 正直、何度も同じ事を言わされるのは好きじゃないな。
それでも言わないと理解できないと言う事も分かっていたので、こう言ってやった。
「断る。 他を当たれ」
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