第827話 「過程」
「当初は距離を置いた協力関係だけで済ませるつもりでしたが、僕個人としてもローさん、貴方という存在は非常に興味深い。 その肉体もそうですが、何より魔剣を扱えている」
エゼルベルトは俺の腰にある魔剣を見て目を細める。
「本来、魔剣は使い手を求めず、他者を操って動かす物と聞いています。 どうしても固有の能力等を扱いたいなら、封印を施した上で限定的な利用が限界でしょう」
その辺は実感がないから俺からは何とも言えんな。
うるさいと言う点にだけ目を瞑ればそれなり以上に使える武器というのが俺の認識だ。
「――で? 聖剣ではなく魔剣を重視する理由は何だ?」
以前にも触れたが、連中を撃破するだけの話なら聖剣の方が何かと都合がいいはずだ。
それを理解した上で魔剣を欲しがる理由は何だ?
「……ローさん。 貴方はこの先、世界が滅びると言ったら信じますか?」
エゼルベルトの口にした言葉に俺は内心で小さく嘆息。
……またそれか。
正直、聞き飽きた感はあるが、ここまで来れば疑う方が難しくなってきたな。
「あちこちで言われているからな。 信じざるを得ないというのが正直なところだな」
テュケ、グノーシス、オフルマズド、チャリオルトやンゴンガンギーニを含めてもいいだろう。
これだけの組織や国家、部族が何らかの形で世界が滅ぶと示唆するような行動を取ったり、伝承が残されているのだ。
寧ろ、疑う方が不自然と思えてくるレベルだ。
……それに約束の事もある。
少なくとも俺は滅びを齎す為の何かが起こるであろう事は確信していた。
「そう言う事なら話が早いですね。 その滅びについて具体的には?」
「どいつもこいつも曖昧な事しか言わんからさっぱり分からんな。 ここまで匂わせる程度の情報しか手に入らないとなると煙に巻かれてるんじゃないかと疑いたくなる」
それを聞いてエゼルベルトは苦笑。
「はは、それはそうですよ。 世界の終末――グノーシスでは「携挙」と呼ばれている現象はこの世界でも本当にごく一部の人間しか知りませんからね」
「その口ぶりだと、お前は知っていると解釈してもいいのか?」
俺がそう聞き返すとエゼルベルトは苦笑したまま首を振る。
「残念ながら、僕も詳細までは知らされていません。 ただ、状況からどう言った物かの推測は立てられます」
「……お前はアメリアと同じ立場ではないのか?」
聞いた話だが、アメリアはもう少し知っているとの事だがエゼルベルトはそうではないのか? それとも組織間で与えられる情報に差がある?
「……ヒストリアの目的はお話しましたね」
「歴史研究か何かだったか?」
「はい、テュケ、ホルトゥナと関わった事があるのなら両組織の特徴はご存知ですね?」
特徴? 二つの組織について考え、知っている情報を並べて口にする。
「権力への寄生、大陸内の技術関係の収拾と――後は例の親組織を介しての技術交換か?」
そう考えるとエゼルベルト達、ヒストリアの行動は他二つと比べるとやや逸脱している感じはするな。
研究の旅に出るのなら、そもそも上に貢ぐ技術の開発が出来ないんじゃないのか?
アメリアや珍獣が素直に技術を差し出している所を見ると、例の刺青のお陰で逆らえない状態なのは分かるが……。
エゼルベルトは小さく首を振る。
「お察しかもしれませんが、僕には機密漏洩防止の措置は施されていません」
「…………その親組織とやらはそれを許容するのか?」
「いえ、僕の父――先代のヒストリアの代表が、身代わりを立ててくれました」
「身代わり?」
「はい、本来なら裏切防止の措置を施された後に必要知識を与えられる事となりますが……」
あぁ、なるほど。 他に代行させたと言う訳だ。
その為、行動に制限はかからないが肝心な事は知らないと。
おや? ならこいつからは普通に知識を抜けたのか。 それなら出会い頭に洗脳を施せばよかったかもしれんな。 欠片も察していなかったが取りあえず頷いておいた。
「それで? その身代わりになった奴はどうなった?」
「……父が処分しました。 知識を悪用される危険がありましたので……」
まぁ、後腐れを失くすと言う点では有効な手かもしれんな。 ただ、そんな真似をしてタダで済むとは思えないが、その父親はどうなったんだ?
「その結果、父は禁を破る事となり、最後に少しの情報を遺して施された処置によって命を落としました。 ……僕の理想を最も理解し、共感してくれた最初の同胞にして仲間でした」
……で、替え玉を立てて先代も死亡した事により、そのままヒストリアのボスに納まったと。
正直、不審な点が多い話ではあるが――これはどう判断した物か?
替え玉を立ててリスクを回避し、父親を始末してトップに立ったとも取れるからだ。
腹を割って話すという言葉を字面通りに受け取るべきか、それとも好意的に解釈するだろうと舐められているのだろうか……。
後者であるならさっさと洗脳して信用できる状態にすればいいが、前者であるなら話を聞くといった手前、纏まるまでは判断は保留するべきだな。
「最初に言ったはずです。 嘘は吐きませんと」
俺の思考を見透かしたのかエゼルベルトは笑みを浮かべて見せる。
「……続けろ」
「はい、やや逸れてしまったので、話を戻しましょう。 終末――世界の滅びとは何か? 状況から考えれば辺獄が関係しているのは間違いないでしょう」
……だろうな。
辺獄による侵食は滅びのプロセスとしては非常に分かり易い。
実際、在りし日の英雄クラスの辺獄種が無尽蔵に湧いて来るというのなら冗談抜きで世界は滅ぶだろう。
「――ただ、滅びはその先にある」
「はい。 領域が消滅し、現在は何事もありませんが、辺獄による侵食は間違いなく止まらないでしょう。 ローさん。 聖剣と魔剣の特性に関してはご存知ですね?」
使っているからな。 魔剣の機能なら大抵の事は理解しているつもりだ。
「魔剣は辺獄で力を発揮し、聖剣は辺獄の外――つまりこちら側でのみ力を完全に発揮します。 つまりこのまま辺獄の侵食が進めば最終的に聖剣は力を失う事となります」
現状では魔剣は辺獄限定で力を発揮するだけの武器だが、世界が辺獄に侵食されきった場合はその力関係は完全に魔剣へと傾く事となるだろう。 つまり聖剣は最終的に負けるようにできていると言う訳か。
グリゴリが魔剣を優先して狙ったのはこれが理由か。
「直接世界を滅ぼす物の正体は僕にも分かりません。 ただ、その脅威に立ち向かうには聖剣ではなく、魔剣の力が絶対に必要だと考えています。 これが僕があなた方に接触した理由であり、魔剣
……魔剣ではなく魔剣使いか。
「……もし、そちらが魔剣を保有しているだけなら僕は強奪する事も視野に入れていました」
「要はお眼鏡に適わなかった場合は奪って使える奴を探すつもりだったと?」
「はい、 僕が求めているのはあくまで魔剣使いでしたので。 正直、魔剣よりも魔剣使いを見出す方が難しいと思っていたので、あなたと出会えた事は僕にとって僥倖でした。 この好機を逃すつもりはありません。 魔剣使いと縁を結べるなら配下でも何でも構わない。 あなたはこの世界を存在させる希望だ。 絶対に失ってはならないし、失なわない為ならどんな事でもすると決めています」
エゼルベルトは全く躊躇せずにそう言い切った。
……確かに嘘は吐かないと言っていたな。
少なくとも奴の話の内容に気になる点はそこまでなく、嘘の響きは感じられなかった。
ふむ。 まぁ、目的などもはっきりしているし、今の所はそのままでいいか。
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