第778話 「傲慢」

 第四レメゲトン:アルス・小鍵アルマデル・サロモニス

 魔導書の持つ第四の力。 それは精神と肉体の融合による高い次元での悪魔との融合。

 一から三の効果を複合させた物で、この段階を完全に使いこなせると魔導書の扱いに関してはかなり熟達したと言えるだろうが、大規模な儀式により強引に起動しているのでユルシュル王はその域には達していない。


 住民から吸い上げた膨大な魔力によってそれは完成する。

 ユルシュル王の変化が始まった。

 全身が膨張し背中から魔力で構成された黒い不定形の羽が現れ肌は昏い色に染まっていく。

 最後に額から角が生えて眼球が黒く染まり、瞳が白く染まって三つに分裂して個別に眼球の中で蠢く。

 

 「――はぁぁぁ、素晴らしい。 力が、力が漲って来るぞ!」


 肉体も巨大化して五メートルを少し越えるサイズへと変わった。

 それを見てベレンガリアは小さく眉を顰める。 思ったよりも小型だったからだ。

 本来、魔導書で接続できる悪魔ならば街を一望できるぐらいの大きさになる筈だったのだが、これは番外の悪魔と接続させたからだろうか?


 彼女は魔導書を提供した立場なので最低限の扱いは知っているが、専門家ではないので細かい仕組みまでは分からなかった。

 魔導書の研究をさせている技術者によれば、「権能」と言う特定の存在にしか扱えない特殊能力を備えた悪魔だと言う事だが――


 「王よ! おめでとうございます。 これで貴方はこの世に並ぶ者なき至高の存在へと至りました! さぁ、そのお力で貴方の領地を――いいえ、王国を脅かす賊軍を滅ぼすのです!」


 思っていたのとは違うが儀式自体は成功したのだ。 取りあえずおだてて行かせるべきだろうと判断したベレンガリアは調子のいい事を言ってユルシュル王に打って出るべきだと唆す。

 ユルシュル王はうむと大きく頷くとその身に内包された力を解放。


 「『Αρρογανψε傲慢は βεαρς破滅 τηεの種 σεεδςを実 οφ ρθιν,せ、 ανδ実りは τηεとめ φρθιτどなき ρεαπς涙を ενδλεσς刈り τεαρς.取る』」


 ――それは「傲慢」の名を冠する悪魔。


 その権能が解放され影響が街全体に伝播する。

 瞬間――ベレンガリアが苦し気に胸を押さえて膝を付く。 彼女の周囲を固めていた獣人の護衛も同様に襲って来た圧力に表情を歪める。


 「――こ、これは……王よ、我々は――」

 「『我が前には皆等しくひれ伏すべきだ』」

 

 ユルシュル王は瞳が増えた眼球をギョロギョロと動かして高圧的に言い放つ。

 『傲慢』の権能。 ユルシュル王が発現させたそれは効果範囲内の存在から魔力を搾取し、それに比例した圧力を与えると言った物だ。


 効果の威力は彼の従えたいと言った傲慢さの強要と相手の精神力――つまりは相手の支配を拒む意思で決まる。

 その為、ユルシュル王が同盟者と認識しているベレンガリア達は症状は比較的ではあるが軽い。 それに身に着けていた防御用の魔法道具で抵抗も出来ているので動く事に支障はない。


 ただ、民はそうもいかなかった。

 彼等はユルシュル王に対して恐怖を抱いており、その心は折れている。

 結果、儀式に参加しなかった街に存在する全ての民は地面に張り付いて動けなくなってしまったのだ。


 これだけの規模で行った儀式だけあって権能の効果も強く、範囲もかなり広い。

 ユルシュルの都市を丸ごと効果範囲に収め、その外にまで届いていたのだ。

 

 「『さぁ、出陣だ。 支度をせよ』」


 ユルシュル王はそう言って街の外へと歩き始めた。

 



 当然ながら街で起った変化は離れた場所に居た王国軍にも即座に観測される。

 そろそろ攻めようかと考えていたエルマンは王国側の騎士と会議をしている時にその報告を聞き、テントを飛び出して街へと視線を向けた。

 

 「痺れを切らしたって訳じゃなさそうだな」


 そう呟きながら魔法で視力を強化して街の様子を見ているが――おかしい。

 正面の砦が開く。 出撃する気なのは明らかだ。 わざわざ籠城の利点を捨てて打って出る理由は何だと訝しむがややあってその理由を理解した。


 真っ先に砦から出て来たのは魔導書の力で変わり果ててはいるが、顔などの造形は変わっていないので誰かの判別付く。 間違いなくユルシュル王だ。

 ユルシュル王は王国軍に視線を向けると目を大きく見開く。 同時に不可視の何か――権能の効果範囲が拡大。 展開しようとしていた王国軍を襲う。


 当然ながらエルマンも例に漏れず影響を受ける。


 「ぐっ、何だこれは……」


 思わず膝を付く。 全身に圧し掛かるような圧力と魔力を吸われている感覚が襲って来たからだ。

 エルマンは持っていた複数の防御用の魔法道具や護符を起動して影響を撥ね退ける。

 楽になった所で立ち上がるが、魔力が吸われている感覚は消えない。


 「おいおい、あいつは何をしやがった?」


 明らかにこの状況は普通じゃない。 これだけの力を振るいながらも最初から使ってこなかった事には必ず理由がある。

 恐らくかなり重い代償がある筈だ。 そうでもなければさっさと部下なりに使わせて試しているであろう事は簡単に想像できる。


 周囲を見ると布陣しつつあった王国軍の兵士も影響を受けて次々と膝を付く。

 エルマンと同様に何らかの防御手段を用意していた者は立ち上がっているが、明らかに動きが悪くなっている。


 ――不味いな。


 早い所、この現象を引き起こしているであろうユルシュル王をどうにかしないと危険だ。

 ユルシュル王の背後からは部下の騎士と獣人の兵士が大量に現れる。

 この状態で本格的な戦闘に入るとかなりの犠牲が出るだろう――


 ――だが――


 布陣した王国軍の先頭から飛び出す影が一つ。

 聖剣を構えたクリステラだ。 開戦時と同様に巨大な鉄の刃を創造し、何の躊躇もなく真っ直ぐにユルシュル王へと振り下ろす。


 エルマンはやったか!?とユルシュル王へと視線を注ぐが、起こったのは重たい風を切る音と巨大な鉄塊が回転しながら地面に突き刺さる轟音だった。

 

 「おいおい、冗談だろ? アレを圧し折ったのか?」


 どうやらユルシュル王は鉄塊を魔力か何かで生み出した剣で斬り飛ばしたようだ。

 信じられないが、もしかしたらユルシュル王は聖剣使いにも匹敵する力を身に着けたのかもしれない。

 なら、周りの相手はこっちの仕事だと即座に判断したエルマンはあちこちに連絡を飛ばし、取り巻きの処理をするように指示。


 クリステラとユルシュル王は向かい合う形で対峙し、他は二人を避けるように移動。

 そして――両軍が激突した。

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