第698話 「命乞」

 「お嬢はその辺、あんまり意識していないようなのでこちらとしても旦那――いえ、旦那の所属している組織との付き合い方を決めておこうかと思いやして」


 ふむ。 要は今後はどう言った関係を構築していくのかの話か。

 正直、ベレンガリアは会話するのが苦痛なので用が済んだら始末する予定だったのだが、殺すよりマシな使い道があって俺の視界に入らないならそれでもいいだろう。


 「まず、あっしらホルトゥナは旦那と敵対する気はありやせん」

 「――だから?」


 敵じゃないからと言って処分しない理由にはならないな。

 現状、俺にとってホルトゥナは情報源以上の価値はない。 まぁ、その情報も粗方出尽くしたので後は来歴関係を吐かせたら用済みだな。

 技術関係もグリモワール以外はそれから派生した代物ばかりで余り面白い物はなかった。


 ファティマの話ではヴェルテクスとアスピザルが二人で解析を行い、もう複製どころか量産の目途が立ったのでこいつ等の価値は本当に組織関係の情報以外にないのだ。

 今の所は大陸中央部の件等で忙しいから後回しにしていたが、興味自体はほぼ失せていた。


 「……旦那、あんた。 用が済んだらあっしらを皆殺しにするおつもりでしょう?」

 「そうだな」


 特に隠すような事でもないので素直に同意する。

 柘植はやや顔を引き攣らせつつ、呼吸が荒くなった。 何だ? 緊張でもしているのか?

  

 「あっしもそうですが、お嬢を殺される訳にはいかないんですよ。 ――ですので、どうでしょう? あっしらをそちらの傘下に加えて頂けませんかね」

  

 つまり手下になるから見逃して欲しいと?

 考える。 まぁ、転生者なら何かと使い道はあるだろうし、こいつと両角ぐらいなら見逃してもいいかもしれんが、他に使えそうな奴は居るのだろうか?


 ホルトゥナの戦力――と言うよりはベレンガリアの私兵は俺が軒並み始末したので、奴を含めて大した戦力は残っていない。 他は奴の妹達の下へ走ったらしいので、人的、物的の両面において大した資産を持っていないのだ。 その為、取り込む事に旨みを感じない。

 

 「で? お前達を引き入れて俺に何か得になるような事でもあるのか?」

 「……旦那にはないかもしれやせん。 ですが、お嬢はあれでもグリモワール開発の第一人者でさぁ。 技術屋としてならお役に立てると思いやす。 何とか旦那の上役に掛け合って貰えやせんか?」


 そう言って柘植は頭を下げる。

 上役? そう言われて何を言っているのだろうと内心で首を傾げるが、ややあって勘違いしているなと察した。 


 「まず言っておくが俺に上役は居ない。 この街に来ているのは全て俺の配下だ」


 取りあえず勘違いを正す。 認識に齟齬があるとダラダラ話が続くのは珍獣女とのやりとりで身を以って理解しているからな。

 それを聞いて柘植が驚きを露わにする。


 「なっ!? 旦那、あんたは一体何者なんです――いや、なら旦那が頷いてくれれば、万事問題ないって事ですかい?」

 「そうなるな。 これでも忙しいんだ。 早い所、メリットを提示してくれないか?」


 あのうるさい珍獣女を飼って良い事があるならぜひ教えて欲しい物だな。

 正直、忍耐力を鍛える訓練以上の使い道が思いつかないんだが?

 間違いなく、殺して良くなったら一秒も我慢できない自信がある。


 柘植はベレンガリアのスキルを売り込もうと考えていたようだが、ヴェルテクスとアスピザルの二人が解析に成功している以上は価値があるとは思えない。

 

 「あぁ、一応言っておくが、あの女の技術屋としての能力を売り込みたいのなら無駄だ。 例のグリモワールならこっちで解析は済ませた。 現在、複製も済んで量産体制に入っている」

 

 驚いたのか柘植は目を見開く。 グリモワールの技術を手に入れてからどれだけの時間が経過しているかは知らんが、数日で複製される程度の代物しか作れないような無能は要らんな。

 

 「それだけか? ないならお前の話に頷く事はできないな。 ――あぁ、別にあの女を連れて逃げてもいいぞ? 結果は変わらんからな」


 逃がす気もないが、仮にこの場を逃げ切ったとしても地の果てまで追いかけて必ず殺す。

 柘植は必死に何かを考えているのか目玉が何かを探すようにギョロギョロと小刻みに動く。

 迷うか追い詰められている奴特有の動きだな。 悩むと言う事は命乞いのネタはなさそうだ。


 俺としても中央の一件が片付いたらあの珍獣女を始末する予定が出来たのですっきりするな。

 どうもあの女は耳元で飛び回る羽虫特有の鬱陶しさがあるから、ついつい殺したくなる。

 立ち上がりかけて――


 「待ってくだせえ!」


 ――柘植に制止された。

 

 「何だ? 話は終わったと思ったのだが?」

 「――旦那。 ホルトゥナの過去とその母体組織に興味がおありとお見受けしやす」

 「そうだな」


 高い確率で将来、何らかの形で始末する事になるだろうし事前に知っておきたい所ではある。

 

 「なら、お嬢の存在はきっとお役に立てると思いやす!」

 「――具体的には?」

 「現状、ホルトゥナは三つに割れていやす。 その為、連中は接触してきやせんが、お嬢が組織を束ねる事に成功すれば必ず接触して来やす! その時に情報を仕入れる事が出来るかもしれやせん」


 ……なるほど。


 悪くない話だ。 テュケの時もそうだったが、連中の情報に関するセキュリティ意識はかなり高い。

 その為、アメリアの時も分からず終いだった部分も多かった。

 母体組織と言うぐらいだからテュケ以上と考えるべきだろう。


 そう考えるとあの珍獣女でも生かして置く価値はあるか?

 どうせファティマに押し付ければいいから俺が困る訳じゃないしな。

 少し悩んだが、一考の価値はあるか。


 「……分かった。 そう言う事なら考えておこう」

 

 そう言って今度こそ俺は立ち上がってその場を後にした。

 


 歩きながら俺は情報を整理する。

 まずはあの闇の柱についてだ。 詳細は不明。

 現状ではヴェンヴァローカでの攻防戦の結果に発生した現象である事だけはっきりしている。


 細かい状況は報告待ちだが、少なくとも今日明日でどうこうなるような状態ではないとの事だ。

 それなら準備に時間をかけられるし、こっちでの用事を済ませる事も出来るだろう。

 女王への義理を果たす事もあるが、あの訳の分からん木の枝についても知る必要がある。


 知っていそうなのはグノーシスの上層――恐らく枢機卿以上の肩書を持った連中だけだろう。

 情報を抜けるか怪しいが、可能であるなら一人ぐらいはどこかで捕まえるべきだろうな。

 真偽は不明だが、フシャクシャスラへ侵攻した部隊の中には枢機卿クラスも混ざっていたらしいので生き残っていれば捕獲すればいいだろう。


 建物の外に出るとサベージと現地で徴用洗脳した獣人が待っていた。


 「首尾は?」

 「すべて整っております。 ファティマ様は現地に向かっているとの事なのでロートフェルト様には可能な限り早くお越し頂ければと――」

 「分かった。 行くとしよう」


 俺はサベージに跨るとそのまま走らせた。

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