第678話 「焼払」

 プロハスカは目の前に現れた存在を認識したと同時に権能による風の刃を振るうが、相手は事もなさげに腕の一振りで防ぐ。 明らかに他の辺獄種とは一線を画した者だろう。


 ――間違いない。

 

 彼は確信する。 こいつこそが『在りし日の英雄』。

 撃破すべき最重要対象。 改めてプロハスカは敵の英雄と思しき存在を観察。

 白金の全身鎧に腰には剣が一振り。 何故か左腕には鎖が巻き付いていた。


 装備はかなり傷んでいるように見えるが、見事な意匠が施されており高い質を感じさせる。

 だが、鎧の各所に削り取ったような跡があり、そのデザイン性を僅かだが損なっていた。

 その姿を見てプロハスカは微かな不快感を得る。


 理由はその全身鎧の意匠だ。 エンブレムこそ削り取られているがグノーシス教団が作成する装備と非常に似通っていた。 特に細部は彼の身に着けている物に酷似しており、彼の不快感を更に煽る。

 辺獄種の分際で我等の装備を真似るとはと、激情に駆られて斬りかかろうとするのを押さえつけた。


 彼は聖堂騎士である以上に救世主だ。 大局を見据え、最上の聖騎士としての矜持を忘れない。

 風の刃を簡単に防がれた所から英雄の名に恥じない強敵と判断。

 

 ――ここは無策に仕掛けるよりは下がって味方との合流を――


 プロハスカはの判断は正しい。 彼は冷静に敗北の可能性を考え、必勝を狙って下がろうとしたのだ。 だが、もうそれは遅すぎた。

 白金の聖騎士は面頬の下で射殺さんばかりに憎悪に塗れた視線を向ける。


 ――教団の聖騎士。 そして背に付いた羽。


 第二天まで扱える救世主だろう。

 彼は内心で嗤う。 確かに天国界を扱える時点で優れた聖騎士なのは疑いようがない。

 だが、この程度で救世主とは片腹痛い。


 彼は自らの背後に展開していた魔法を解除。

 それを見てプロハスカは目を見開く。


 「――ば、馬鹿な……」


 有り得ない光景がそこにあったからだ。 白金の聖騎士の右肩には彼の物と同じ二枚の羽根が存在していた。


 そして――


 『■■■■■■■■――■■■■■■■■■Μοδερατιον■■■■ ις■■ νοτ■■ α πλεασθρε,■■■■、 βθτ■■ α μεδιψινε■■■』』


 三枚目・・・の翼がその背に現れる。

 まやかしの類と思いたかったが、自らの背にも同じ物があるのだ。 疑いようのない。

 目の前の辺獄種は救世主セイヴァーだ。 それもプロハスカよりも格上の。


 ――無理だ。 ここは下がって――


 一当てぐらいして実力を計ろうなんて考えは即座に捨てて下がろうとしたが、その足が固まる。

 何故なら周囲から敵も味方も消え失せていたからだ。

 間違いなく、たった今起動した権能の効果だろう。 だが、何だ? 何をされた?


 転移? それともこの空間を遮断された?

 どちらでも構わない。 はっきりしている事は逃げ切れないと言う事なのだから。

 やるしかない。 彼は覚悟を決め、権能で練り上げた風の刃を――


 振おうとした次の瞬間――彼は炎に呑み込まれて跡形もなく蒸発した。


 『■■■■■■■――■■■■■■■■■■Ανγερ■■ ις αν ενεμυ■■■』』

 

 テオドリック・ダフィズ・プロハスカは自分に何が起こったのか認識すらできなかっただろう。

 白金の聖騎士は肩に出現した四枚目の羽を一瞥し、この周辺を隔離していた権能を解除。

 時間にして数十秒だったが、周囲からすればいきなりプロハスカが消滅したかのように見えただろう。


 不快な救世主擬きを消し飛ばした事で微かな愉悦を覚えつつ彼は次の獲物を狙うべく先へと進む。

 

 ――彼はこれまでの戦闘を通して、敵の戦力構成と厄介な存在の確認は済ませていた。


 聖剣シャダイ・エルカイを持ち出してくることは想定内だったので驚きはないが、もう一本ある事にはさすがの彼も動揺を隠せなかった。

 戦闘を見てそれがどの聖剣なのかも即座に看破。 あの戦場に降り注いだ水銀の槍は見間違いようがない。 聖剣エロヒム・ツァバオト。


 本来なら峻厳の柱に存在するべき聖剣の筈だ。

 それがこの均衡の柱に存在すると言う事は――彼は第八を守っていた筈の盟友である刀使いの剣士を思い出す。

 

 ――そうか、貴様等は彼を――


 凄まじい怒りが噴出し、たった今顕現した四枚目の羽が赤熱するかのように赤く輝くが、彼は驚異的な自制心でそれを押さえつける。

 まだ早い、エロヒム・ツァバオトは後だ。 奴は必ず殺すが今は駄目だ。


 まずは周囲に居る取り巻きの排除、特に教団の恥知らず共は生かしておくだけで害悪なので聖剣を仕留める前に可能な限り減らしておきたい。

 次の獲物は先頭で暴れまわっている聖堂騎士共だ。 救世主擬きもまだいるかもしれないと考え、ここらで先鋒の一掃を彼は狙っていた。


 そしてそれが可能なだけの力を彼は持ち合わせている。


 『Ανγερ■■ ις αν ενεμυ■■■


 彼を中心に巨大な炎が波濤となって戦場に押し寄せた。

 それを見た聖堂騎士達の反応は早い。 味方ごと葬る気かと敵の攻撃に驚きはしたが、彼等もまた聖堂騎士。 奇襲に近い巨大な攻撃の前に各々防御行動を取る。


 ――が。 彼の怒りを具現した炎は半端な防御ではどうしようもなかった。


 戦場の一角を丸ごと呑み込んだ炎は効果範囲内にいた聖堂騎士の四割を即座に蒸発させ、残りの六割は何とか防いだが装備とその体に浅くない傷が刻まれる。 そして辺獄種は無傷。

 彼の怒りが形を成した炎は正確に敵のみを焼いたのだ。

 

 だが、その攻撃を無傷で防ぎ切った者が居た。

 もう一人の救世主――ツェツィーリエ・タマラ・モラヴェッツだ。

 彼女はプロハスカの危機を敏感に感じ取り、即座に権能を使用。 そのまま炎を突っ切って来たのだ。


 権能で強化した身体能力は彼我の距離を瞬く間に埋め、強化された知覚は敵の姿を捉える。

 

 ――あれこそが敵!


 だが、彼女の知覚は強化されたが故に余計な物まで見つけてしまった。

 白金の聖騎士の背後、地面に染みのように焼け焦げた跡があったのだ。 まるで人が一人燃え尽きたかのような――


 「貴様ぁぁぁぁ!!」


 それが何なのかを即座に悟った彼女は怒りを叫び、プロハスカを殺したであろう敵に槍を振るおうと肉薄。

 白金の聖騎士は内心で鼻を鳴らし、背の羽――右に生えた二枚目の羽を震わせる。

 瞬間――

 

 「な、これ――」


 権能による身体強化が剥がされて動きの勢いが瞬時に殺される。

 それも間合いに入ったタイミングでだ。 結果、槍は彼女のイメージとはかけ離れた遅さで敵にその切っ先が向かうが、その程度の速さで殺れる程、目の前の存在は甘くなかった。


 彼女の槍は敵に触れる間もなくそれ以上の速度で振るわれた剣が槍ごと彼女を両断。

 驚愕に目を見開いた彼女が見たのは敵の羽が赤く輝き、視界を埋め尽くす炎。

 それを最後に救世主ツェツィーリエ・タマラ・モラヴェッツは仲間と同じ末路を辿った。

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