第674話 「霧払」

 「あの組み立てている物は一体何なのですか?」

 

 僕の質問にカーカンドル枢機卿は嫌な顔一つせずに答えてくれた。

 あれは彼女が権能を扱う為に必要な物で、効果の増幅と肉体にかかる負担を肩代わりしてくれる簡易祭壇との事。

 ただ、かなり高価な素材や魔石を使用するので軽々に持ち出せない事もあり、こういった緊急を要する事態でもないと出番がない代物らしい。


 「私の権能は戦端が開かれればお見せする事になると思いますのよ。 中々凄いですから、期待してくれても良いのですのよ?」


 カーカンドル枢機卿はふんすと小さく鼻から息を吐いて胸を張る。

 その仕草が可愛らしかったので僕とヤドヴィガさんは思わず、同時に噴き出した。

 

 「じゃあ頼りにさせて貰うよ! 可愛い枢機卿さん」


 そういってカーカンドル枢機卿の頭をぐりぐりと撫でる。


 「えぇ、えぇ、いくらでも頼りにしてくれても良いのよ! 良いのよ!」


 撫でられて嬉しいのか満面の笑みで胸を更に張って「もっと褒めてくれても良いのよ!」と笑い始めた。

 カーカンドル枢機卿は少し固い印象があったけど、笑みを浮かべるその姿は歳相応で見ていて少し暖かい気持ちになった。


 その後は三人で取り留めもない話へと移る。 カーカンドル枢機卿はあまり外に出た事がないので、僕達の日常にとても興味があるようだ。

 僕は聖女の仕事ばかりなので余り面白い話はできず、主に話したのはヤドヴィガさんだった。


 彼女は傭兵――ウルスラグナでいう冒険者に近い立場だ。 その為、この手の話題には事欠かなかったようで、次から次へと話が出て来る。

 僕もそこそこ冒険者をやっていたのだけど立場上、明かせないので一緒に聞いていただけだったけど……。


 でもヤドヴィガさんの話は上手く、人を楽しませるコツの様な物を掴んでいるのか、彼女の話はとても面白かった。

 護衛任務での失敗談や、面白い体験に始まりヴェンヴァローカ内に存在する珍しい魔物の生態や、仕留めた後の解体の苦労話など多岐に渡り、聞き手を飽きさせない。

 

 カーカンドル枢機卿は分かり易く目を輝かせて話に聞き入り、気になった所があれば時折、質問を挟む。 答える側のヤドヴィガさんもその点は柔軟で答えつつもつっかえずに綺麗に話を続ける。

 彼女は話をする際にしっかりと順序だてているので、とても聞き取り易い。


 僕が慣れていますねと質問すると、ヤドヴィガさんは傭兵を引退したら吟遊詩人になってあちこち旅をしたいと思っているとちょっと照れ臭そうに語っていた。

 

 「まぁ、聖剣なんて代物に選ばれちまったから傭兵稼業もちょっと怪しくなってきたけどねぇ」

 

 そう言ってヤドヴィガさんは笑う。


 「貴女の話はとても面白いのよ! 吟遊詩人、とても素敵な事と思いますわ」

 「はは、ありがとよ。 お嬢ちゃん」

 「なら次は――……ごめんなさい。 時間のようですの」


 振り返ると作業をしていた聖騎士達が終わったので確認して欲しいと声をかけて来ていた。

 カーカンドル枢機卿はにっこりと満足げな笑みを浮かべると「良かったらまた話を聞かせて欲しいですのよ~」といって戻って行った。


 「彼女はあまり外に出た事もなかったので、こういった話題に飢えていたのでしょう」


 不意に第三者の声がしたので振り返るとカーカンドル枢機卿と同じ法衣を身に纏った男性が立っていた。 彼はカーカンドル枢機卿の隣にいた、確か名前は――


 「いきなり失礼。 グノーシス教団第六司祭枢機卿モーリッツ・ヤン・ルッツ・ローランドです。 顔は合わせていましたが、こうして言葉を交わすのは初めてですな」

 「さっきから見てたみたいだけど、アンタも混ざればよかったんじゃないかい?」


 ヤドヴィガさんがそう言うとローランド枢機卿は苦笑して首を振る。


 「女性の方々の会話に混ざるのは、少し出過ぎた真似かと思いましてね。 それに私が出て行くとヘオドラ殿が楽しそうにしている所に水を差してしまいそうでしたので……」


 どうやら彼なりに気を使ったと言う事だろう。

 

 「ならどうして入れ替わりにこっちに来たんだい?」


 ローランド枢機卿はもう一度苦笑すると視線を僕へ向ける。

 察するに僕に何か用事があるのかな?

 

 「もう少しで開戦となります。 そうなれば生き残れるかも分からない厳しい戦いになるでしょう。 その前に少し貴女と話したい――いえ、聞きたい事がありましたので」

 「ぼ――私に?」


 何だろう? 彼とは特に接点はなかったと思うけど……。


 「私とマーベリックは古い付き合いでした。 もし差し支えなければ、彼の最期について教えて頂けないでしょうか? 彼は立派に務めを果たせましたか?」


 その名前を聞いて僕の脳裏に理解が広がる。

 当然ながら僕の答えは決まっていた。


 「えぇ、彼はとても立派で尊敬できる聖職者でした。 バラルフラームでの戦い、彼が居なければ勝利を収める事は不可能だったと言えます」 

 

 嘘はないので、僕は自信を持って言い切った。 彼はそれだけの事をしてくれたのだ。

 命を賭けて僕等を救い、勝利への道筋をしっかりとつけてくれた。

 彼が居なければ間違いなく僕達はあの炎の前に斃れていただろう。


 それを聞いて満足したのかローランド枢機卿はやや満足気な笑みとなる。


 「良かった。 最後に彼――あいつはやれる事とやるべき事をやり切ったのですね。 ――ありがとうございます。 聖女ハイデヴューネ、友の最期を知れて私も気持ちが引き締まりました。 この戦い、お互い全力を尽くしましょう」


 彼は大きく頷くと僕達に小さく頭を下げると砦へと戻って行った。

 

 「さて、本番も近いしこっちも戻るとしようかい。 前線に出たら休めないから少しでもゆっくりしておいた方がいい」

 「そうですね」


 僕も少しだけ休んでおこうかな?

 ヤドヴィガさんの言葉に同意して僕も砦に戻る事にした。

 



 僅かな時間だったけど、少しだけ休んだので気分は緊張でやや高揚しているけど、気負いはない――と思う。

 今いる場所は布陣した軍勢の先頭。 近くには聖堂騎士と救世主の二人。

 僕の周りにはエイデンとリリーゼさんにキタマさんとミナミさん。


 視線の先には例の霧が、ゆっくりとだけど確実に近づいて来る。

 陣の後ろの方では魔法使い達が各々杖を構えて魔法の準備をしていた。

 彼等は霧が魔法の効果範囲内に入ったら一斉に起動、霧を吹き散らす手筈となっている。


 ――そして――


 霧が僕達のすぐ近くまで迫った所で背後から一斉に風系統の魔法が飛ぶ。

 強風が背後から吹き抜け、霧が割れるように散らされる。

 霧の向こうが露わになり――

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