第645話 「肉薄」
そろそろか。
女王の攻撃は王笏による衝撃波のような物を飛ばしてくるだけで、それ以外は基本的に何もしてこない。
そしてこれ見よがしに広げている本。 使うのは魔剣の攻撃を潰す時だけだ。
慎重というよりは明らかに俺の力を計っているのだろう。 戦闘は二の次で観察を主目的に据えているといった所か。
舐められていると言う訳ではないが、試されているのは間違いないようだ。
……そろそろ間合いを詰めるべきか。
魔剣の障壁は敢えて使っていない。
最初は攻撃の出が認識できずに展開する間もなく喰らってはいたのだが、傾向は掴んだので今なら防ぐ事も可能だろう。
障壁を展開し、王笏を防いで間合いを潰してもいいが、本命の攻撃手段であろう本の詳細が不明な以上、最低限どういった物かを見ておきたいが――余裕がないな。
攻めるタイミングは向こうが膠着に飽きて攻撃手段を変えて来た時だ。
……一応、さっきから第三、第四形態を嗾けようとしているが出した端から潰されるな。
ここまで簡単に潰されるとこの間合いでは勝ち目がないと認めざるを得ない。
そんな事を考えながら、何度目になるか分からなくなった攻防を経て、女王の動きが変わった。
王笏を下げて本を持ち上げたからだ。
――ここだな。
周囲に神経を張り巡らせ、いかなる攻撃にも対応できるように集中する。
本からの魔力が膨れ上がる。 何処から来るか不明なので全方位に障壁を展開。
同時に逃げ回るのを止め、真っ直ぐに突っ込む。
こいつならあの障壁でも軽々と破壊してくるだろうといった確信に近い懸念があったので、見せるのはここぞという時だ。
初見の内に間合いを潰して接近戦に持ち込む。
「!?」
障壁で王笏による攻撃を弾き、一気に肉薄。
間合いを八割ほど潰してそろそろ剣が届くといった瞬間に俺の腹に――風穴が開いた。
……何をされた?
障壁に反応なし。 すり抜けた?
いや、違う。 周囲にはしっかりと意識を割いていたので、気付かれずに攻撃を当てたというのは考え難い。
高速で思考を回し、可能性を模索。 自分の喰らった攻撃を分析。
答えはすぐに出た。 障壁に反応なし。 攻撃の発現点は俺の体内。
そこから導き出される答えは一つ。
ヴェルテクスの空間捻じりと同じタイプの攻撃手段とみて間違いない。
それなら障壁は無視できるし、何の前触れもなく俺の体内に攻撃を仕掛けられた事にも説明が付く。
要は俺は仕掛けられた罠に引っかかったのか。 これでも警戒していたつもりなんだが、随分と上手く隠す。 喰らうまで全く気が付かなかったな。
取りあえず、腹に開いた風穴を確認。 喰らった感触からして槍の様な物がいきなり発生して腹をぶち抜いてくれたようだ。 ついでに毒の様な物が塗ってあったのか傷口が溶けている。 引き抜こうとしたが、即座に消滅。 魔力か何かで作った代物だろうか? まぁ、抜く手間が省けたからいいか。
傷を修復しながら構わず前へ。 こっちでは魔剣が無制限に使用できるので魔力に物を言わせて強引に修復を加速。 瞬時に腹に開いた風穴が塞がる。
注意を逸らす為に<榴弾>を連射。 魔剣の第二形態は跳ね返される恐れがあるので、途中で爆ぜるこちらを選択。
巨大な火球が半端な位置で破裂。 無数の小さな火球が女王に襲いかかる。
これなら少々跳ね返された所で問題ない上、上手くすればその辺に設置しているであろう罠の処理も期待できる。
女王は器用に王笏を手の中で回転させて先端を地面に軽く打ち付ける。
妙に澄んだ音が響き渡り、俺が放った魔法が全て掻き消えた。
……これも駄目か。
恐らく、サブリナが使っている錫杖と同様に魔法を阻害する機能もある代物なのだろう。
当然ながら俺も黙って防がれるつもりはない。 ある程度の距離を詰めた所で一気に行く。
第四、第三形態を並行起動。 魔剣から黒い靄が噴き出し、そこから大量の円盤が吐き出される。
どうせ出した端から潰されるのは目に見えているので、このまま吐き出し続けて飽和させてやろう。
さっきまでは距離があったから簡単に潰せたがここまで近づいた状態でどこまで防げる?
奴が俺の力を計る為に手は抜いていないにしても本気では無いと言うのならそこに付け込ませて貰う。
俺自身もこのレベルの連中に何処まで通用するかを試す試金石とさせて貰うつもりだったからな。
お互い様だろうがこっちは本気で殺しに行かせて貰う。
円盤は生成した端から空中で大きく旋回させた後、包囲して襲いかかるように操作。
第三形態は真っ直ぐに突っ込ませる。
流石にこの距離なら全て潰すのは難しい筈だ。 俺の目的はあくまで接近戦に持ち込む事。
相手を土俵から引き摺り降ろしさえすれば、それなりに有利に戦える。
展開できた時点で攻撃の出を潰すという手は使えない。
さぁ、どう対処する? 正直、嫌な予感はしていたが、それは即座に現実となった。
女王は本を掲げるとページから魔法陣の様な物が浮かび上がり、地面に張り付く。
それを踏みつけ、さっきと同様に王笏を地面に打ち付ける。
たったそれだけの行動で奴を包囲していた円盤と靄が全て消し飛び、ついでに展開していた障壁も消し飛んだ。
聖剣でも数秒は止められるはずなんだが、一撃とは嫌になるな。
ただ、衝撃自体は完全に防いでくれたので再度展開して強引に間合いを潰すべく前進。
さっきの様な設置型の罠があるのだろうが、もう残り数歩の距離だ。 力技で突破する。
間合いが離れた状態で勝てる相手じゃない。
……それにしてもたったの数メートル前後がここまで遠く感じるとはな。
間接攻撃ばかりで飛蝗と比べると地味な印象ではあるが、これまでの攻防で奴と同格と言うのは嫌という程に良く分かった。
もう二、三歩と言った所で剣の間合いに収める事が出来るが――
脚に何かが突き刺さる感触。 さっきの見えない槍か。
問題ない。 脚を切り離せばいいだけの――何?
見えないので良く分からんが、どうやら槍の形状が変化して切り離そうとした部分に植物の根のように食い込んで分離を阻害している。
まぁ、無事な部分を切り離して<飛行>で突っ込めば……無理か。
今ので一秒近くの隙が出来た。 こいつ相手にそんな隙を晒せば碌な事にならないのは目に見えていたな。
女王は口元を薄く笑みの形に歪め、余裕すら感じられる仕草で本を翳す。
「――」
その口が何か言葉を紡いだが、空気を振るわせる事なく俺には伝わらなかった。
ただ、何を言いたいのかは何となく理解はできた。
――耐えて見せろ。
三層に重なった魔法陣が出現。 これはまともに喰らうと不味いな。
タイミング的に回避は難しいので、魔剣の障壁を前面に全力展開。 防ぐしかない。
炎のような物が襲いかかる。
俺の後ろから。
あぁ、なるほど。 魔法陣が三枚重ねなのは攻撃位置を変える物が含まれていたからか。
俺は間抜けにも前にしか障壁を展開していない。
結果――攻撃をまともに喰らう事となった。
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