第606話 「出掛」
二日後。
私は先日別れた場所でモンセラートを待つ。
まだ早い時間だが、待つのは余り苦ではないのでのんびりと時間を潰す。
街並みは穏やかで、行きかう人々の群れが見える。
グノーシス教団の朝は早い。 聖騎士が巡回に発ち、聖職者が周囲の清掃などを行っていた。
「お、お待たせ! 待ったかしら!?」
不意に声をかけられたので振り返るとそこにはモンセラートがいた。
正直、聖堂から出て来るかと思っていたので物陰から現れたのが意外だったからだ。
加えて、服装が修道服ではなくなっていた。 あまり目立たない印象を受ける服装だが、良く似合っている。
「いえ、私も今来た所ですよ」
そう言って笑って見せる。
モンセラートはほっとしたような表情を浮かべると周囲をきょろきょろと警戒するような素振を見せると、私の手を引く。
「さ、行きましょう!」
私は苦笑して引かれるまま彼女について行った。
モンセラートは終始楽しそうだった。
まるで外を出歩いた事がないかのように色々な物に対して新鮮な反応をする。
私は手を引かれるまま彼女の行きたい所に付き合う。
それにしても――なぜ彼女は会ったばかりの私に対してこう、無警戒なのだろうか?
明らかに余所者の部外者だ。 そんな素性のしれない相手にこうも気安く接するのは危険なのではないのだろうか? 彼女の無邪気な態度を見ると少し心配になる。
それを素直にぶつけてみると――
「分からないわ! でもクリステラを見た時からビビっと来たのよ! この人なら大丈夫だって!」
――そんな答えが返ってきた。
良く分からなかったが、確かに私も少しモンセラートに親近感のような物を感じているので、もしかしたら彼女も私に似たような感覚を感じているのかもしれない。
「クリステラは冒険者なんでしょう!? やっぱり魔物相手に戦うのよね!」
街を一通り回った後、モンセラートに少し疲れが見えたので近くの軽食店で休憩する事にしたのだが、彼女は話足りないのかそんな話を振ってきた。
「えぇ、これでも少しは腕に自信がありますよ」
少なくともウルスラグナでは魔物相手に後れを取る事はなかったので、少しぐらいは強気な事を言ってもいいだろう。
「ならグノーシス教団の聖騎士にも勝てる!? そんなに自信があるなら聖殿騎士ぐらいかしら!?」
「……そうですね。 相手にもよりますが、聖殿騎士ぐらいなら勝てるかもしれません」
「言うわね! でも、強いからって慢心しては駄目よ! 世界は広いんだから信じられないぐらい強い奴なんて一杯いるのよ!」
「それは良く分かっているつもりですよ」
少し前に信じられない程の強者を見たばかりだ。
あの辺獄種を見た後で、慢心なんてとてもではないができない。
「そう、ならいいわ! ――あぁ、そう言えばクリステラはウルスラグナから来たのよね?」
「そうですよ?」
「ならアイオーン教団については知っているでしょう?」
そう聞いて内心でどきりとする。
冒険者で通している以上、あまり教団との接点は明るみにしたくはないからだ。
「えぇ、まぁ――」
かと言って嘘を吐くという真似もできなかったので曖昧な反応になってしまった。
それを肯定と取ったモンセラートは構わずに続ける。
「貴女の目から見てあの教団はどう言った物なのかしら?」
雰囲気が変わった。 無理をして強気に振舞っていたような雰囲気は鳴りを潜め、真っ直ぐにこちらの目を見て来る。
違和感が全くない所を見ると、恐らくこちらが彼女の本質だろう。
質問の意図は計りかねるが、嘘を吐くという選択肢は私の中には存在しない。
「……立派に役目を果たしていると思います。 少なくとも、私の目にはしっかりと教団としての存在意義を全うし、迷える民を導いているように見えます」
口にした言葉に嘘はない。 聖女ハイデヴューネや教団の皆は良くやっている。
あそこまで地に落ちた教団の権威を全盛期程ではないにしろ、しっかりと立て直したのだ。
その手腕は認められて然るべきだろう。
「それはグノーシス教団から簒奪した活動基盤を利用したからではないの?」
「逆ですね。 利用しなければもっと楽だったにも拘らず、立て直したのはグノーシス教団から引き上げた者達に対する配慮からでしょう」
そう、これはエルマン聖堂騎士の受け売りだったが、私も同じ意見だった。
立ち上げる際、グノーシス教団とは全く別の教団として立ち上げ、徹底的に貶める事で地位の向上を図るという手もあったのに敢えてそれをしなかったのだ。
モンセラートは視線を逸らさない。
私も今の言葉に何ら恥じ入る点がないので真っ直ぐに見返す。
時間にして僅かだったが、先に逸らしたのはモンセラートだった。
「……なるほど、噂の聖女と言うのはしっかりと務めを果たしているようね!」
「答えになりましたか?」
「えぇ! グノーシス教団の教義はあくまで人の安寧を守る物! アイオーン教団が同じ志を持ち、誠実に民と向き合っているのなら私から言う事はないわ!」
口調が元に戻った所を見ると、この話題は終わりと言う事なのだろうか?
「どうして今の質問を?」
流そうかとも思ったが、アイオーンがどう思われているかを知るいい機会なので聞いておきたかった。
「……こっちでは――というより、グノーシス教団の中では余りいい話は聞かないわね! だから私も少し気になったのよ!」
聞けば、ウルスラグナの外でのアイオーン教団の評判はお世辞に良い物とは言えなかった。
形だけをみればグノーシス教団の不祥事に付け込んで乗っ取ったとも取れるからだ。
……とはいえ、原因はそのグノーシス教団にあったのだから擁護するのは難しくはあるが。
「そうですか。 ……説教臭くなってしまいますが、気を悪くしないで聞いてください。 他人の話に耳を傾けるのはとても良い事だとは思います。 ですが、最終的には自分の意思で考え、自分の心で判断するべきだと私は思います」
信仰に殉じる事はとても尊い事だとは思う。
だが、だからといって考える事を止め、判断の全てを教団に委ねるのは違う。
私はここに来るまでの道程でそれを学んだ。 少なくとも同じ死ぬのなら自分で決めた場所と信念に従うべきだ。
「――だから、モンセラート。 貴女も私の言葉の全てを信じる必要はありません。 もし、機会があるのなら自分の目と耳で直接見聞きし、最後の判断をすると良いでしょう。 アイオーン教団とはどう言った物なのかを」
「……」
モンセラートは不思議な表情で私を見つめていた。
驚きとも関心ともつかない何とも言えない――私の考えが形になる前に彼女ははっと驚いたように目を見開き表情を引き締める。
「自分の目で見て、自分の心で判断するべき、か……。 上手く言えないけど、気に入ったわ!」
そう言って満面の笑みを浮かべる。 それは今まで見た彼女の表情の中で一番、魅力的な物だった。
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