第587話 「仕上」

 翌日。

 情報の擦り合わせの為、屋敷にある会議室に呼び出されていた。

 出席者は俺、ファティマ、首途、ヴェルテクス、アスピザル、夜ノ森、メイヴィスだ。


 要は情報の齟齬がないようにしておきましょうと言う話だな。

 実際、アメリアの生存など、はっきりさせておきたい点が多すぎる。

 今回の進行はファティマと言う事になる。


 「では、始めさせていただきます。 司会は私、ファティマが務めさせていただきます」


 特に異論はないので誰も何も言わない。

 メイヴィスは記録係なのか議事録を作成するようで、何やら書く物と紙を準備していた。

 

 「今回は重要な情報の共有が目的となります。 決して誰かを責める意図はないので、隠し事はしないようお願いします」


 それを聞いて夜ノ森がびくりと身を震わせる。

 あぁ、そう言えば蜻蛉を仕留めたと勘違いして早々に引き上げたんだったか。

 アスピザルが慰めるように背中を叩き、ヴェルテクスがつまらなさそうに鼻を鳴らす。


 ……流石に空気が重いか。


 雰囲気を変える意味でも話すのは俺からが良さそうだな。


 「まずは俺からだ。 オフルマズドにあった聖剣と魔剣を手に入れた。 聖剣に関しては封印を施さないと使えないから戦力としては期待できそうにないな」


 そう言って魔剣を持ち上げて見せ、聖剣をテーブルに置く。


 「ローは王城に行ってたんだよね? なら持ってたのは王様って事?」


 最初に反応したのは興味深いといった表情で聖剣に視線をやるアスピザル。


 「そうだな。 王が使っていた」

 「僕は見てなかったんだけど実際の所、聖剣ってどの程度の物だったの?」

 「はっきり言って洒落にならないな。 正面から戦えばまず勝てない」

 

 俺も二本の魔剣とアレがなければ間違いなく負けていただろう。


 「や、でも倒したんだよね?」

 「ほぼ、運だった。 もう一度やれば確実に負けるだろう」

 「……まぁ、ローがそこまで言うんだったら間違いないか。 なら、噂の聖女様も同格とみて間違いないって事か。 何かあったら対応は慎重にした方がいいかもね」


 だろうな。

 聖剣持ちを仕留める場合は何とか辺獄に引きずり込む事が最低限、必要となるだろう。

 今までに得た情報を総合すると、辺獄では俺が使っている魔剣と同様に色々と機能に制限がかかる筈だ。


 「それで、一番気になるんだけどあの城の屋根を吹っ飛ばしたのって結局、何だったの? 状況的にはローの仕業って思ってたんだけど――」

 

 ……まぁ、聞かれるだろうと思った。


 「俺がやったのは間違いないが、どうやったのかは分からんな」

 

 不思議そうに首を傾げるアスピザルに簡単に説明をした。

 負けそうになった所で魔剣に干渉されて体の制御を奪われた事、それによりアレが起こった事。

 そして気が付けばアムシャ・スプンタは勝手に装備を全損させて弱っていた事。


 「……結果的にいい方向に転んだけど、結構危ない話だよね」


 アスピザルの表情は微妙だ。

 それはそうだろう。 俺の説明は体を乗っ取られ、気が付けば状況がひっくり返ってましたとかいう、要領を得ない内容なのだ。

 俺が逆の立場でも似た反応をしたかもしれんな。


 「そうなるな。 とは言ってもこの先を考えるのなら魔剣の力は必要になる」


 本音を言えばさっさと捨ててしまいたいが、聖剣持ちがまだいる以上、手放すのは逆に危険だ。

 特にウルスラグナに一人いる事を考えれば尚更だろう。

 

 「あ、後、最後に気になるのはその聖剣ってどうするつもりなの?」

 「心配するな。 使い道なら決めてある」


 俺はそう言って首途に視線をやると、奴は大きく頷く。


 「儂の出番やな。 実はオフルマズドの連中がつこうとった装備やねんけど、アレはタンジェリンと同じで他所から魔力を引っ張って使用者の燃費を肩代わりさせるって仕組みなんや」

 「なるほど、道理で妙に動きの良いのが居る訳だ。 察するにその聖剣で消費魔力を賄っていた感じなんでしょ?」


 それが何か関係あるのかと聞くアスピザルに首途は大きく頷く。


 「勿論や、つまりその聖剣は無尽蔵に魔力を吐き出す源泉っちゅう事やろ? なら使い道は一つやろ。 発電所や」

 「あぁ、なるほど。 武器として使えないなら魔力を吐き出す炉心として使おうって事か」

 

 特に研究所は設備維持にそれなりに魔力を使っているからな。

 聖剣を使えばエネルギー問題は一気に解決する。 ついでに弱らせる事も出来て一石二鳥だな。

 ないとは思うが、壊れても全く惜しくない代物だし、壊すつもりで酷使すればいい。


 「今、城の中に人を遣って装置の調査中や、済み次第こっちで使えるように転用するから、行けそうやったら何らかの形で領内に還元するから期待しといてや!」


 そう言われるとファティマは何も言えないので黙って頷くのみだった。


 「さて、ローと首途さんの話が済んだ所で僕達の番なんだけど――まぁ、知ってると思うけど良い報告と悪い報告があるんだよね。 えっとどっち――」

 「良い報告からにしろ」


 歯切れが悪そうに切り出したアスピザルに口を挟んだのはさっきから黙っていたヴェルテクスだ。

 アスピザルは少し訝しむような表情を浮かべたが、ややあって話し始めた。


 「分かった。 本来ならサブリナさんとアブドーラさんの領分なんだけど、二人が居ないから僕が代理で報告するよ。 まずはグノーシス教団なんだけど、枢機卿と聖堂騎士は全滅させた。 二人いた枢機卿は両方とも死亡、聖堂騎士も捕虜にした三名を除いて全員仕留めたってさ」

 「確か門を押さえていたアクィエルを仕留めに来た連中か」

 「そう、そっちは直接見た訳じゃないけど、きっちり全滅させてたって報告が上がっているよ」


 俺はファティマに視線をやると頷きで返される。

 問題はないようだな。


 「……で、こっちが本題なんだけど、テュケの拠点についてだね。 一応、施設の制圧と人員の処理は済ませて転生者の捕虜も一人取ったんだけど――」

 「ご、ごめんなさい! あの時もっとちゃんと――」


 言いかけた二人を遮るようにヴェルテクスが手で制する。


 「確認するぞ。 アメリアとか言う女は手足がないガキ、蜻蛉は四枚羽の転生者だな」

 「う、うん。 そうだけど……」

 「なら何も問題はねぇな。 連中なら俺が始末しといてやった」

 「――え?」


 おや、驚いた。

 てっきり取り逃がしましたで終わるかと思えば意外な展開だな。

 ヴェルテクスはつまらなさそうに鼻を鳴らす。


 「あの手の他人を操っていい気になっているクズが真っ先にやる事は何だと思う?」


 誰も答えない。

 ヴェルテクスは再度、鼻を鳴らして続ける。


 「保身――つまりは逃げ道の確保だ。 オフルマズドは上空を障壁で覆われているという前提があったから用意するとしたら比較的容易な南、要は海だ。 ――で、保身と言う前提で用意した代物なら大っぴらには置かない。 何か隠してあるだろうと港を調べたら案の定、地下に小さな船着き場が隠してあった。 後はそこでアホ共が来るまで待っているだけで終いだ」 

  

 なるほど。 アスピザル達が仕留めるならそれでよし。

 もしもしくじれば自分の手で仕留めようと待ち伏せたと言う訳か。

 

 「それでアメリアは――」

 「問題ない。 例の蜻蛉女諸共俺がきっちり始末しといてやったぞ。 ……見せてやりたかったぜ。 あの女のくたばる直前のなっさけないツラをな」

 「その――僕達のフォローをしてくれたのは嬉しいんだけど……もしも万が一生きて――」

 「――ねぇよ」

 

 アスピザルの懸念をヴェルテクスはバッサリと両断。

 

 「おい、確認したいがウルスラグナで始末したって言ったな?」


 こちらに話を振ってきたので頷いておく。


 「あぁ、確かに仕留めた筈だが?」

 「その時、眼鏡・・をかけていなかったか?」


 眼鏡? あぁ、そう言えばそうだったな。

 

 「確かに戦闘前にかけていたな」

 「奴がお前から逃げ切った理由はそれだ。 拠点を調べた際に引き上げた資料にあったぞ。 <魂移ソウル・シフト>とかいう体を他人と入れ替える魔法についてだ」


 あぁ、あれか。 狩人の長が使っていた奴だな。

 また懐かしい魔法が出て来た物だ。

 

 「要はあの女はその眼鏡で他人と体を入れ替えて、お前から逃げ延びたって訳だ」

 「つまり、眼鏡がない以上アメリアは逃げられなかったと?」

 「あぁ、だからこそみっともなく命乞いしてたぞ」


 なるほど。 それは気が付かなかった。

 そう考えると、俺はアメリアに随分と虚仮にされていた訳だな。

 

 「ここは礼を言っておくべきだろうな。 助かった」

 「ありがとうヴェル、助かったよ」

 「ありがとう」


 俺が礼を言うとアスピザルと夜ノ森も口々に感謝を口にした。

 ヴェルテクスはひらひらと手を振って何も言わない。

 

 ……気にするなって事か。


 「流石やヴェル坊! やるやんけ!」

 「うぉ、ジジイ!? 止めろ! 髪が乱れる!」


 いつの間にか奴の隣に移動した首途が笑いながらヴェルテクスの頭をくしゃくしゃにしていた。

 

 「さて、話は出尽くしたか?」

 「いえ、私から一点あります――というよりは皆様に立ち会って頂きたい事があるので、場所を変えたいのですが?」

 

 俺はそろそろお開きかなと思っていたがもう一つあるようだ。

 何かあったかと考えているとファティマは特に勿体ぶらずに教えてくれた。


 「捕虜の尋問です。 先程、話題に上った転生者を捕らえているので話を聞き出すのにご協力いただきたいと思いまして……」


 ……良いんじゃないか?


 アメリアがくたばった以上、何か知っていそうなのはその捕虜だけだしな。

 他も特に異論はないようで早速、その転生者を捕えている場所へと向かう事になった。

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