第546話 「役目」

 日は完全に傾き、街並みを宵闇が覆うが燃え盛る建物があちこちにある所為で完全な闇に鎖される事はない。

 その街並みを高速で疾走する影が複数。

 オフルマズドの中心に現れた黒の全身鎧――スレンダーマン達だ。

 

 彼等はこの奇襲・・に参加したメンバーの中で最も重要な役割を与えられている。

 それは開門。

 国の北に存在する唯一の出入り口を解放して味方を引き入れる事だ。


 先頭を往く隊長のイフェアスは真っ直ぐに前を見つめて進む。

 今の所、妨害はない。 中央で派手に暴れているハリシャと、魔導外骨格の施設を破壊しに向かった別動隊が注意を引きつけているので現状、驚く程に手薄だ。


 だが、その状況もそう長くは続かないだろうとイフェアスは考えていた。

 現状、奇襲によって優位に立っているが、完全に立て直されれば押し返される。

 いくら質で上回っていようがこちらは寡兵。 数で来られては時間の問題となるだろう。


 分けて送り込むという手もあるが、ローへの負担がかかり過ぎるので一度に送り込めるだけ送り込み、奇襲部隊とした。 その為、後続を呼び込む必要があるのだ。

 現在、門の外ではライリーが率いる物資の輸送に偽装した部隊が懐に入り込んで正門の攻略を行っているはずなので待たせるわけにはいかない。


 そういう意味でもイフェアスは急いでいた。

 現状、予定通りに進んではいるが今回に限っては何が起こるかは分からない。

 予定の消化は早ければ早い方がいいだろう。


 事前の偵察で開閉装置の位置などは把握しているので、到着した後の事を考えて行動をシミュレート。

 道程の七割を超えた所で気配。 目的に気付かれたようだ。

 イフェアスは<交信>で配下に指示。 五ユニットが防衛隊の排除。 残りは突破。


 残るメンバーを即座に決定する。 同時に視線の先に全身鎧の集団が現れる。

 大盾や槍、長柄の戦槌などの長物持ちが多かったが、慌てて出てきたようで浮足立っているのが分かった。

 油断はしていないが選定した者達で問題ないだろうと判断。


 接触の少し前、相手の間合いに入る直前に背に装備した筒に魔力を通す。

 反応した彼等に移植された羽が反応。 筒から闇の帯のような物が噴出。

 これは天使由来の羽で、展開中は魔法の構築と威力増幅を担う器官だ。


 使用するのは<飛行>これは消耗が激しいので長時間の使用は推奨されない。

 その為、羽と併用して飛行速度を大幅に引き上げ燃費を抑える。

 製作者の首途曰く、「ジャンプユニット」として使用するのが一番負担が少ないとの事。


 イフェアスは一気に跳躍。 他もそれに続く。 

 高度を維持しつつ長い滞空時間を経て敵の一団を飛び越えて着地。

 一拍遅れて排除を行うメンバーが激突する気配。 背後で怒号や金属音が無数に響く。


 全滅させた後、追いかけて来るように指示を出し、イフェアスは先を急ぐ。

 ちらりと背後を振り返ると残して来た者達の戦闘がみるみる内に遠ざかる。

 特に問題なさそうだったので前を見据えると巨大な門が見えて来た。


 「!?」


 そろそろ到着という所で全員が不規則な軌道を描いての回避行動。

 少し遅れて次々と魔法が着弾。 石畳を吹き飛ばす。

 回避が間に合った者はそのまま突破し、躱しきれなかった者達は咄嗟に障壁を展開したので無傷ではあったが少し足が止まる。


 「ふん! やはり凌ぐか。 どうやって入ったか知らんがよく来たな侵入者よ、貴様等の好きにはさせんぞ!」 


 門の前に並ぶのは全身鎧の兵士達。 青と白を基調としているこの国の守備隊だ。

 だが、一部の者達は装備が異なっていた。

 全身鎧の基本的なデザインは同じだったが、黒い水晶のような魔石がいくつか目立つ形で組み込まれていた。


 「このヒラリー・イアン・ジョリーが貴様等を叩き潰してくれるわ!」


 イフェアスは特に構わずさっと周囲を確認。

 門の近く――脇に小さな小屋が一つずつある。 中に門の開閉装置があるのは理解しているので数名に掻い潜って向かうように指示しイフェアスは無言で腰の剣を抜く。


 聖堂騎士時代に愛用していた剣をベースにドワーフが打ち直し、首途が改造した剣だ。

 追風おいかぜの剣。 羽毛のように軽く、持っているだけで身体強化――主に行動速度を上げてくれる付与がなされただけの剣だったのだが――


 刃に等間隔の切れ込みが入り、間合いが一気に伸びる。 

 蛇腹剣だ。 加えて使用者の意思である程度の軌道を操れるので変幻自在の武器へと変貌していた。

 異様に伸びた刃は手近に居た兵士の鎧を貫通してその肉体に突き刺さる。


 そして――

 

 「あ――がぁぁぁ」


 兵士が悲鳴を上げたが徐々にか細くなって行く。

 原因であろう突き刺さった剣は刃が脈動するように妖しく光る。

 魔力と血を吸っているのだ。 ほんの数秒で吸い尽された兵士はそのまま崩れ落ちて動かなくなった。

  

 「貴様ぁ!」


 ヒラリーが激高して叫ぶと同時にイフェアスも部下に指示。


 ――殺せ。

  

 その場に居た全員が即座に動き出した。

 普通の兵士に対してスレンダーマン達は身体能力や武装面で大きく上回っており、決着はすぐに着くと思われていた。 実際、打ち合った兵士は数度も保たずにクラブ・モンスターに挟み潰され、ザ・コアに磨り潰され、丸ノコやチェーンソーに斬り刻まれる。


 だが、魔石を用いた装飾を施されている者達は違った。


 『『臣装ミニオン』起動! 我等は王の剣であり盾である!』


 瞬間、彼等の動きが変わった。

 スレンダーマン達の機動力すら上回る速度で動き、各々同様の黒い魔石を用いた装飾の施された武器を振るう。


 ヒラリーはイフェアスですら受けに回らなければ反応できない速度で踏み込み、斬撃を繰り出す。

 

 「この動きを見切るとは中々やるな! だが、我が剣をいつまで受けていられるか!」


 二撃、三撃と受けた所でイフェアスは大振りの斬撃を繰り出す。

 ヒラリーが下がって距離を取った所で左肩に収納したヒューマン・センチピードを一閃。

 

 「ぬぅ、小賢し――」


 躱した所で腰にある隠し腕がマウントした銃杖を抜いて発射。

 咄嗟に身を捻って躱すが、肩に命中。 ヒラリーの体勢が衝撃で大きく崩れる。

 イフェアスはそのまま突っ込んで斬撃。


 「うぉぉ!」


 吠えるように声を上げたヒラリーは転がるように躱し、即座に立ち上がるとバックステップ。

 強引に距離を取る。 だが、それはイフェアスに取っても好都合。 銃杖を構えて連射。

 今回はやや距離があるので<照準>で機動操作を行う。


 特別製の徹甲弾は魔法により物理法則を無視した軌道を描き、ヒラリーに襲いかかる。

  

 ――が、ヒラリーは銃弾を全て剣で叩き落した。


 防御に回った瞬間、魔眼で拘束を試みるが鎧が発光。 動きが止まらない。

 抵抗レジストしたかとイフェアスは冷静に分析。

 数度の攻防だがヒラリーの技量は凡そ知れた。


 でかい口を叩く割には技量自体は大した事がない。

 恐らく聖殿騎士の基準には達するが、聖堂騎士の基準には大きく劣る。

 普通に戦えば問題にならない腕前だが、身に着けている鎧や剣が低い技量を補っているのだろうと当たりを付けた。


 「ふん、臣装を相手にここまでついて来れるとはな! だが、我が剣は真正なる王の剣! 貴様等の薄汚い剣は敗北する定めなのだ!」


 良く回る舌をベラベラと回転させながらヒラリーが斬りかかって来るが、その表情や動きに疲労の色は見えない。

 周囲を見ると、同様の装備を身に着けた者達が凄まじい動きでイフェアスの部下達を圧倒していた。

 明らかに消耗している様子がないので、時間をかける事は不利。


 幸いにも数はそう多くないので抑える事に注力し、目的を最優先する。

 これは自分だけの戦いではない。 大局を見誤る事はあってはならないのだ。

 そう判断したイフェアスは部下に<交信>で指示を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る