第528話 「先備」
「……お互い分からんことだらけだな」
思わずそんな事を漏らしてしまった。
「……そうですね。 後になって分かる事もあるので……」
クリステラも似たような事を考えていたのか、表情は暗い。
「エルマン聖堂騎士。 貴方はグノーシスが信用できないと考えているのですね」
……まぁ、ここまで言えば分かるか。
「あぁ、もしかしたら例の魔剣。 引き渡すのは不味いのかもしれないって考えてる」
魔剣サーマ・アドラメレク。
聖女によれば聖剣に匹敵する能力を持った強力な武器との話だが、そもそもまともに扱えないので戦力として組み込むのは危険極まりない。
最初はヤバいだけの代物としてしか認識していなかったが、もしグノーシスが何らかの目的で魔剣を集めていると言うのならそれを知ってから対応を決めた方が良いのかもしれん。
「魔剣が彼等にとってどのような意味を持つかですか?」
「あぁ、その通りだ。 仮に連中が魔剣を飼い馴らす方法を持っていたとしよう。 素直に引き渡して、将来その魔剣で襲って来るなんて事も考えられるからな」
それにマーベリックは言っていた。
教団は現在二本の魔剣を保有していると。
その情報だけでも連中が魔剣を集めている事が良く分かる。
マーベリック曰く、封印して害が出ないようにする為と言う事だが言葉通りに信じるわけにはいかない。 仮にそうだったとしてもこの先もそうであるとは限らないからな。
「ではどうしますか? 余り勧められませんが、事を構えると言うのであれば国境付近を今の内に固めるという手もありますが――」
「正直、それは俺も考えた。 幸か不幸かウルスラグナの南にはアープアーバンがある。 守るだけならそう難しくはない」
ただ、守れても攻められない以上、戦り合えば確実に負ける。
結局の所、時間稼ぎ以上の意味がないのだ。
どちらにせよやるならまずユルシュルを排除しなければならないので、二重の意味でも難しい。
国外の脅威に辺獄。
まだまだ問題は山積みだ。 現在のアイオーン教団と弱ったウルスラグナでは対処は難しい。
そうなると出来る事と言えば、戦力の拡充だ。
余り好きな手ではないが、分かり易く威を示して攻めるのを躊躇わせる方法はあるにはある。
かなりの博打にはなるが。
「――正直、手はある」
本音を言えばしたくない提案ではあった。
その為にはクリステラの協力が不可欠だ。 正直、心のどこかで断ってくれないかという想いと、こいつは高い確率で頷くという考えがあり、自分で自分に反吐が出そうだ。
「……それには私が必要と言う事ですね。 言ってください、貴方は私に何を求めているのですか?」
察したクリステラは真っ直ぐに問いかけて来る。
「まず、前提の話をしよう。 最悪の可能性は素直に魔剣を引き渡した場合、それを使ってこちらに侵攻をかけて来る事だ。 それを防ぐにはどうしたらいいと思う?」
「……相手に勝てないと思わせるほどの力を示す事ですか?」
クリステラは少し悩むような素振を見せ、ややあってそう答えた。
「まぁ、概ねその通りだな」
「……ですが、相手は個人ではなく勢力。 そのような都合のいい物があるのですか?」
「あるだろう? ウチの聖女様の腰にもぶら下がっている、あるだけで国をも黙らせる事が出来る代物が」
それを聞いてクリステラがはっとした表情を浮かべる。
「……聖剣ですか」
「国の外の情報を集めるのは随分と苦労したが、おあつらえ向きに所有者のいない聖剣が一本見つかった」
「それは一体――」
「ここから南――アープアーバンを越えた先にある大陸中央部に存在する大国家、アラブロストル=ディモクラティア。 そこにある遺跡に聖剣が一本安置されているらしい」
「……私にそれを手に入れろと?」
クリステラの表情は硬い。
「扱えるかは何とも言えんところではある。 だが、今のアイオーン教団で聖女を除けば一番望みがありそうなのはお前だ」
だから試す価値はあると俺は付け加える。
「……一応、その遺跡とやらはグノーシスの管轄だ。 もうはっきり言うが、強奪も視野に入れているから聖女には話をしていない。 これは俺とお前だけの話だ。 勿論、断っても構わない。 それならこの話は酒の席の冗談で終わるからな」
聖剣は選ばれた者にしか触れる事はできない。
その為、直接出向かなければならない。 クリステラを国外に出すのはやや不安ではあるが、懸念事項だったゲリーベも片付き、国内の問題はユルシュルぐらいしか残っていない。
もし送り出すのなら今しかない。
後は上手に立ち回れる奴を選別して補佐として随伴させればいい。
流石に一人で行かせるのは不安だからな。
「まぁ、返事は今すぐにって訳でも――」
「行きます」
即答だった。
最終的には頷くと思ったがまさか即座にとはな。
内心で溜息を吐く。 正直、断ってくれた方が良かったんだがな……。
断らないと分かっていて提案した自分への嫌悪感を無理矢理押さえつける。
「……悪いな」
「いえ、私に聖剣の使い手としての資格があるか分かりませんが、エルマン聖堂騎士。 貴方がそう言うのならそれが最善手と言う事なのでしょう。 それに私自身もバラルフラームの一件で力不足を痛感しました。 『在りし日の英雄』――その名に違わぬ実力でした」
それは俺も痛い程、良く分かっている。
あの辺獄種――英雄の名に相応しい恐ろしい相手だった。 魔物特有の身体能力ではなく、純粋な技量のみでクリステラを圧倒した剣の冴えは今でも夢じゃないのかと疑いたくなるほどだった。
はっきり言って聖女が居なければ、確実に全滅していただろう。
マーベリックは知っていて聖女を引っ張り出したのは分かる。
英雄は最低限、聖剣を持ち出さないと戦い以前に話にならない。
危機は去ったと考えたいが、あんな存在がいる以上、あれと同格が現れた時に備えておくべきだ。
その為には最低限、聖剣をもう一本押さえておきたい。
現状、手に入りそうなのはアラブロストル=ディモクラティアに存在する一本のみ。
恐らくこの大陸にはもう一本あるが国外の情報は手に入り辛く、あるらしいといったぐらいの情報しか手に入らなかった。
それ以外と言うのなら海を越える必要が出て来る。
現状では無理だ。
このウルスラグナは未開の領域が多く、大陸の外縁まで開拓が済んでいない。
その為、この国は海を殆ど知らず、その手の技術を持ち合わせていないのだ。
詰まる所、選択肢はあってないような物だった
「ではエルマン聖堂騎士。 予定の調整を行いますので、手配をお願いします」
「了解だ。 適当に理由を見繕って置く。 そっちも仕事の引き継ぎを頼む」
俺達は各々頷いてその話はお開きとなった。
脳裏でこの後の事を考えつつ、いつになったら俺の生活に平穏が訪れるのだろう思ったが、しばらくは来ないだろうなと諦めた。
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