十五章

第465話 「起床」

 窓から差し込む朝の日差しで僕――ハイディは目を覚ました。

 これでも寝起きはいい方なので意識はしっかりと覚醒している。

 起きたくない。 特に眠い訳じゃないけどこの後の事を考えると起きたくない。


 かといってこのままで居ると世話役の修道女さんが起こしに来てしまう。

 僕は諦めてむくりと身を起こす。

 後頭部に枕が張り付いたまま身支度を整える。


 顔を洗って髪などを簡単に整えて着替え、最後に寝台脇に置いてある全身鎧を着こんで完了。

 終わった後、枕越しに後頭部に張り付いている聖剣を剥がして腰に佩く。 

 落ちる枕を空中で受け止めてそのまま寝台に置いて部屋を後にする。


 聖剣は体から殆ど離せないので、眠る際は枕の下に入れて眠っているのだ。


 ……この手を思いつくまで眠るのに随分と苦労したなぁ。

 

 正直、邪魔過ぎて眠るのに支障が出たぐらいだ。

 なるべく素顔を晒すなと言われているので食事時以外は兜を外せない。

 がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら長い廊下を歩く。


 今、僕が居るのは元グノーシス教団の城塞聖堂――今はアイオーン教団本部だ。

 先の一件での破損した部分の修復も済み、事件の爪痕は残っていない。

 何をするにもまずは朝食なので、目指しているのは食堂だ。


 「あ、ハイ――じゃなくて聖女様おはようございます」

 「おはよう聖女様」


 食堂に入ると僕の従者兼護衛のエイデンさんとリリーゼさんが出迎えてくれた。

 

 「おはよう。 ……というか聖女様は止めて欲しいんだけど……」


 肩を落として抗議するがリリーゼさんは笑みをエイデンさんは苦笑。

 

 「だーめ。 あたし達を巻き込んだ罰だからね~。 ずっと言い続けるから覚悟しときなさいよ~」

 「どちらにせよ外では聖女様と呼ばないとダメだから癖を付けときたいんですよ」


 二人は僕が護衛を頼む為に呼び出したので強くは出られない。

 その為、僕は小さく苦笑するだけしかできなかった。

 本音を言えば二人を呼び出したのは僕の自己満足だ。 この立場を受け入れた時、この国での聖騎士の立場は非常に危うい物だった。


 だから僕は二人を護衛として召し抱えるという名目で呼び出したのだ。

 真っ先に知り合いの安全を優先する。 これで聖女様なんて呼ばれているのだから笑ってしまうなと内心で自嘲。

 

 「ま、聖女様もいい加減、敬われるのに慣れておきなさいな」

 「気軽に言ってますけど、姉さんはハイディさん――じゃなくて聖女様を心配してるんですよ」

 「うっさい、余計な事言わない!」

 「痛い痛い、蹴らないでよ姉さん」


 頬を染めているリリーゼさんが蹴りを入れているが、エイデンさんは終始笑顔だった。

 その姿に気持ちが和んだ僕は兜を外して二人と食事を取る。

 

 「そう言えばこの後、仮の国王様との謁見だっけ?」

 「うん、正直気が重いけどね。 本当ならエルマンさんとクリステラさんに任せようと思ったんだけど、どうも先方の意向で僕が行く事になっちゃって……」

 「途中までだけど、俺達も行くんだから他人事じゃないよ姉さん」


 この生活を始めて気を張る事が多いけど、二人とこうして話す時が何だかんだと落ち着くなぁ。

 従者と食事をするのは余り褒められた物じゃないけど、誰もいない朝はこうして気楽に語らう場を作っている。


 ――あの日、僕の人生は大きく変わってしまった。


 腰の聖剣を一瞥。 この剣の所為で。

 聖剣エロヒム・ツァバオト。 世界に十本しかない聖剣の一つらしい。

 詳しい事は本国で調べないと分からないらしく、詳細まではここでは調べられなかったけど、グノーシス教団にとってはかなり意味のある武器で扱える者は滅多に現れないと聞く。


 そう言われても正直、今一つピンとこない。

 何故ならこの剣は手に入れた訳ではなくて気が付いたら手元にあったからだ。

 あの時、確かに僕は致命傷を受けた。


 アドルフォの姿をした人物との戦い。

 僕は最後の最後で油断してしまった。 僕は確かに首の急所を断たれ、血液が噴出するのを感じた。

 そこから意識はなかったけど気が付けば宿の部屋。 傍らには装備品一式とアドルフォの弓。


 彼女の使っていた弓があったので夢と言う事はあり得ない。

 僕の装備にも洗い落とされた跡があったけど、微かに血の跡が残っていた。

 最後に手に握られた聖剣。

 

 直後は混乱の為、落ち着くまで少しかかったけど、何とか現状の把握に努めいくつか分かった事があった。

 まずはあの後、王都で王国最大と言って良い程の災害が起こり、信じられない数の死者が出たと。

 実際、外を歩けば被害の規模が良く分かった。

 

 破壊された店舗や家屋、散乱する死体、行きかう人々、そして――嘆き。

 国有の騎士団もグノーシス教団の聖騎士達もかなりの被害を受けたらしく、治安の維持どころではなかったようだ。 治安の悪化は無法を生み、略奪や暴行が横行した。


 冒険者ギルドも治安の維持に協力していたが、その冒険者が加担しているといった事件まで起こった。

 そんな中、何とか立て直しかけたグノーシスだったが、ある日に恐ろしい噂が流れる。

 教団の重要施設地下に非道な人体実験を行う為の施設があったと。


 そして王都で暴れた魔物はそこから逃げ出した存在であったという話がまことしやかにあちこちで広まって行った。

 結果、事件で家族を喪った人々が怒りのはけ口を求めて教団に詰め掛ける事となったのだ。

 当初は何かの間違いじゃないかという声もあったが、地下に研究施設という動かぬ証拠があった以上、言い訳のしようもなかった。


 そこからは本当に酷かった。 被害に遭った人達の怒りは凄まじく、その矛先を向けられたグノーシス教団は凄まじい突き上げを受ける事になる。

 関係者が街を歩けば襲われる事件が頻発し、街角に神父や修道女の無残な死体が曝されるなんて事も一度や二度ではなかった。

 

 それでも教団は諦めなかったのだ。

 彼等は石を投げられても、酷い罵倒を浴びせられても、復興作業を行い、治安の維持に尽力した。

 正直な話、騒ぎに巻き込まれていない僕からしたら教団には思う所はない。


 当時は体から離れない得体のしれない剣をどうにかする事に意識が向いていてそれどころではなかった。

 剣自体が魔力を放っており、柄の装飾も立派な物だったので一目で普通の剣じゃないと言う事は分かる。

 それだけにどうにか剥がして持ち主に返さないと不味い。

 

 場合によっては盗んだと言われても文句は言えないからだ。

 何とか頑張ったけど、どうやっても剣を手放す事が出来なかったのでそう言う事に詳しそうなグノーシス教団で話を聞く事にしたのだ。


 ちょうどその頃になると治安の方も落ち着いて来たので割と軽い気持ちだった事は否定しない。

 その選択でこんな事になるとは夢にも思わなかった。

 どうやら僕の手に張り付いているのはこの国に伝わる聖剣という凄い剣で、扱えるどころか触れる人間すらいないと言われている剣と聞いて思わず耳を疑ってしまう。 


 ……いや、冗談でしょと。

 

 対応したエルマンさんという聖堂騎士の言う事はどうやら冗談でも何でもなく、気が付いたら施設の奥まで連れて行かれ厳重に人払いをした後、教団の偉い人に取り囲まれて事情の説明をされてしまったのだ。

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