第430話 「潰瘍」

 「あなた方が僕にどんな役割を期待しているというのかというお話は分かりました」


 一通り話を聞いたハイディはそう前置きする。

 その表情はさっきまで慌てていた女とはまるで別人のように落ち着いており、真っ直ぐに俺の目を見ていた。


 嫌いではないが苦手な目だ。

 クリステラを彷彿とさせるその視線に、何だか座りが悪い気持ちになる。

 

 「仮にあなた達の言う通り、聖女を演じるとしましょう。 その後は座っているだけで僕はお飾りですか?」


 正直、そうしてくれた方がこちらとしては気が楽ではある。

 だが――


 「……あんたが望むのならそれでも構わない。 この際だからはっきり言うが、俺達が望んでいるのは分かり易い旗頭だ。 その聖剣をちょいと見せびらかして心が荒んでいる連中にちょっとばかし夢を見せてやりさえしてくれれば問題はない」


 嘘は吐かずに正直に思惑をぶちまける。 最低限、教団が内部で結束する為には旗頭は必須だ。

 後ろの連中がやや戸惑った声を上げているが無視。

 恐らく取り繕えとでも言いたいのだろうがこの手の奴には腹芸は無駄だ。


 バレた後、相応の報いを受ける羽目になる。

 それに危険な役割でもあるのでネタも話さずに命を懸けろなんて不義理な話は俺自身が許容できない。

 ハイディは俺の話を黙って聞いていたが、その視線は真っ直ぐに固定されている。

 

 当然ながら後ろめたい事は何もないので俺は真っ直ぐ見返す。

 そうしながらも内心で冷や汗をかきながら動悸を押さえつける。

 正直、さっきまで人が良いだけの善人かとも思ったが、話を始めた途端に人が変わったかのように思考が読めなくなった。 表情はそのままなのだが、視線に探るような色がある。


 心を読まれているような薄ら寒い気持ちになるのは気の所為か?

 何を考えているのか分からんが、目の前の女はじっと俺を見据えた後、少しの間を開けて口を開いた。


 「その話、受けても構いません。 ただ、僕の方からも条件を付けさせてください」

 「言ってみてくれ。 内容次第だが可能な限り叶える用意はあるつもりだ」


 答えながら内容を予想する。

 ぱっと出て来るのは金銭や権力だが、目の前の女を見る限りそれはないなと即座に否定。

 こいつは恐らくクリステラの同類だ。 金銭ではなく信念の類で動く手合いだと予想する。


 「まず、僕にある程度の発言権を下さい」

 「あ、あぁ、それは構わんが……」

 

 特に渋る理由はないな。 どちらにせよ大勢の前で一席ぶって貰うのだ。

 言いなりにならんと言うのなら納得できる形で動きたいのだろう。 当然の主張だな。

 見た所、権力を握りたがる手合いじゃないし、利用されない為の自衛を兼ねていると考えているのなら個人的に良い判断だと思う。


 後は冒険者業を休む事になるので最低限の生活費の保障など、まぁ食っていく分に必要な物だしな。

 他にも細かい条件を付けられたが特に問題なかったので全て呑む。

 こうして了承を得たので、聖剣をひっさげた聖女様の取り込みに成功した訳だ。


 確かに良い事だとは思うが、俺の精神的には全く良くなかったと認識したのは少し後になってからだった。





 

 現状、グノーシスは危うい立場である以上、聖女様に万が一があってはならない。

 その為、まずは偽名を名乗らせて聖堂騎士扱いで教団に所属。 聖剣や元々持ってた装備を活かせる専用防具の支給。

 こいつを身に着けている限りそう簡単に死ぬ事はないだろう。


 幸いにも聖堂騎士の装備を作成する工房は王都に存在するので完成さえしてしまえば手間はかからない。

 出来上がりを待っている間、国内に散った生き残りの聖堂騎士をかき集める。

 理由は方針のすり合わせと聖女様のお披露目だ。


 それに教団がこうなってしまった以上、身の振り方を考える必要があるだろう。

 もしかしたら教団を離れようと考える奴も現れるかもしれない。

 その辺の意思確認はしっかりと行うべきだ。


 当然ながら来た連中に対しての説明内容は考えてある。

 聖剣と聖女を前面に押し出しつつ、治安維持や魔物の討伐などを行って地道に信用を取り戻すしかない。

 信者が減って行くのは防ぎようがない以上、最低限組織として機能する程度に傷を浅くするべきだ。


 その間も復興作業など、やれる事はやって行く。

 もっとも現状では民に襲われる危険があるのであまり大きな動きはできないのだが……。

 そして聖女様の専用装備が完成し、国内に散った聖堂騎士が一堂に会し、教団の今後を占う会議が始まった。


 集まった聖堂騎士は全部で十五名。

 もう少しいたはずなのだが、本国へ指示を仰ぎに行くと言って国を去った者や立場を捨てると言って専用装備を送り返して来た者もおり、この数となった。


 荒れるだろうが取れる手段はそう多くないので、集まった連中も納得せざるを得んだろう。

 事前に聖女様に台本は渡してあったので、問題はないと思っていた。


 ……会議が始まるまでは。


 あの時の事は忘れたくても忘れられない出来事だった。

 その場には聖堂騎士に主だった神父や修道女、神官等の教団の代表格が集まっており、これから結束を固めようと切り出すはずだったのだが……。


 「まずは自己紹介を。 僕はハイデヴューネと言います。 聖剣に選ばれたと言う事で協力を要請され、それを受理しました。 この剣に恥じない行いをする事を誓います」


 そう言って聖剣を見せびらかす。 ハイデヴューネと言うのは聖女としての名だ。 一応、それっぽい姓も用意してある。

 あの剣は冗談抜きでちょいとチラつかせるだけでその凄まじさの一端を見せつける事が出来る。

 この場に集まった者達はその輝きを見て感嘆の吐息を漏らす。


 取りあえず台本通りに進んでいるなと俺はほっと胸を撫で下ろした。

 その場に居る者の視線は値踏みするような物に始まり好奇心を多分に含む物もあり、共通の見解としてはどう言う人物か様子を見ようと言った空気だった。


 彼女は懐から俺が渡した台本を取り出すと机の上に置く。


 ……え? おい、何をやっている?


 唐突な想定外の挙動に俺の思考は一瞬、空白になった。 余りにも自然な動きだったので俺も反応が遅れてしまった。

 

 「……教団の現状と今後の方針に関しては事前に聞いています。 ですが、敢えてこの場ではっきりさせたい事があります」


 場がどよめく。 俺も同じ気持ちだった。 事前に打ち合わせた話の流れと全く違うからな。

 おいおい、このお嬢さん何を言う気だ?

 以前のクリステラを思い出して背中から嫌な汗が出る。


 当のクリステラは特に表情を変えずにじっと聖女様を見つめていた。


 「この場にいるのは教団の中で、最も地位が高い人達と聞いています。 ですからあなた達に聞きたい。 国内のあちこちで流れている噂、それはどこまでが真実なのかを」


 俺は卒倒しそうになり、胃から爆発するような痛みが全身に広がった。

 そして喉の奥から血の味がせり上がって来るのを必死に飲み込んで治癒魔法をかける。

 

 ……いきなりぶっこんできやがった!?


 何て事をしやがる!?

 注意が必要な話題だってのに開口一番に持ち出しやがった!

 

 「ふ、ふざけないで下さい! 聖女だか知りませんが、貴女は教団が噂されているような非道な行いをやっていると言うのですか!!」


 声を上げたのは聖堂騎士の一人、青みがかった髪を肩口で揃えた若い女――ゼナイド・シュゾン・ユルシュル聖堂騎士だ。

 声は震え、視線には真っ直ぐな怒りが乗っている。


 「では、流れている噂は根も葉もないでたらめだと?」

 「当然です! グノーシス教団は主のしもべにして正義と正しさを体現する者、そんな事がある筈は――」

 「――他の方も全く同じ意見ですか?」


 聖女様は表情一つ変えずにぐるりとその場の全員に視線を巡らせる。

 反応は全員同じと言う訳にはいかなかった。

 ゼナイドに同調して頷く者もいれば苦い表情をする者、周りの出方を見ているのか特に反応示さない者と様々だ。


 「では、知っていそうな人に聞きましょうか」


 ……おいおい、何を言い出す気――あ、まさかこの女、やめろこっちを見るな。

 

 俺の願いは虚しく、聖女様はこちらに視線を向けると説明しろとばかりに促して来た。

 さっき治したばかりにもかかわらず胃が突き上げるような痛みを訴え、何故かぱらりと前髪が抜け落ちた。

 

 ……逃げ出してぇ……。

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