第407話 「独占」

 一番街ベルスーズ。

 自分が育った故郷であり、エマルエル商会の本店がある。

 区ごとの雰囲気はそう変わらないので街の空気は似通っており、あまり帰って来たという感慨は起こらない。


 だが、今回は家族の皆に真意を問わなければならない事を考えると緊張で鼓動が早まる。

 ルアンさんが自分の肩に軽く手を置いて安心させるように頷き、ローさんは終始何を考えているか分からない無表情で、周囲を見回していた。

 初めてきた場所だから珍しいのだろうか?


 マテオさんが事前に話を通していたのか中にはあっさりと通された。

 既に父と兄は中の一室――応接間で待っているとの事。

 向かう途中で待っていたマテオさんと合流して奥へ。

 

 見た所、危害を加えられた様子もなく、いつもの通りだったがその表情には不安がはっきりと浮かんでいた。

 自分は安心させるように笑みを浮かべた後、小さく頷く。

 他の護衛は近くで待機させ、案内の者を先頭にマテオさんを加えたローさん、ルアンさんの五人で応接間へと入る。

 

 中には高級な調度品に上等な椅子。

 そこに腰掛けているのは父と兄だ。 その後ろには護衛の傭兵が数名。

 父は実務の大部分を兄に任せているので最近は表に出てこない。


 最近は歳のせいで体が弱って来ているのか随分とやせてしまっている。

 反面、兄は精力的に業務をこなしているお陰か随分と逞しい体付きになっていた。

 以前見た時よりも筋肉が付いており薄手の服がはち切れんばかりに膨らんでいる。


 入室した自分を見て、父はやや感心したような表情を、兄は驚いたように僅かに目を見開く。

 

 「久しぶりだなドゥリスコス。 無事で嬉しいぞ」

 「お久しぶりです。 兄さん」


 白々しさすら感じる兄の言葉に自分も同様に返す。

 父は無言。 自分は目で座ってもと問いかけると兄は鷹揚に頷く。

 許可が出たので二人の対面に座る。 ルアンさん達は座らずに自分の後ろに着く。


 「……再会を喜びたい所ですが、お二人にどうしても伺いたい事があります」

 「あぁ、山賊・・の件だろう?」

  

 遠回しに切り出そうとしたが遮るように兄は本題を持ち出してきた。

 

 「災難だったなと言いたい所だが、ここまで来たって事は襲って来た連中の素性もある程度の見当がついてるんだろう?」

 「……では、やはりあれは兄さんが差し向けたのですか?」

 「あぁ、お前には悪いと思ったが、やむを得ずにな。 それで? 襲って来た連中はどうした? お前の事だから捕らえたんだろう? 適正価格で買い取るから解放を――」

 「いえ、彼等は死にました」

 

 自分が彼等の末路を端的に述べると兄は意外そうに驚く。


 「ほぅ、殺してしまうとは思わなかったぞ。 連中には少し脅かすだけにしろと命じたのだがな。 返り討ちにするにしてもやりすぎじゃないのか?」

 

 微かに鼻を鳴らす音が後ろで聞こえた。 

 恐らくローさんだろう。 横目で見るとルアンさんも小さく顔をしかめていた。

 兄の言葉は余りにも説得力に欠ける。

 

 実際、自分の前に現れた者達はとてもじゃないが脅かすだけで済ませるような雰囲気ではなかった。

 家族だからこそ信じたいが、逆に家族だからこそ分かる事もある。

 兄は……自分を殺そうとした。 その確信が深く胸を抉るが、今は悲嘆にくれる場じゃない。


 「やったのはルアン……ではないな。 そっちの冒険者か」


 兄の視線はローさんへと向かう。

 彼は視線を受けても特に反応せずに、無言で見つめ返すだけだった。

 

 「ほう、度胸もありそうだな。 連中を返り討ちにしたって事はそこそこ腕も立つんだろう? そこの腑抜けにいくらで雇われた? 倍払うから俺に付かんか?」

 「悪いが依頼の途中だ。 そう言った話は依頼が終わって、手が空いてからにしてくれ」


 兄の誘いにローさんはつまらなさそうにそれだけ言って黙り込む。

 

 「面白い。 この場で俺にそんな口の利き方をした奴はお前が初めてだ。 気に入ったぞ。 三倍だ。 それで依頼を放棄しろ」

 「しつこいな。 何度も言わせないでくれないか? 終わってからだ」

 

 兄は面白いと言いたげに口の端を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべる。

 

 「……まぁいい。ドゥリスコス 、話を戻すぞ。 聞きたいのはお前を襲わせた理由だろう?」


 ローさんから視線を切ると兄はこちらに視線を戻す。


 「お前には悪いと思うが、口実が必要でな。 分かり易く言うのならその為の切っ掛け作りだ」

 

 ……口実と切っ掛け……と言う事はまさか本当に……。


 「本当にサンティアゴ商会と事を構えるつもりですか!?」

 「あぁ、その通りだ。 この事は向こうも承知済みだ。 こうやってお互いに大義名分を用意しないと表だって戦り合えないからな」

 

 何を言っているのか一瞬理解できなかったが、ややあって兄の言葉の意味が頭に染み込んでいく。

 つまり自分を殺すだけでなく、死んだ後の事もお互いに話が付いていた?

 理解はできたがこれはどう受け止めればいいのだろうか。 衝撃が大きく、上手く物を考えられない。

 

 「な、何を考えているのですか!? そんな事をして何の得が……」


 それでも反射的に疑問の言葉が口から出るのだから不思議だ。


 「あるからこうして面倒な手順を踏んだんだ」


 兄がおいと声をかけると後ろの護衛が何か筒状の物を手渡す。

 受け取った物を目の前の応接机に置く。

 

 ……これは?


 変わった道具だった。

 先端が筒状になっており材質は恐らく鉄、中心部分から広がって一部部品に木材を使っているのは軽量化の為か? 形状から用途を想像。

 数瞬の間をおいて出た結論は、これは恐らく何かを射出する為の道具だと考えられる。

 

 「銃杖ガン・ロッド、先行量産型「ヤークト」。 アラブロストルの魔導研究所が開発した全く新しい武器だ。 こいつは強力ではあるがまだ生まれたばかりで実戦での運用についての蓄積が足りていない、つまり――」


 兄の答えは自分の想像を裏付けるものだった。

 その口調は自信に満ち溢れており、目の前の品に並々ならぬ感情を抱いているのが分かる。

 反面、自分の心はどんどん冷えて行くのを感じる。 胸中の熱がどこかへ抜けて行く感覚だ。


 「――つまり、これの販売権をかけてサンティアゴと戦うと言う事ですか」


 そして冷えた頭は冷静に事実から導き出した答えを紡ぎ出す。

 自分だって商売人の端くれだ。 ここまで情報を与えられれば見当がつく。

 恐らく向こうにも同じ話が行っているのだろう。


 博打ではあるが誰に取っても旨みのある話だ。

 サンティアゴ、エマルエルの両商会には新兵器の優先販売権とやり過ぎてうっかり相手を殺してしまえば、お互いの縄張りが丸ごと手に入るという特典まで付く。

 持ち掛けたであろう国側も武器の運用に関しての情報という名の利益を得るのだろう。


 自分はお互いがお互いを攻める為の都合のいい大義名分と言う事か。

 そうだろう。 自分は他所の縄張りに入って商売を行っていたのだ。

 サンティアゴ側はそれを理由にエマルエル側は、身内である自分を殺された事実を持ち出すつもりだったのだろう。

 

 こうしてお互いの意見は平行線をたどり、戦いへと繋がる。


 ……お互いが示し合わせて作った台本に沿って。

 

 「は、はは……」


 笑うしかなかった。

 何だそれは。 自分はそんな茶番に巻き込まれたのか?

 そんな理由で殺されかけたというのか?


 信じられなかった。 信じたくなかった。

 自分は半ば縋るような思いで父を見やるが、返って来たのは不快が混ざった視線のみ。

 それで察してしまった。


 本当に二人は自分を商売の種として切り捨てようとしたというのが。

 

 「ふん、中々の察しの良さだ。 サンティアゴ商会の連中を片付けられれば十一区が手に入り、我が商会の版図が大きく広がる。 これはまたとない好機だ」

 「……そう簡単にいくと思うのですか? その銃杖の運用試験の為の抗争だとしたら、向こうにも同等の装備が支給されているはずです」


 条件は同等で確実に勝てる保証がない以上、危険な賭けでしかない。

 自分の懸念を兄は鼻で笑い飛ばす。


 「お前程度が考えつく事を俺が理解していない訳がないだろうが」


 兄はそう言うと机の上に更に何かを置く。

 見た所、腕輪――魔石が嵌まっている所を見ると魔法道具だろう。

 

 「……これは?」

 「裏で手を回して手に入れた魔法道具だ。 <照準エイミング>という魔法が付与されている」

  

 兄は銃杖を構える。


 「この武器には致命的と言って良い程の欠点がある。 それは命中精度だ。 普通に撃ってもさっぱり当たらん」


 次に腕輪を嵌めて起動。 目の前の空間が歪む。

 その空間の歪みに銅貨を弾く。

 歪みを通り過ぎた銅貨は空中を旋回して兄の手元に戻って来る。


 察するにあの魔法道具は生み出した歪みを通った物の軌道を操ると言った所か。

 そうだとすれば銃杖の欠点はあってないような物だ。

 

 「ご覧の通りだ。 こいつは試作品で数が殆どない代物でな。 使える物はこちらで買い占めた。 つまり、連中はいちいち狙わなければならないがこちらは一方的に必中となる」

 

 兄は不敵な笑みを浮かべると魔法を解除して腕輪を置く。

 

 「これが俺達の勝算だ。 当然、買い占めた上、工房の連中には大金を積んで口止めもしておいた。 連中はこの腕輪の存在すら知らんだろうな」


 そう言って馬鹿みたいに笑う兄を尻目に自分は置かれた腕輪を凝視する。

 確かにこれがあれば一方的に攻撃が出来るのだろう。

 やや興奮気味の兄に対して自分の心は酷く冷めていた。


 捨て駒扱いした自分に対して何事もなかったように接する。

 その心の内が全く理解できなかった。

 尚も勝算を並べ立てる兄の言葉を聞きながら自分は分からなくなっていた。


 家族とどう接すればいいのか。

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