第354話 「冷怒」

 隠し通路の出口は教団の保有する押収品などの保管庫だった。

 先行したエルマン聖堂騎士のお陰で人が居ないのは確認済みだ。

 警戒しつつ外へ出る。


 王都の様子は相変わらずだ。

 あちこちから悲鳴や怒号、何かが壊れるような音が響き渡る。

 

 「アス君。 連絡は?」

 「さっき試したけど応答がない。 多分、戦闘中で余裕がないんじゃないかな」


 後ろの二人の会話を聞きながら王城に視線を向け――目を見開く。

 王城の上部から無数の紅の閃光が飛び出したからだ。

 

 「おいおい、何だよ今のは……」

 「やっぱりローの仕業かぁ。 梓、見覚えある?」

 「えぇ、あの時のと同じよ」


 他も見ていたようで口々に驚きの言葉を呟く。

 

 「うーん。 これは多分、間に合わないかなぁ……」

 「察するにあんた等の仲間の仕業か?」

 「多分ね。 そんな事より、光が飛び出した位置から察すると相当上だね。 これは今から行っても間に合わないかも……」


 エルマン聖堂騎士の質問に応えたアスピザルの表情はあまり明るくない。

 

 「……確かに、あの位置だと玉座の間はそう遠くないだろうよ。 どうするんだ?」

 「取りあえず、向かうだけ向かって道中に連絡が取れないかやってみるよ。 上手い事やれば枢機卿を生かして捕らえてくれるかも……」


 アスピザルはさっきので消し飛んでなければだけどと付け加える。


 「おいおい、その口調だと望み薄に聞えるが?」

 「ははは……あんまり期待はしないでね」


 渇いた笑みを浮かべるアスピザルにエルマン聖堂騎士はややあきれ顔だ。

 

 「じゃあ行こう――」

 

 アスピザルがそう言うと同時に背後の扉が破壊され戦槌を振り上げたトウドウ聖堂騎士が飛び出してきた。

 背後からと言う事は追って来たと言う事だろう。

 面頬越しでも分かる程、視線は怒りに満ち満ちていた。


 「お前らあああああああああああああああああ!!!」


 標的は最も手近に居たアスピザル。

 迎撃しようとしたが、間に合わない。


 「アス君!」


 アズサが咄嗟にアスピザルを突き飛ばし割って入る。

 

 「どけええええええええ!」


 渾身と言って良い一撃がアズサの脇腹に突き刺さり、ボキボキと嫌な音を立てる。

 次の瞬間には彼女は派手に血を吐いて石畳を転がった。

 

 「何故! 何でだ! 何でジネヴラを殺したぁ!!」


 トウドウ聖堂騎士は怒りに任せて追撃を繰り出そうとしたが、エルマン聖堂騎士の短槍が飛んできてその肩口に突き刺さる。

 私も長剣で斬撃を繰り出す。 胴体を斜めに切り裂いたが傷を与えただけで両断はできなかった。


 苦痛など意にも介さないトウドウ聖堂騎士は武器の戦槌を握り潰さんばかりに力を込め、その視線は憤怒を通り越して殺意にまで昇華されていた。


 「許さない……許さないぞお前らああああ!」 


 同時にゴキリと嫌な音がしてトウドウ聖堂騎士の体が巨大化していく。

 

 「おいおい、どうなってるんだありゃぁ……」


 いつの間にか手元に投擲した短槍を戻したエルマン聖堂騎士が呟く。

 ミナミ聖堂騎士が使っていた異邦人の切り札か。 

 爆発的に戦闘力を高め、姿すら変貌させる異形の力。


 手強いのは間違いないだろう。 

 加えて、こちらは今までの戦いで疲労困憊。

 厳しい戦いになるのは目に見え――


 「………ねぇ。 何をしてくれてるの?」


 ――その底冷えする声で私の思考は一瞬停止した。

 

 それはエルマン聖堂騎士も同様で、やや顔を引き攣らせながらそちらへと視線を向ける。

 声の主はアスピザルだ。

 さっきまでの飄々とした口調は鳴りを潜め、感情が抜け去ったかのように平坦な声だった。


 トウドウ聖堂騎士ですら一瞬、怒りを忘れるほどその声は冷ややかだったが、すぐに再燃。

 

 「それはこっちのセリフだ! ジネヴラを……あんなに良い子を殺したお前等を俺は許さない!」

 「怒りはごもっともだけど、その枢機卿が裏で何をしているのか君は知っているのかな?」


 アスピザルは冷え切った視線と無表情で淡々とした口調で返す。


 「……な、何の話だ!?」


 言い返すトウドウ聖堂騎士の口調にはやや困惑が混ざっていたが、怒りが勝っているのか今にも殴りかからんとしていた。

 それを聞いたアスピザルの視線から完全に熱が消え失せる。

  

 「あぁ、もういい分かった。 重さどころか厚みもない。 お前・・には会話する価値すらない」


 瞬間、アスピザルの背に何か透明な物の輪郭が現れる。

 

 ……あれは……?


 「どうせ行っても間に合わないし、お前死ねよ『冷にして乾なゴーブ・る北の地王ツァフォン』」


 同時にトウドウ聖堂騎士の足元から樹木の様な物が噴出。

 その体を一瞬で絡め取る。

 

 「な、クソッ! こんな物で俺は――が、あぐ……」

 

 引き千切ろうとしていたが次々と生えて来る樹木は即座にその体を絡め取る。

 ギチギチと嫌な音を立てて彼の関節が軋みを上げた。

 金属が石畳を打つ音がした。 手から離れた戦槌が地面に落ちた音だ。


 その間にも次々と樹木は彼の体に巻き付きその動きを絡め取り、最後には姿すら覆い隠した。

 だが、まだまだ地面から石畳を突き破って噴出する樹木は止まらない。

 中からバキリと籠った音が複数耳に入る。 


 「――。 ――――!」


 何か叫び声らしき物が聞こえるが、聞き取れない。

 最後に一際、大きな何かが砕ける音がして樹木の内部が沈黙。

 同時に樹木の噴出は止まったが塊は成長を続け、その場で巨大な樹となり葉を付けた。


 「……ふ、う……。 しまったな。 腹が立ったから思わず使っちゃったよ」


 アスピザルはそう呟くと思わずと感じでその場に膝を付く。

 その表情には疲労の色が濃い。

 

 「ごめん。 悪いんだけどどっちか治療系の魔法って使えたりしないかな? 今度、何かの形でお礼をするから手当てしてあげてくれない?」

 「……チッ、しょうがねえな……」

 

 エルマン聖堂騎士が小さく舌打ちしてアズサへ駆け寄り魔法で傷の治療を開始した。

 その間にアスピザルは魔石を取り出してどこかと連絡を取ろうとしていたが魔石に反応がない。

 

 「あぁ、これは向こうの魔石に何かあった感じかぁ……」


 溜息を吐いて懐に戻す。


 「お姉さん。 本当に申し訳ないけど枢機卿は諦めて貰ってもいいかな?」

 「それはどうにもならないと取っても?」

 「うん。 もう、僕じゃ止められないし、もしかしたらもう終わっているのかもしれない」

 

 ……もう、行った所で間に合わないと言う事か。


 「お姉さんの自白に拘る気持ちは分からなくはないけど、さっきの施設を押さえた以上、不正を暴くという点ではどうにかなると思う」


 それは良く分かっている。

 アレを見せ、実験の中身を公開すればこの国のグノーシス教団は終わりだ。

 少なくともかなりの数の信徒が信仰を捨てる事になるだろう。

 

 下手をすれば暴動にすら発展する可能性もある。

 多数の幸福を考えるのなら明かさないのが、正しいのかもしれない。

 だけど――


 イヴォンの笑顔を思い出す。

 あの時、私はゲリーべで彼女を救って見せると誓ったのだ。

 その気持ちに嘘はないし、嘘にする気もない。


 ならばやる事は決まっている。 

 グノーシスの不正を明るみに出し、間違いを正す。

 そしてイヴォンが気兼ねなく外を歩けるようにする。


 「……分かりました。 枢機卿は諦め、まずはこの場から引き上げましょう」

 「俺もそれに賛成だ。 あっちの異邦人を休ませてやる必要があるしな」

 

 処置を終えたエルマン聖堂騎士が表情に疲労を張り付け、こちらに戻って来る。


 「危なかったが一応、峠は越えた。 腹ん中ぐちゃぐちゃだったが、持ち直すとは異邦人ってのは頑丈だな。 普通なら即死だったぞ」

 「ありがとう。 梓を助けてくれて」

 「礼は要らん。 ただ、こっちの質問に答えて貰うぞ」


 その眼光は鋭い。

 アスピザルは観念したかのように頷く。


 「……僕で答えられる範囲なら」

 「ムスリム霊山での事だ。 結局、あの襲撃は何だったんだ?」

 「……質問の意図が分からないな。 敵対組織に攻撃する以上の理由が必要?」

 「あぁ、必要だ。 まぁ、その理由でも納得はできなくもないが、それがお前達ダーザインの意向であったならな」


 ……あの襲撃がダーザインの意向ではない?


 別組織の手によるものだと?

 彼は前首領の影響が強い時期と言っていたが……まさか、テュケの差し金?


 「正直、あの一件は腑に落ちない点が多い。 あぁなったマルスランの件は勿論、俺が一番気になるのはあれが誰の仕切りだったかだ」

 

 アスピザルは無言――というよりは返答に困ると言った表情を浮かべる。

 

 「………言えない事は多いけど、答えられる範囲で答えるよ。 まずはマルスランって人の事は知ってるけど、どうしてああなったかは知らない。 僕が顔を合わせた時は既にああなっていた。 もう一つの質問だけど、あの戦いに関しての目的は言えないけど仕切りは僕達じゃないとだけ言っておくよ」

 

 言い回しが妙に引っかかる。

 恐らく嘘は付いていないのだろうが肝心の部分は言えないと強調している点だ。

 もしや、誰かに口止めされている?


 エルマン聖堂騎士はそれを聞くと無表情になった。

 

 「そう……か、充分だ。 良く分かった。 最後に聞かせてくれ、そいつらはそんなに危ない連中なのか?」

 「敢えて質問の意図は聞かないけど、僕は命が惜しいとだけ答えておくよ」


 エルマン聖堂騎士は少し瞠目した後、分かったとだけ呟く。


 「なら、組むのはこれまでだな。 あっちの異邦人を適当な所に隠す所までは手を貸してやる。 後はお互い好きにするとしよう」

 「そうだね。 二人ともありがとう。 縁があったらまたよろしく」

 

 彼等と手を組んだのは目的を達成する為だ。

 それが叶わない以上はこうなるのが当然の流れだろう。

 全員でアズサを近くの建物に運んだ後、アスピザル達と別れる事となった。


 手を組むのも唐突だったが、別れもまた同様に唐突だった。

 ダーザイン。 今までは敵としか認識していなかったが……彼等もまた人か。

 少なくとも対話はできそうではあった。

 

 世界は敵と味方のみではない。

 何故かそんな考えが脳裏を過ぎった。


 「……それで、これからどうするよお嬢さん」


 二人になった所でエルマン聖堂騎士が方針を訊ねて来る。

 考えるまでもない。 教団の悪事に関する動かぬ証拠を得た以上、騒ぎが収まるまでは自分の目的を優先する。


 「一度家に戻って、イヴォンの様子を見に行きます」


 彼女は現在、エルマン聖堂騎士の家にある地下室に隠れている。

 大丈夫だとは思うが心配なので一度様子を見に行っておきたい。

 

 「分かった。 魔物の駆除は騎士団や他の連中に任せればいい。 数も多いし手強いのは確かだろうが、ここは王都、常駐戦力は国内随一だ。 時間はかかるが鎮圧はされるだろう」


 エルマン聖堂騎士は「俺達の出る幕じゃないだろう」と付け足して、先を歩きだした。

 私もそれに続く。

 まだ、王都の騒ぎは収束していない。 本当に忙しくなるのはこれからだ。 

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