第340話 「狩場」
「な、何者か!」
うるさいな。
追加で階段を一つ登り切り、上層に辿り着いた俺を近衛騎士共が出迎えてくれた。
鬱陶しかったので<榴弾>を叩き込んで黙らせる。
それでも数人が突破して斬り込んでくる辺り全体的に質が高い。
技量だけを見るなら聖殿騎士の上位から、物によっては聖堂騎士の水準に届きそうな奴も居るには居た。
だが、特殊な装備を身に着けている訳ではないのであちらと比べると脅威度と言う点では数段見劣りする。
……それにしても……。
変わった構造だ。
分かれ道の類がほとんどない。
基本的に一本道となっており、上を目指すのが簡単ではあるが…。
城って奴はどこもこんな感じなのか?
そこまで深い知識を持っている訳ではないので今一つ分からんが、少し引っかかるな。
まぁ、平時であるのならルートが限定されているのでもっと分厚い防衛態勢を敷けるんだろうが今回は外が祭りである事に加えて陽動が効いている。
ある程度はすんなり通れるとは思っていたが、随分と楽に来れた。 楽すぎる位に。
まさか誘い込まれている? ふとそんな可能性が脳裏を過ぎった。
どうだろうか。 正直、考え難い。
下には聖堂騎士が四人もいたし防衛に手を抜いているといった感じはしなかったが、あっさり通れた事を考えるとどうにも妙な感じがする。
王城は国の中枢だ。 様々な要因があったとは言え、ここまで侵入を許す物なのだろうか?
……考えても仕方がないか。
俺は向かって来る近衛騎士共を回復したザ・コアで薙ぎ払いながら思考を放り投げる。
仮に罠だったとしても行かないという選択肢はない。
どちらかと言えば行くしかないというのが本当の所だが――。
不意に正面を塞ぐように巨大な壁が現れる。 恐らくは魔法で作った代物だろう。
鬱陶しいと破壊しようとしたが、咄嗟にサイドステップ。
手近にあった扉を開けて中へ。
入った先は――ダンスホールって奴か?
妙に高い天井に数部屋分をぶち抜いたとしか思えない広さ。
内装がやたらと凝っている点を踏まえるとそんな所だろう。
テーブル等、家具の類は全くない。
どうやら事前に片づけられているようだ。
人はいない。 完全に無人だ。
――後ろから仕掛けて来た奴を除いて。
耳障りな羽音に派手な配色。
間に合わなかったのか専用装備は身に着けていない。
それとも信用されてないから支給されなかったのか?
「はぁ……。 来たのアスピザル君じゃなくてアンタぁ? 萎えるわー」
ダーザインからテュケに鞍替えした蜂女だ。
やはりここに居たのか。 部屋の様子を見る限り、誘い込まれたと考えていいだろう。
確かに天井も高いし広い。 あの女の機動力を充分に活かせる空間だ。
それにしても有利な空間に誘い込むだけとは意外とお優しいじゃないか。
俺が逆の立場だったら加々良達を囮にして奇襲を仕掛けるな。
「なーんか顔とか武器が違うけど魔法で誤魔化してるんでしょ?」
「……お友達の蜻蛉女はどうした?」
正直、会話するのが苦痛な相手だが、気になるので軽口を無視して一応は質問をぶつけてみた。
……まぁ、まともな返答は期待していないがな。
「さーあ? どうだったかなぁ。 教会かな? それとも国の外かなー?」
俺が内心であぁこいつ駄目だなと思っていると蜂女は小さく噴き出す。
「ぷっぷー。 教える訳ないじゃない。 バッカじゃないのー? あれー? 答えて貰えるとか期待しちゃったぁ?」
……知ってたよ。
まともに会話する気がないのははっきりしたし殺そう。 目障りだしさっさと消えろ。
百足達が襲いかかるがあっさりと飛んで躱される。
「はっ! っせーんだよこのカスが!」
急上昇と同時に旋回。 やはり速いな。
ザ・コアで捉えるのは難しいか。
まぁ、一回見ているから対策は練っている。
<重圧>を起動。 範囲は周囲十メートル程度でいいか。
効果が出るまで七秒。 暇な時に練習して、だいぶ縮んだのだが七秒は長いな。
「そらよ!」
背後から針で突き刺そうとしていたので迎撃しようとしたが、ザ・コアの攻撃を余裕をもって躱してこちらの懐に入って来る。
突っ込んで来た勢いそのままに針が腹に突き刺さった。
何か流し込まれているのを感じたが無視。
掴もうとしたが顔面を蹴られ、その反動を利用して距離を取られる。
――がちょっと遅かったな。
起動。
「な、が……」
離れようとした蜂女はべしゃりと地面に張り付く。
……何と言うか某害虫駆除用品に引っかかった虫みたいな有様だな。
まぁ、害虫と言った点は間違いないか。
「なにこれ、重っ……」
蜂女は必死に羽を振るわせて立ち上がる。
流石に飛べはしないようだが、立ち上がるとは大した物だ。
だが、動きが止まった時点でお前は敵でも何でもない。
羽が千切れ飛んで再度地面に張り付く。
「この、ざっけんな! てめえ、これを解除しろ! ぶっ殺すぞ!」
威勢だけは良いなこの害虫女は。
キイキイうるさいし例の解放を使われても面倒だ。
さっさと始末するか。
頭を踏みつぶそうと足を上げ――
「――やっと隙を見せたか」
――たと同時に全身に無数の鎖が巻き付く。 触れた感じ材質は石か何かか?
鬱陶しいので魔法で外そうとするが……使えない?
あぁ、鎖に魔法の発動を阻害する能力でもあるのか。
ならばと腕力で引き千切ろうとしたが鎖に力がかかり体が引っ張られる。
踏ん張って逆に引こうとしたが片足が上がった状態でそれは難しく、俺は部屋の中心辺りまで引っ張られた。
そこでようやく拘束して来た相手に視線を向ける事が出来た。
近衛騎士が四、五十とローブを付けた魔法使いが同数、俺を拘束しているのはこの連中か。
それに混ざる形で聖殿騎士が二十と聖堂騎士らしき奴が一人と毛色が違うのが二人。
最後にその連中を率いているのが――。
「一人相手にここまでやるのは些か過剰ではないかとも思ったが、手薄になっているとは言えここまで来れると言う事は適切な準備だったと言う訳だ」
軍服のような見た目の仕立ての良い服を着た灰色の髪をした女。
起伏がはっきりした体つきに結い上げた髪、表情は自信に満ち溢れている。
初見ではあるが顔は良く知っていた。
アメリア・ヴィルヴェ・カステヘルミ。
この国の宰相。 そして今回の標的だ。
逃げ回っているかこそこそ隠れているかと思ったがわざわざ出て来てくれるとは探す手間が省けた。
腰には何故か鎖で縛られたやや大振りの剣を佩いている。
それ以外に武装はなしか。
他に気になる事と言えば左右に連れている連中で、片方は初老に差し掛かった男。
白い法衣を身に着けている所を見るとグノーシスの高位神官と言った所か?
手には杖、法衣の意匠は今まで見た中で五指に入るほど見事な物だった。
教団上層部の人間には間違いないのだろうが……まさかとは思うが枢機卿?
……それは少し都合が良すぎるか。
それ以上に気になるのが残りの一人だ。
歳は十代半ばで少女と言って良い見た目に床に届くぐらい長い髪。
服装はゆったりとしたローブ。 随分と場違いなので妙に目を引く見た目だ。
娘はぼんやりとした視線で俺を見ている。
標的が現れた事も驚きだが――。
「驚いた。 どうやって現れた?」
疑問を声にする。
どう見てもさっきまで無人だったからだ。
魔法で隠れていればこれだけの人数だ。 流石に気付くと思うのだが……。
アメリアはやや気取った仕草で肩を竦める。
「最近、研究中の転移魔法だ。 もっとも、まだ実用段階に達していないから隣の部屋から移動するのが限界だがな」
なるほど、良く分かった。
疑問は解けたし、さっさと始末しようか。
鎖を引き千切ろうと力を込める。
「この人数の拘束に抗うとは流石だ。 やはり君は興味深いな」
アメリアは興味深いといった表情で俺を見た後、小さく振り返る。
「アーヴァ。 やりなさい」
そして連れて来た娘に呟くようにそう命じた。
隣の娘――アーヴァが前に出て、俺に向けて両手を翳す。
その目が僅かに細まり――
「<
――瞬間。
俺を拘束している鎖が砕け散り、全身の動きが完全に封じられた。
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