第297話 「仕事」

 こんにちは。 梼原 有鹿です。

 わたしは今、オラトリアムという所にいます。

 色々ありましたが元気にやっています。


 「よいしょぉ!」


 力を込めて畑に埋まっている芋を根っこから引き摺り出す。

 連なった芋が次々と地中から顔を出した。

 同時に近くで待機していたゴブリンさん達が鎌で芋を切り落として籠に入れて行く。


 それを見ていると腰の辺りを小さく叩かれる。

 視線を下げるとゴブリンさんが水筒をわたしに差し出しています。


 「ありがとう」

 「オマエのオカゲ。 タスカル、いまは休め」


 わたしはその言葉に甘えて少し離れた所に座って作業を眺める事にしました。

 水筒に入った水で喉を潤す。 果汁が入っているのか仄かに甘い。 美味しい。

 ここは芋などの地中に埋めて育てる野菜の収穫を行っているエリアで、さっきから手当たり次第にわたしが引き抜いた芋をゴブリンさん達が収穫しています。


 最初は戸惑ったけど、彼等は人間の言葉を話せるので一緒に働くうちにそれなりに仲良くなりました。

 特に力のいる作業ではわたしは頼りになるらしく、随分と喜ばれたのは記憶に新しい。

 その後もゴブリンさん達に何かと頼られるので悪い気はせず、むしろ作業に対するモチベーションアップに繋がったのでお互いにとって良かった。


 不意にカンカンという鐘を叩くような音が少し離れた所から聞こえて来る。

 それを聞いた瞬間、その場にいた全員が作業を放り出して音の方へ向かいました。

 音の源はオークさんが引いている荷車で備え付けられた小さめの鐘から聞こえてきます。


 あれは何かというと――。

 

 「ナラベ。 ヒルのじかんダ」


 お弁当の配給です。

 ゴブリンさん達は大喜びで荷車に群がりますが、弁当を奪うような事はせずに行儀よく並びます。

 数人のオークさんが弁当箱と水筒を配り、逆に空になった水筒を回収。


 わたしもお弁当を貰い食べます。

 肉や野菜がバランス良く配置されたお弁当はとても美味しく、疲れた体に染み渡ります。

 最後にデザートの果物を頂き食事終了。 ごちそうさまでした。


 食事を終えたゴブリンさん達は弁当箱を荷車に戻して雑談したり、その場で横になったりしています。

 わたしも時間が空いたのでぼんやりと空を眺めました。

 

 あれから畑で収穫作業を手伝うようにと言われた時は失敗しないようにと必死だったけど、単純作業なので慣れれば気楽でした。 人間? 関係もそれなりに良好だし今の所は大丈夫。

 でも油断はしないようにしよう。


 あのローと言う人がここで一番偉い以上、印象が悪くなれば冗談抜きで殺されるかもしれない。

 そう考えると体が震える。

 会ったのは一度だけどあの人は怖いから出来ればもう二度と会いたくない。


 ファティマさんの話を信じるのなら結果を出し続ければ、生活の心配はないと言う事だしがんばろう。

 再び鐘を打ち鳴らす音で我に返った。

 そろそろ休憩も終わりだしがんばろう。


 わたし達の一日は基本的に決まった手順をなぞるルーチンワークだ。

 起床、朝礼、作業、昼食、作業、交代、報告となる。

 畑の広さに対して作業員の数が少ないので、朝礼時と交代の際の引継ぎ時に何を収穫するかを決めてからの作業で需要に合わせて行うらしいです。


 それだけなら凄いなって思うだけで終わるけど、何より驚いたのは皆のやる気だ。

 ゴブリンさんもオークさんも皆、凄くまじめに作業をしている。

 集団で何かをする時は大抵、サボる人が出るんだけど…。


 まともに就職した事がないわたしでも分かる。

 学校でもどこでも人が多い所では必ずそう言う人が出るんだけどここでは見た事がない。

 少し前に仲良くなったゴブリンさんに疑問をぶつけたら彼は身を震わせて教えてくれた。


 そもそもここのゴブリンやオーク、トロールの部族は以前にローと言う人と戦って負けた後、配下になった経緯があり、当初は不満を持つ人が多かったらしい。

 その人達がどうなったかと言うと……。


 答えは「穴に落とされた」らしい。

 畑の近くにはいくつかのゴミなどを処分する井戸に似た穴がある。

 それをゴブリンさん達は穴と呼んでいるのだ。


 落ちたら二度と上がって来れない実質の死刑で、秩序や決まりを無視する者は容赦なく穴に放り込まれたらしい。

 抵抗した人も居るには居たけど、訓練場でよく見るシュリガーラと呼ばれている狼男みたいな人達に皆殺しにされたそうだ。


 彼等は信じられないほど強くて、ある意味ゴブリンさん達からすれば恐怖の対象となっているようだった。 訓練の時、一緒になる事があるけど、何と言うか動きのキレが違ったなぁ……。

 確かにごみを捨てている大きな穴は見た事がある。

 生活で出るごみだけじゃなくて排泄物もそこに放り込んでいるけど――中はどうなっているんだろう?


 気にはなるけど今は仕事を頑張らないと……。

 わたしは気持ちを切り替えて肩をぐるぐると回しながら仕事に戻った。



 

 「……ふう」


 打ち鳴らす鐘の音が聞こえる。 視線を上げると夕日が沈みかけているのが見えた。

 それを聞いて皆が嬉しげな声を上げて帰り支度を始める。

 わたしもそれに倣って作業を中断。 今日の作業量を確認して――うん、ノルマは達成している。


 報告などは代表のゴブリンさんがやってくれるので挨拶して他の皆と帰路に着く。

 畑を抜けて私に宛がわれた宿舎へ。

 歩いていると何かを打ち付ける音が聞こえた。


 なんとなくそちらに視線を向けると、緑色の鎧を着た人がハンマーで地面に杭を打って居るのが見える。

 その周りではドワーフさんが図面の様な物を見ながら鎧の人にあれこれと指示を出していた。

 

 ……あれ? あの緑の人って何だか色々な所で見るなぁ……。


 訓練所で走ったりしていたし、この前見た時はゴミを集めて捨てたりしていたような……。

 どういう役職の人なんだろう?

 気にはなったけど、なんだか怖そうだしスルーしよう。


 少し歩くと家が見えて来る。

 一昔前のアパートみたいな感じの建物が密集しており、間取りはほとんど同じらしい。

 基本的に一部屋だけで、数の多いゴブリンさんは数人、体の大きいオークさんは二人か三人で使っている。

 

 わたしは一人部屋で、ゴブリンさん達に羨ましがられる事もある好待遇だ。

 ただ、住んでいる部屋の近くは例のシュリガーラさん達が住んでいるので、多分だけど監視されているんだろうなと察した。


 自分に宛がわれた部屋に戻る。

 中はベッドと小さめのテーブルだけの寂しい部屋だけど、土の中に比べればだいぶましだ。

 ベッドで横になる。 晩御飯まで少しあるからちょっと寝よう。


 内心で明日の予定を確認。

 確か――一日訓練で作業はなしか。

 まだ本格的な戦闘訓練はやっていないけど気が重い。


 「……はぁ」


 溜息を吐いて目を閉じる。

 何だかんだで疲れていたようで、あっと言う間に眠りに落ちてしまった。

 



 翌日。

 私は訓練場の周りを走っていた。

 光る鎧を着けた人やシュリガーラさんやオーク、トロール等の色々な種類の人が一緒に走っています。

 

 基本的にわたしの訓練は走り込みや筋トレが多い。

 教官のトラストさん曰く、まずは体の動かし方に慣れろとの事。

 今一つ意味が分からなかったけど、痛い思いをしないからいいかと前向きに考える。


 走りながら訓練場の中を一瞥。

 実戦形式で二グループに別れて戦っている人達が見える。

 視線を移動させると、ゴブリンさん達が弓矢を使って訓練しているのが目に入った。


 木製の的に向けて射かけたり、数人が弓の構え方を話し合ったりしており、真剣に訓練に打ち込んでいるのが分かる。

 感心しつつ更に視線を移動させると、離れた位置に杖を持ったゴブリンさん達と昨日見た緑の人が居た。

 

 ……どこにでもいるなぁあの人。


 緑の人はどうやらゴブリンさん達に魔法を教えているようだった。

 地面に木の棒で何やら書いた後、手の平から火を出して「やってみろ」と促す。

 ゴブリンさん達は地面をじっと見た後、見様見真似と言った感じで魔法を使おうとしているのが見えた。

 

 本当にどういう役職の人なんだろう……。

 首を傾げながら走る事を止めない。

 この訓練は走るペースを維持する事も含まれているので余計な事をすると置いて行かれてしまう。


 トラストさん曰く、呼吸を意識しろとの事だけど――うーん。 よく分からない。

 走り終えると次は馬車が来るので荷の積み下ろしの手伝い。

 出荷する荷物を皆で馬車に積み込む。


 大事な商品だからそっとやれときつく言われているので急ぎつつも慎重に。

 ずらりと並んだ馬車と積み込む荷物の量を見るとこのオラトリアムの業務が軌道に乗っている事が良く分かる。


 これだけ売っているのだから相応の収益がある筈だ。

 改めてこの領の凄さが伝わって来る。

 同時にここで生活できるのなら安全が保障されると言う事も強く伝わって来た。


 ……頑張ろう。


 仕事を頑張ってこの平和な生活を勝ち取るんだ!

 わたしは気合を入れて作業に集中した。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る