第287話 「乱入」

 怒りは当然ある。

 だが、やるべき事をはき違えてはいけない。

 私が行うべき事は何だ? 二人の撃破?


 違う。 それは今やるべき事ではない。

 優先すべきは腕の中にいるイヴォンを守る事だ。

 幸いにも出口を背にしているのでこの場から離れる事は難しくない。


 二人が動く前に後ろに跳ぼうとしたが修道女サブリナが動く方が早かった。

 手に持った杖――確か錫杖と呼ばれている杖だった筈――を両手で構え、踏み込んで来る。

 速い。 瞬時に間合いに入られたが、咄嗟に浄化の剣で迎撃。


 一閃するが澄んだ音を立てて止められる。

 それを見て小さく目を見開いた。


 ……浄化の剣と鍔迫り合いが出来る?


 この剣は魔力を纏う事で大抵の物体は切断できる。

 今まで使って来て受けられたのは余り記憶にない。

 よく見ると刃の光が錫杖と接触している部分だけ消えている。


 恐らくあの錫杖は魔法や付与効果を打ち消す能力があるのだろう。

 だとしたら打ち合えている事にも納得がいく。

 蹴りを入れようとするが、修道女サブリナは小さく跳んで間合いの外へ。


 その隙にイヴォンを抱えたまま下がる。

 当然ながら修道女サブリナは即座に追撃に入り錫杖で突きを繰り出す。

 

 ……やり難い。

 

 彼女の戦い方は巧みだった。 こちらの嫌がる部分を的確について来る。

 錫杖は抱えているイヴォンを執拗に狙って来ていた。

 剣は右手、彼女は左手で保持しているので右側を前にした半身で攻撃を受け続けなければならない。

 

 加えて足元は急な階段。

 普段なら対処は難しくなかったが、光輝の鎧を失って身体能力強化に頼れない現状ではかなり厳しい。

 状況の全てが私の不利を訴える。 打倒は不可能。 冷静な部分が即座に結論を下す。


 イヴォンを下ろせばまだやりようはあるが、修道女サブリナはそれを許さないだろう。

 このまま防戦一方では遠くない内に削りきられる。

 やはり逃げるのが最善だ。 だが果たして逃げ切れるのだろうか?

 

 そんな弱気な考えが脳裏を過ぎるが黙れと一喝して気を引き締める。

 出来る出来ないは問題じゃない。 やるかやらないかだ。

 階段を上り切り、部屋まで戻って来た。


 机にあった物や、近くに積み上がった物を蹴り飛ばして崩し時間を稼ぐ。

 その隙に扉を浄化の剣で両断して外へ飛び出す。

 廊下を一気に駆け抜ける。


 背後に追ってくる気配を感じながら窓を蹴破って外へ飛び出し、着地と同時にはっと目を見開く。

 聖殿騎士が数名待ち構えていたからだ。


 彼等は無言で斬りかかって来る。

 完全に問答無用だ。

 恐らく、アラクラン聖堂騎士の仕業だろう。


 手回しが良い。

 イヴォンを抱えている所為で回避にかなり支障が出る。

 内心で歯噛みしつつ、剣に魔力を更に送り込む。


 強く発光した剣が斬りかかって来た者達の剣を半ばから断ち切り、刃を飛ばす。

 

 「……な!?」


 驚きの声を上げた聖殿騎士の胸の辺りを鎧ごと袈裟に切り裂いた後、蹴り飛ばして強引に突破。

 そのまま走って、門へ向かう。 下手に塀を越えると魔法道具が作動して騒ぎが大きくなるからだ。

 敵の数が少ない今なら――。

 

 「そこまでです」


 ――!?


 咄嗟に減速して足を止める。

 門の前には聖騎士や聖殿騎士に加えて、厄介な存在が居た。


 「クリステラ聖堂騎士? これは一体どういうことですか?」

 「……何を血迷っている?」


 薄紅色と黄緑色の全身鎧の聖堂騎士。

 前者がマネシア・リズ・エルンスト。

 後者がイフェアス・アル・ヴィング。


 直接会うのは初めてだが、お互いの事は知っていた。

 エルンスト聖堂騎士は数多の武具の扱いに秀でた技巧者で、ヴィング聖堂騎士は速度を活かした戦法を得意とすると聞く。


 両者とも聖堂騎士の称号を得た強者だ。

 彼等は鎧の面頬を上げており、その表情は困惑に彩られていた。


 ……不味い。

 

 修道女サブリナとアラクラン聖堂騎士だけでも厄介だというのにこの二人まで出て来るとは……。


 「諦めなさい。 今なら不問にする事もできますよ? 主は寛大ですからね」


 そんな事を言いながら、背後から悠々と聖騎士や聖殿騎士を引き連れて歩いて来る修道女サブリナとアラクラン聖堂騎士。


 ……追いつかれた。


 聖堂騎士が三人に聖騎士、聖殿騎士が多数。

 修道女サブリナも引退したとはいえ元聖堂騎士。


 あの動きを見る限り衰えていない。 まったく油断できない相手だ。

 対して装備がなく、イヴォンを抱えた私。

 経験が彼女を捨てなければ切り抜けるのは不可能と囁く。


 彼女を守りながらでも聖堂騎士が一人であるなら突破は可能。

 二人であるなら厳しいが、不可能ではない。

 だが、三人ならどうあがいても……。


 「……それにしても子供を攫うとは――聖騎士の風上にも置けぬその所業! 恥を知れクリステラ!」


 ヴィング聖堂騎士は私を指差し厳しく弾劾した。

 余裕がないので無視したが、内心では事情も知らずに勝手な事をと憤る。

 

 「待ちなさいイフェアス。 彼女にも何か事情があるのかもしれません。 クリステラ聖堂騎士。 その称号に恥じぬ行いを。 まずはその子をこちらに引き渡して下さい。 その後で、事情を話して頂けませんか? 無体な事はしないとお約束します」


 エルンスト聖堂騎士は憤りを隠さないヴィング聖堂騎士を窘めて私を真っ直ぐに見る。

 その眼差しに迷いはなく、純粋に私の身を案じているようにも見えた。


 ――だが。

 

 後ろで似たような表情をしている修道女サブリナを見た後だと、全く信用する事が出来ない。

 

 ……一体彼等はどこまでここの実態について知っている?


 少なくともアラクラン聖堂騎士は関わっている事は分かったが残りの二人は……。


 「エルンスト聖堂騎士。 貴女はここで行われている事についてどこまでご存じなのですか?」

 「ここで行われている事? 何の話ですか?」


 質問をぶつけると、エルンスト聖堂騎士が眉を顰める。 その表情には困惑が浮かんでいた。

 惚けているのかそうでないのかの判断が付かない。

 

 「マネシア! 背信者の妄言に付き合うな! クリステラ! つまらん戯言で俺達の気を逸らそうとしても無駄だ! 今のお前にできる事はその子を解放して大人しく縛に付く事だけだ。 分かったならすぐに……」

 「ち、違います! クリステラ様はわたしを助けて下さったのです! 来て下さらなければわたしは――」

 

 誤解を解こうとするイヴォンの言葉は――。


 「皆、見ましたか? あれこそがダーザインが用いる人心を惑わす術。 あんなに純粋だった彼女に心にもない事を口にさせる悪魔の業です」


 修道女サブリナの言葉で断ち切られた。


 「――なっ!?」


 驚く私を無視して彼女は続ける。


 「恐らく、クリステラも同様に何かされていたのでしょう……。 ここに来た時から彼女の様子はおかしかった。 悪魔の術中に嵌まるまいと抵抗していたようですが――どうやら誘惑に屈してしまったようですね」


 何を言っているのだこの人は。

 自分の事を棚に上げて、素知らぬ顔で嘘を垂れ流す。

 これが高潔なる神の僕を自称する修道女サブリナ?


 私は今までこんな人を救いの主と仰ぎ、尊敬し続け、恩返しをしなければと研鑽を積んで来たのか?

 何故、私は疑いもせずにあの人を信じていたのだろうか。 理解できない。

 もしかしたら恩師の豹変を前に、理解する事を拒んでいるのかもしれない。

 

 ……いや、それ以前に心のどこかでまだ信じたいという気持ちがあったのかもしれない。


 そんな事を考えて自嘲する。

 一体、どこに信じる余地があるというのだろう。

 

 ここは孤児院と銘打った牧場。

 優秀な子はグノーシスの将来を担う者として育て、そうでないものは里親に出すと偽り、実験に利用する。

 結局、ダーザインなどの邪教集団とやっている事は変わらない。

 ただ単に他と比べて隠すのが・・・・上手い・・・というだけだった話だ。


 「……はは」


 思わず笑みがこぼれる。 笑うしかなかった。 本当に馬鹿みたいだ。

 なんて愚か。 なんて滑稽。 なんて道化。

 聖堂騎士、聖なる者なんて持て囃されて得意げになっていただけの愚か者。


 それがクリステラ・アルベルティーヌ・マルグリットの正体。

 

 ――だが。


 だが、だが、だが。

 悲観するのはまだ早い。 ここで気付けたのだ。

 まだだ。 まだ、私はやり直せる。 真なる意味で、自分の意志で生きる事が出来る。


 その為に。

 腕の中にいるこの子を守り、ここを突破する。

 彼女から伝わるこの温もりこそが、今の私の確かな道標だ。


 「クリステラさま。 ごめ、ごめんなさい――わた、わたしの所為で…」 


 涙を流してしゃくりを上げながら謝罪するイヴォンに微笑んで見せる。

 貴女は泣く必要も謝る必要もないのだから。

 誰にだって、生きる権利はある筈だ。 それを行使して何が悪い。


 「大丈夫ですよイヴォン。 貴女の所為ではありません。 貴女のお陰・・です。 私はこうなった事を全く後悔していません。 だから、大丈夫です。 ここを切り抜けたら友達になりましょう?」

 

 イヴォンには感謝しかない。

 だから私は彼女の為に命を懸けて戦おう。

 たとえその代償にここに居る者達を皆殺しにする事になったとしても。


 私の殺気を感じたのかエルンスト、ヴィングの両聖堂騎士が兜の面頬を下ろして武器を構える。

 エルンストは戦槌、ヴィングは細身の剣を。

 やや遅れて周りも各々武器を構える。


 「……クリステラ聖堂騎士。 私には貴女が正気なのかそうでないかの判断は付きません。 ですが、貴女が本気だと言う事は分かりました。 残念です。 もっと早くお会いして話を聞きたかった」

 「聖堂騎士の面汚しが、貴様はここで処分する」


 修道女サブリナとアラクラン聖堂騎士は動く素振を見せない。

 高みの見物か。 ならやる気になっている二人を打ち破れば勝ちの目が見える。

 イヴォンをそっと下ろす。


 「待っていてください。 すぐに終わらせます」


 覚悟を決めて剣を構えた。 周囲を敵と認識し、斬り捨てる事を前提に対処する。

 気負いはない。 心は晴れやかだ。

 二人の聖堂騎士は一瞬、面頬越しに視線を交わし踏み出そうと――


 ――する前に轟音により動きを止めた。


 私を取り囲んでいた一角が爆発し聖騎士や聖殿騎士が人形の様に吹き飛ぶ。

 同時に人影のような物が空から落ちてきて巨大な何かを振るう。

 間合いに居た聖騎士達は武器に接触したと同時に鎧ごと血煙になった。

 

 謎の襲撃者はそのまま近くにいたエルンスト聖堂騎士に襲いかかるが、彼女も聖堂騎士、即座に反応。

 後ろに跳んで攻撃を躱す。

 混乱が収まり襲撃者の姿が――見えない?


 それは異様な姿だった。

 空間が人型に歪んで見えるだけで、姿が見えないのだ。

 恐らく何らかの魔法か魔法道具で隠しているのだろう。


 「な、何者だ!? もしや、クリステラの仲間――いや、操っている者か!?」


 ヴィング聖堂騎士が吼えるように言うが、襲撃者は周囲をぐるりと一瞥すると、何故か私の方で視線が止まる。

 何者だと凝視して――目を見開く。


 姿は見えない。

 だが、形は分かる。 瞬時に確信した。

 あの時、霊山に現れた化け物だ。


 ……どうしてここに……?

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