第273話 「冤罪」

 日は登っている筈なのに空は暗く光は闇に遮られ届いていない。

 状況は最悪に近い。

 僕――ハイディの周囲の空気も重く皆の気持ちも沈んでいる。

 

 何とか巨大な魔物を撃退したらしいけど代償は重かった。

 エイデンさんは危なかったそうだが魔法での治療で何とか持ち直したけど、意識を失ったままだ。

 聖騎士は大半が死亡。 残りは闇の浸食でまともに動けていない。


 聖殿騎士も同様にかなりの人数が死に、現在はリリーゼさんの指示の下で松明等の再設置を行っている。

 僕も手伝うべきなんだろうけど、疲労もあったけどとてもじゃないけど動こうという気力がわかなかった。

 理由は簡単。 ローだ。


 聞けば最終的に魔物を仕留めたのは彼だという。

 リリーゼさんの話だと凄まじい強さで、傷を負って弱っていたとはいえあの魔物を瞬く間に片付けてしまったらしい。


 目を覚ました後で見た散乱した魔物の物と思われる肉片がそれを物語っていた。

 何をやったらこんな有様になるのか理解できないが、正体不明の武器を振るってこの惨状を生み出したらしいのだけど……。


 気になるのはその後だ。

 彼は乱入して来たおじさんと関係があったらしく、彼を助けに現れた。

 その後、意識を失った僕に何かをして去って行ったらしい。

 

 僕は自分の体を確認する。

 傷が全くない。 無傷だ。

 防具の損傷具合から無傷と言う事はどう考えてもあり得ない。


 少なくとも意識を失う直前に感じた手応えから骨が砕けて臓器がいくつか潰れたはずなんだけど……。

 触れて確認するけど見た限り傷一つない。

 それどころか体が軽くて、調子がいい位だ。


 「隣、いい?」


 声をかけられたので振り返るとリリーゼさんが表情に疲労を滲ませて近づいて来る。

 僕が笑顔で頷くと隣に腰掛けた。


 「あ~~。 つっかれたわ」

 「すいません。 僕だけ先に休んじゃって……」

 「それは気にしてないし、気にしなくていい。 外様のあなたに頑張られすぎるとこっちの立つ瀬がないわ」


 そう言われて僕は苦笑。 彼女も同じように笑う。


 「正直、状況に頭が追いつかなくてどうにかなりそうよ。 いきなり魔物が湧いてきて、暗くなるわでっかい化け物に襲撃されるわで、もう寝台に飛び込んで眠ってしまいたいわー」

 「そうですね」


 僕には相槌ぐらいしか打てなかったけど、彼女はそれで満足らしく表情が少し明るくなっている。


 「取りあえずだけど、やれる事は一通り済んだから、後は皆を休ませてから外への対処ね」


 そう言うと重い息を吐く。


 「貴女には感謝してる。 手伝ってくれてありがとね。 でも、これ以上は大丈夫。 使った魔石や武器については値段を計上して後でグノーシスに請求してくれればいいから――」

 

 彼女の言いたい事は何となくだけど分かった。

 でも――。

 僕は黙って首を振る。


 「もう少しだけつき合わせてください」

 「でも――」

 「ならギルド経由で依頼を出して頂けませんか? お役に立てるとおもいますよ?」


 僕がそう言うとリリーゼさんは何とも言えない表情をした後、笑った。

 

 「ありがとう。 貴女が男だったらクラっといってたかもね」

 「それは光栄ですけど、気持ちだけ受け取っておきますよ」

 「じゃあ、報酬出すから元を取るぐらいはこき使うから覚悟してよね?」

 

 僕はお手柔らかにと言って立ち上がる。

 ローの事は気になるけど、今は目の前の人達を助けよう。

 問題を先送りにしているだけかもしれない。


 実際、彼は姿を消した。 事情があったのか僕を避けているのか…。

 そんな疑問が脳裏をよぎるが、だけどと思い直す。

 彼は僕を治療してくれた。

 

 少なくとも僕と彼は何かで繋がっている。 助けてくれるぐらいには関心を持ってくれている。

 だから大丈夫。

 いつかきっと胸を張って会える。


 そんな確信を得た事だけでもここに来た甲斐はあった。

 状況は悪いが気持ちはさっきよりも軽い。

 僕はこの後どう動くかを頭で整理しながらリリーゼさんと一緒に皆を手伝いに向かった。

 



 

 夜明けを迎え、地平線から日光が辺りを照らす。

 明るくなりつつある大地を二つの影が高速で飛行していた。

 

 片方が日が昇りつつある事を認めると速度を落として片方に声をかける。


 「哀ちゃーん。 そろそろ渡した魔法道具を使いなさいな! 明るくなると人目に付き易くなるからね!」

 「はいはい。 それはいいけどちょっと休まない? 疲れちゃった」


 両者は高度を落として近くの森に入る。

 お互いに高い位置の枝に腰掛けた。

 影の正体は飽野 李帆と針谷 哀。 転生者だ。


 針谷は口を不機嫌そうにギチギチと鳴らし、飽野を睨む。

 

 「飽野さん。 何であそこで引いたのよ? あとちょっとで鬱陶しい夜ノ森からアスピザル君を奪えたのにー」

 「仕方ないでしょー。 おトメちゃんがあっさり殺されちゃったんだから、万が一にも哀ちゃんまで殺されちゃったら怒られちゃうでしょ! 予算減らされたら私、泣く自信あるわ!」

 「へー。 あたしがあんな連中に殺される? なにそれウケるんですけど?」


 針谷の声が低くなる。

 

 「だから万が一って言ったでしょ? 一部の幹部はこっちに付かない事は予想してたけど、あんなイレギュラーは聞いていなかったわ!」

 「…あぁ、あのいきなり湧いて来た奴ね。 ぶっちゃけ凄いのは武器であいつ自身はただの人間なんだし不意を突かれなきゃ雑魚でしょ?」

 

 それを聞いて飽野はうーんと唸る。

 

 「そんなのをあのアスピザル君が仲間にするかしら? そもそも外部の人間を入れるのはリスクが高いのにわざわざ連れていると言う事は、何かあると思うけど…」

 「どーせ、また戦う事になるだろうし次会ったら殺せば心配ないじゃん。 まさかとは思うけど、次は止めないよね?」


 好戦的な同行者に飽野は内心で溜息を吐いてええと頷く。


 「まぁ、私としても邪魔されて面白くないから嫌がらせはするわ!」

 「嫌がらせ?」

 「そ、さっき見た時、冒険者のプレートを下げてたからアメリアちゃん経由でお触れを出せばあっという間に犯罪者の完成よ! これであいつはウルスラグナではまともに活動できなくなるわ!」

 「あははははは。 ひっど! 冤罪じゃん!」


 溜飲が下がったのか針谷の機嫌が直った事に胸を撫で下ろしつつ、飽野の思考はあの冒険者の事が多くを占めていた。

 夜ノ森や石切と同行していたと言う事は転生者とダーザインの事情をある程度は知らされているか元々知っていたかのどちらかだろう。


 そう考えると何らかの形で関わった関係者か――まさか……。

 思考にふっと思い浮かぶ。


 ……アスピザルの同類?

 

 そう考えると腑に落ちる点が多い。

 アスピザルは見た目以上に計算高く、頭が回る。

 少なくともメリットとデメリットを見極める事はできる子だ。


 連れて歩く事にメリットを感じる相手――つまりは戦闘に長けているか種族的・・・に傍に置いておきたいと考えているかのどちらかと言った所だろう。

 石切が居たのに大原田、宇田津、梼原の三名の姿が見えないと言う事は消された可能性が高い。


 あの三人は取り込むのは難しいが転生者である以上、その戦力は貴重だ。

 それを躊躇いなく処分したと言う事は代わりが手に入ったから不要になったと考えるのが自然。

 そう考えるとあの冒険者は転生者に匹敵する戦闘力を持っているか、あの三人と比較しても価値のある存在――つまりは転生者だ。


 そう考えた瞬間、彼女に芽生えた気持ちは興奮。

 アスピザル以外で人間ベースの転生者が現れるなんて……。

 欲しい。


 是が非でも欲しい。

 あの男が本当にそうなら意地でも捕らえて研究したい。

 飽野は口の端を歪めて笑みをこぼす。


 それに気付かない針谷は延々とアスピザルを捕まえたらどうするかと話していたが、飽野は相槌を打ちはしていたが全く耳に入っていなかった。

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