第254話 「幻惑」
「つまり、こっちの動きが感付かれている可能性があると?」
――どうやったのかまでは分からないけど、注意はしておいた方がいいかもしれないから、ローも気を付けてね。
「……分かった。 それで? 合流は今晩でいいのか?」
――そうだね。 人目に付き辛い、僕等が密会に使う場所があるからそこで落ち合おう。 詳しい場所は時間が来たら知らせるよ。
「了解だ」
そう言って俺は魔石への魔力供給を切って通話を終わらせる。
さて、どうした物か。
俺がこの街について今日で三日目だ。
一日目は教会の手伝いで潰れてしまったが、二日目は街の大雑把な地理の把握で使い切ってしまった。
……で、本日三日目なのだが。
昼過ぎまでは二日目同様にその辺をぶらぶらと歩いていたのだが、アスピザルから来た連絡で状況が変わった。
いい知らせではないだろうなという予感はあっさり的中し、面倒なと少し気が重くなる。
先に送り込んで置いた部下と連絡が取れなくなったが、集会のセッティングだけは問題なく終わっているとかいう首を傾げたくなる内容だ。
連中は馬鹿なのか? 待ち構えていますと言っているような物じゃないか。
……にも拘わらず、当のアスピザルは受けて立つ構えのようで、予定通りに集会場に行くようだ。
理解できんな。 罠の可能性が濃厚な以上、手を打つべきだろうが。
もしくは一度引き上げて様子を見るとかな。
何を考えているのやら。
変に動き回るのも何だし、一度宿に戻るか。
一日かけて街の地理はある程度把握したので、もう簡単に迷う事はないだろう。
現在地は武器や道具を扱っている商店が密集した所で、中央から少し離れた場所だ。
余り遠くまで足を延ばさなくて正解だったな。
俺は小さく息を吐いて踵を返そうと――。
「もし、そこのお方」
不意に声をかけられた。
振り返ると、そこに居たのは老人だった。
髪は全て白髪、顔にはたっぷりとひげを蓄えており、埋もれて口が見えない。
腰を曲げて杖を突いていた。
特に見覚えのない顔だ。
どちらさん?
「俺に言っているのかな?」
老人は嬉し気に頷く。
「初対面で申し訳ないのですが、死んで頂けますかな?」
……何?
俺が反応する前に老人が大きく目を見開く。
全身が拘束されたように固まる。
魔眼か。 同時に髭に埋まっていた口から舌が触手のように飛び出し俺の喉を貫通。
役目を終えると舌は瞬時に口に引っ込む。
暗殺か。 いい手際だ。
俺は取りあえず傷口を押さえ、よろめいて見せる。
「気の毒ですが、付いた相手を間違えたようですなぁ。 ですが人生とは得てしてそう言う物。 災難だと思って諦めて下され」
そう言って俺の脇を通り過ぎようとした老人の頭を鷲掴みにして地面の石畳に叩きつけ、近くの路地に放り投げた。
老人は人気のない路地を転がり、俺は何食わぬ顔で後を追う。
それにしてもやってくれるな。
完全に先手を打たれた形になってしまった。
この様子だとアスピザルの方にも刺客を差し向けているだろう。
奇襲をかけるつもりが逆に奇襲をかけられているじゃないか。
アスピザルめ。 何が気付かれていないだ。
あっさりバレているじゃないか。
「ぐっ……ろ、老人に酷い事をするお方ですな」
老人が小さく呻きながら立ち上がる。
顔面を粉砕するつもりで叩きつけたんだが、中々頑丈だな。
老人の顔は鼻が圧し折れ、血塗れになっていたが徐々に再生していた。
ダーザインの部位持ちの構成員。 目と舌に再生能力を考えると他にもありそうだな。
雑魚じゃなくて幹部クラスか。 直接出向いて来るとは中々気前がいい。
「一応、言っておくが俺はアスピザルに雇われてここにいる。 その辺を理解して襲って来たと考えてもいいんだな?」
「勿論ですとも。 ダーザインを使徒ヨノモリと共に裏切った、元首領、アスピザル。 我等に与えられた任はそれらの粛清。 その片棒を担いだ冒険者、お主もその対象ですぞ」
嘆息。
完全にバレてるじゃないか。
まぁいい。 アスピザルに付く気は無いって事のようだし殺しても問題なさそうだな。
取りあえず死ね。
「礼儀でしょうし名乗っておきましょうか。 我が名はフラグラ! ダーザ――」
不可視の百足はフラグラとかいう爺さんの頭を粉砕――せずに貫通。
手応えがない。 幻術の類か。 その証拠に爺さんの姿が揺らめいて消えた。
「ほっほっほ。 若いと言うのは血気が盛んですな! 正面からだけが戦いではありませんぞ!」
周囲が薄暗くなり、フラグラの声があちこちから反響して聞こえる。
見た感じ後衛だろうなとは思っていたが、煙に巻くタイプか。
「このフラグラの妙技、たっぷりと味わっていただきましょうか?」
良く喋る爺さんだと思ったが、これはわざとだろう。
声を反響させて居場所を特定させず、相手を自分のペースに巻き込むと言った所か?
試しに探知系の魔法を一通り試したが、効果なし。 妨害されているようだ。
「先程、間違いなく喉を抉ったにもかかわらず、物ともしない頑強さ。 魔法道具の類を使用してるのですかな? 致命傷を与えたと思って油断してしまいましたな!」
何だ? 爺さんさっきやり返されてちょっと苛ついてるのか?
ちょっと声のトーンが低かったぞ。
さてと俺は現状の確認を行う。
周囲は薄暗く見え辛い。 音もなく、風景や建物も輪郭だけであとはぼやけて見える。
場所はそのまま。 これは俺が何かされているというよりは、空間に何か細工をしている感じか?
俺の体に違和感がない事がそれを証明している。
恐らくは魔法道具か悪魔の部位の能力だろう。
中々面白い力だ。 可能であれば吸収してやりたいな。
「――。 ……?」
声が出ない。 いや、声は出ているが音にならないのか。
次いで体が痺れる感触。 恐らく麻痺毒だろう。
処理しきれない大量の情報を与える事で些細な変化に気付けないようにするのか。
上手い手だ。 大抵の奴は訳も分からずに麻痺毒で崩れ落ちるだろう。
さっきからぺらぺら喋っているのも時間稼ぎも兼ねているという訳だ。
「どうですかな? 我が姿、捉える事が出来ますかな?」
取りあえず適当な場所に<爆発Ⅱ>を叩き込む。
ずんと腹に響く衝撃はあるが音はしない。
「ほっほっほ。 無駄ですぞ! お主は既に我が術の虜。 そろそろ立っているのも辛いのでは? 先程の魔法、この状況で放てるとは見事ですが無駄なあがきですなぁ!」
ほっほっほと意地の悪そうな笑い声を垂れ流す。
魔法をぶっ放したにもかかわらず、動揺の色はなし。
撃ち込んだ場所にいないのか、動揺を抑え込んだか。
……いや。
そもそもこの周辺には居らず、安全な所に居ると見た方がいいか。
何か監視に使っている物でもあるんだろう?
炙り出してやる。
同時に魔法――特に爆発や炎が広がる<火球>や<爆発>を手当たり次第にばら撒いた。
最近覚えた魔法の改良のお陰で威力も効率も段違いだ。
建物や石畳に次々と着弾し煙や炎で視界が埋まる。
さて、これで見えなくなったぞ。 どうする? それともこの状況でも見えるのか?
フラグラの軽口が聞こえなくなった。 余裕がなくなったかな?
周囲を這わせている百足が充満する煙の中、動いている何かを見つけた。
監視している仕掛けか。 取りあえずぶっ壊して仕掛けの種でも見せて貰おう。
その何かに百足が喰らいつく。 手応えは――生身っぽいな。
銜えさせて手元に引き寄せると――。
「なるほど」
人間の手首だった。 何故か手の甲に目玉が付いておりわきわきと虫っぽく動いている。
これで監視していた訳か。
この目玉は大方、自分の術中でも一方的に俺が見える能力でも備わっているんだろうな。
逃げようとしているので指を一本喰い千切ってやった。
苦痛を感じているのか手首が痛みに硬直する。
――見えているかな?
指をわざとらしく咀嚼しながら目を合わせてそう言ってやる。
声は出ないが、聞こえてはいるようだ。 その証拠に瞳孔が僅かに収縮。
驚いた? それとも怖い? 何となく分かる。
目は口程に物を言うとはよく言った物だ。
瞳と眼球の動きと手首の細かい動きで何となくだが、感情が伝わってくる。
困惑、動揺、苦痛、そして恐怖が。
脈や体温を感じる事で良く分かった。
この手首、本体と物理的に繋がっているな。 掴んでいると僅かに汗ばんで来たのもその証左だろう。
俺は傷口にそっと手を触れて根を伸ばし、ゆっくりと内部に侵入した。
眼球は震えながら俺の方を見つめている。
不意に周囲に音が戻った。
声も出るようだし、一言言ってやろう。
俺は表情だけで笑みを作って目玉に顔を近づけて囁いた。
――捕まえた。
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます