第215話 「捕虜」

 「……で? 捕らえた連中はどうした?」


 アスピザルから充分に距離を取った所で俺は口を開いた。

 

 「はい。 全員とは行きませんでしたが、使えそうな者は牢に入れています」

 

 ……そんな所だろうな。


 行先はライリー達を改造するのに使った監獄だ。

 到着まで時間があるので、今の内に聞いて置く事は聞いておこう。

 さっき話題になった遺跡の事だ。 何でまた今更になってグノーシスが遺跡に興味を持つ?


 質問をぶつけると、ファティマは少し苦い表情を浮かべる。


 「申し訳ありません。 恐らくはズーベルの依頼を取り下げた事で冒険者ギルド経由でグノーシスに漏れたと思われます」


 ……なるほど。


 聞けば聖堂騎士共は喋る魔物がどうのと言っていたようで、目的は転生者のようだ。

 古藤氏の件にグノーシスが絡んでいるのなら、この近辺で転生者を取り逃がした記録か何かが残っていてもおかしくない。


 遺跡の件とここの発展を関連付けて、オラトリアムは転生者を囲っているのではないかと考えた訳だ。

 そう考えるのなら忍び込んで来た連中の動機も説明がつく。 単独だった理由は不明だが。

 ズーベルめ。 死んでいても面倒を起こすか。


 一通り聞き終えた所でちょうど監獄が見えて来た。

 中に入るとまず耳に入るのは複数の呻き声。

 声の方へ視線を向けると牢に手足を砕かれて有刺鉄線のような物で縛られた全身血塗れの聖騎士達が転がっていた。


 何だあれはと思ったが、恐らくは魔法の発動を阻害する為の措置だろう。

 酷い絵面だが、聖殿騎士以上は魔法もそこそこ使える奴が多い。

 断続的に痛みを与えて集中できなくするのは安全に拘束すると言う点では有効だ。


 「……で? マルスランって馬鹿はどれだ?」

 「こちらです」


 奥の牢――格子ではなく鉄の扉で閉ざされた個室に入る。

 中は一メートル四方の部屋で中心に柱。

 マルスランはその柱に有刺鉄線で縛られており、元は中々のイケメンだったであろう顔は目玉がくり抜かれ、鼻も削ぎ落とされており、見る影もない。


 一応、生きてはいるようで細い息を吐きながら微かな呻き声を上げている。

 聖堂騎士様もこうなるとどうしようもないな。

 俺は小さく息を吐いて、マルスランの耳に指を突っ込む。

 

 どーれ。 記憶を見せて貰おうか。

 根を打ち込むついでに情報を引き抜いたのだが……。

 結果、分かった動機は何ともつまらない内容だった。


 功を焦った理由は同僚であるクリステラへの対抗心という個人的な理由、

 その一点。 それだけの理由で、同僚を出し抜いてここへ単独で潜入したらしい。


 ……馬鹿だと思っていたが本当に馬鹿だった。


 結果、とっ捕まった挙句にこの有様と来た。 何とも割りに合わない話だ。

 取りあえず、素体としては上等なので後で改造して、ライバル視しているクリステラにでもぶつけてやろう。


 そこでふと気が付いた。 こいつ装備はどうなった?

 確か聖堂騎士って教団から高価な専用装備を送られるんだったよな。


 「こいつの装備はどうした?」

 「中々使い勝手が良さそうだったので、現在ベドジフに仕立て直させています」


 サイズを弄っているのか? ――と言う事は……。


 「お前が使うのか?」

 「はい。 気に入りましたので。 他から奪った装備もライリー達が使えるように調整中です」

 「それはいいな。 捕らえる際の損耗は?」

 「モスマン四。 シュリガーラ二。 モノスが三です。 ……申し訳ありません。 お預かりした兵を……」

 

 モスマンはマルスランを捕らえる際に使った物で、残りは部下を全滅させる際に失ったらしい。

 聖騎士、聖殿騎士の数は五十弱と言う事を考えると収支としては充分にプラスだろう。

 俺は気にするなと手を振って牢に転がっている連中の使い道をぼんやりと考えていた。

  

 ……時間もあまりないし、少し頑張るとするか。


 「俺は作業に入る。 後は雑用をやってくれる奴――そうだな、モノスかシュリガーラを数体寄越してくれ」

 「畏まりました。 他に入り用の物はございませんか?」

 「食料と死体が余っているようならそれを適当に頼む。 後、アスピザルと夜ノ森の件だが――」

 「はい。 常にメイドを張り付けておりますので、妙な行動を取ればすぐに分かるようにしています」


 ……結構。


 「分かった。 引き続き頼む」

 

 一礼して去って行くファティマを見ながら俺は腕を組んで考える。

 さて、どう弄った物か。 聖騎士、聖殿騎士に関しては使い道が決まっているので悩む必要はないが、問題はマルスランだ。


 こいつに限っては持ち味を活かしたまま強化したい所だが……。

 いい案が咄嗟に出てこないので、棚上げする事にした。

 

 ……まぁ、あれだ。 手を動かしていたら何か思いつくだろ。


 この手の作業は散々やって来たから慣れた物だ。

 百も居ないのなら今日中に終わるかな?

 助手役のモノスとシュリガーラが建物内に入ってきた気配を感じて俺は行動を開始した。






 「わーい」

 「アス君、借りている部屋なんだからあんまりそういうのは……」


 通された部屋でアス君がベッドに飛び込んでいるのを私――夜ノ森 梓は小さく窘めた。


 「すっごいよこのベッド! スプリングが入ってるから弾む弾む」


 言いながらアス君はベッドで跳ね回る。

 それを見ながら私は床に座った。

 流石にこの屋敷に私の体重を――た、たいじゅうを受け止めてくれる椅子はないようで、家具が使えないのだ。


 この部屋も何とか私が入れる部屋と言う事でメイドさん達が急ぎで用意してくれたらしい。

 内心でメイドさん達に感謝しつつ思考はこの屋敷とローの事について考えていた。


 ロートフェルト・ハイドン・オラトリアム。

 オラトリアム領の領主。

 それがローの正体だった。


 大規模な拠点を構えていると言うのは事前に聞かされてはいたが、彼自身が領主だとは思わなかった。

 それにこの屋敷、使用人の質、設備とどれをとっても一級品だ。

 さっき通された大浴場もこの世界に来て初めて見るぐらいに立派な物だった。


 窓から外を見る。

 日も暮れて薄暗くなっているが、広大な畑が視界一杯に広がっており、窓を開けると風に乗って甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


 地図や情報では何もない荒野だった筈なのにどうやってここまでの畑を用意したのか……。

 そもそもこれだけの資産があれば旅なんてしなくていいと言うのにローは何故、森を越えてあの地へと来たのだろうか?


 考えれば考えるほどローと言う男の考えが読めない。

 思惑が見えないから気持ち悪いとさえ感じてしまう。

 行動と周囲の状況の噛み合わなさもそれに拍車をかける。


 「あーずさ。 余計な事は考えない方がいいよ?」


 ベッドの方へ視線を向けるといつの間にかアス君がベッドで跳ね回るのを止めてこっちをじっと見ていた。


 「ローに関しては下手に警戒する方がかえって良くないよ。 ここは彼のホームだしね」

 「……そうね。 考えすぎなのかしら」

 「かもね。 それはそうとここは本当にすっごいね。 外の畑とかどうなってるんだろう? 昼間に遠目に見たんだけど、収穫してたのゴブリンとオークだったよ! どうやって手懐けたのかな? 畑の方も収穫だけで手入れしているように見えない、そもそもあの植物も普通じゃないよ。 林檎プミラと一緒に何故か蜜柑サイネンシスが生ってるし。 季節関係なしに収穫できるのなら夢の植物だね!」

 

 やや興奮しているのかまくし立てるような口調には熱が籠っている。

 苗を分けてくれないかなぁとアス君は呟いていたが、小さく息を吐くと一転して表情が消える。


 「梓。 確かに彼には得体が知れない部分は多いと思うよ。 ……でも、ここでそれを表に出すのは控えた方がいい」

 「どういう事かしら?」 


 急に態度を変えたアス君に訝しみながらも先を促す。


 「彼自身がそこまで気にしている風じゃなかったから今まで指摘しなかったけど、さっき会ったファティマさんはその辺を気にする性質だと思う」

 

 さっきの領主代行さん? 態度こそ温和だったけど何だか冷たい感じの――。

 

 「視線の質はローと同じで低温だけど、彼女の場合は苛烈な物を押し殺すのにああしているように僕には見えたよ? ああいうタイプは必要以上に怒らせない方がいい」


 つまり、私の態度が彼女の不興を買うかもしれないと?

 私の表情で察したのかアス君は小さく頷く。


 「彼女と敵対する事はローと敵対する事とイコールだ。 組む以上は仲間なんだから不和の火種になるような行動は謹んでって話だよ」

 「……ごめんなさい。 気を付けるわ」


 謝りながら、そうねと私はアス君の言葉に頷く。 全く以って正論だ。

 わざわざ、敵対するような土壌を作るなんて真似は馬鹿らしい。

 割り切るのは難しいけど、努力はしよう。


 それを聞くとアス君はいつもの笑顔を浮かべて窓の外へ視線を向ける。


 「……頼むよ。 それと話は変わるけど、この土地ってどうなってるんだろうね?」

 「さっき言ってた植物の件かしら?」

 「それもあるけど、この辺り一帯の魔力の流れがね。 何と言うか濃いんだよ」


 魔力が濃い?

 基本的に魔力と言うのは命が持つエネルギーの一種らしく、その利用を技術として昇華した物を魔法と呼んでいる。


 魔力はあらゆる生き物に存在し、植物ですら内包しているこの世界ではありふれた存在だ。

 そして生き物は呼吸するように魔力を周囲に放っており、空間の魔力が濃いと言う事は大型の魔物がその場に居るか大量の生き物が存在するかの二択になる。


 「あれだけの畑なのだからその所為じゃないのかしら?」

 「いや、そんなレベルじゃないよ。 もしかしたら例のディープ・ワン並みに巨大な存在が居るかも……」

 「……本当に?」


 思わずそう言ってしまったがアス君の表情は真面目なままだ。


 「うん。 正確な居場所までは分からないけどこの近くに何か大きなのが居るのは確かだよ。 それともう一つ」

 「……今度は何?」


 正直、もう充分驚いたから余り変な事は知りたくないんだけど――。


 「この屋敷のあちこちからローと似た気配がする」 

  

 私は何も言えなかった。

 どういう事?

 アス君もそれが何を意味しているのかは測りかねているのか「何でだろうね」と言って首を傾げていた。


 「僕も梓と似た違和感はローから感じてたんだ。 でもその正体が分からない。 違う?」


 ……違わない。


 私の沈黙を肯定と取ったアス君はそのまま続ける。


 「最近になってやっと分かったよ。 彼からは複数の気配が混ざったような感じがするんだ」


 気配が混ざる? 確かにローの気配は人とも魔物ともつかない異様な物だけど…。

 冷静にローから感じる違和感を思い出してみる。

 よくよく思い返してみればそうかもしれない。


 人なのに魔物、魔物なのに人のような感じがして――そう、それがとても気持ち悪い。

 

 ……あぁ、だからか。


 そこでようやく腑に落ちた。

 あれがどういう生き物か分からないから気持ち悪いのか。

 違和感の正体は見た目と気配の齟齬。


 そこまで分かれば理解が追いつき、気持ちも多少ではあるがすっきりした。


 「すっきりした?」

 「……ええ。 ありがとうアス君」


 アス君はたまにこういう事を言って来るからずるい。

 私は素直にお礼を言って敵わないなと小さく息を吐く。

 その様子を楽し気に見ていたアス君は話題を変えた。


 「さて、梓がすっきりした所で、仕事の話をしよっか? どれだけ集まりそう?」


 それを聞いて私も切り替える。

 近場に居る幹部や部位持ちに召集をかけたけど結局、間に合うのは二人だけだった。


 「幹部はジェルチとジェネットの二人だけね。 部位持ちはかき集めたけど二十ぐらいしか集まらなかったわ」

 「うーん。 どっちも直接の戦闘向きじゃないなぁ。 出来ればガーディオかアルグリーニ辺りが居てくれたら楽だったんだけど、急だったし仕方ないか。 直ぐに来れそう?」

 「ええ。 ウィリードに直接向かうように指示は出しておいたから数日中には街に入っている筈よ」


 後は街へ入った連絡を受ければ準備は完了だ。

 元々、潜り込ませていた部下には霊山の様子を伺わせている。


 「分かった。 なら僕等のやる事は片付いた感じだね。 後は動きがあったら報告になるのだけど、何が出て来るのか楽しみだね」

 「ちょっと……」


 ローを引き入れる為とは言え、かなり危ない橋を渡る事になるのだ。

 正直、笑い事じゃない。


 「ローの保有する戦力を見極めるいい機会だよ。 僕としても味方の力は知っておきたいからね」


 そう言ってアス君は笑みを深くする。

 こうなると私の言う事なんて聞かないから諦めるしかないのは分かっているけど……。

 

 ……どうか万事上手く行きますように。


 そう祈る事は止められなかった。

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