第131話 「分離」

 道理で聞き覚えがある筈だ。

 長いこと聞いてなかったから咄嗟に出てこなかった。

 元の俺の声だ。


 ……一体、何なんだこの状況は。


 ――聞こえてねーのかよ。返せっつってんだよボケ!


 鬱陶しい声を無視して考える。

 まず、状況を整理しよう。

 この不快な声の主は元の俺だ。


 ……となるとこれは外からの干渉じゃなくて俺の内側から聞こえる声なのか?

 

 声は相変わらずキイキイとうるさい。

 俺はこんな気持ちの悪い喋り方をする奴だったか?

 記憶を掘り返すと――あぁ、俺、こんなだったわ。


 傍で聞くと成程。気持ちが悪い声と喋り方だ。

 それにしてもさっきから返せ返せとうるさいな。


 ――悪いがこれは俺の体であってお前のじゃない。うるさいから黙っていてくれないか?


 ――は?ざけんじゃねぇぞこの泥棒野郎!助けてやった恩を忘れたのかよ!ざけんなよ!


 深いため息が出る。

 もうちょっと言葉遣い何とかならないのか?

 いつかの蜘蛛野郎も大概だったが、こいつの語彙力もどっこいかそれ以下だな。


 ……にしても気になる事を言っていたな。


 ――助ける?何の話だ?


 ――はぁ?忘れてんじゃねーぞ!地竜に喰われそうになった時に助けてやっただろうが!この恩知らず野郎が!お前やっぱりクズだな!


 地竜?


 ……………………あぁ。


 そう言えばそんな事もあったな。 

 シュドラス山での事か、何故か体が勝手に動いたから何だろうとは気になっていたがあれ、こいつの仕業だったのか。

 

 別に出しゃばらなくても何とかなったような気がするけど、助かったのは事実だし感謝ぐらいはしとくか?


 ――そうか。そりゃどうも。用事が済んだなら引っ込んでくれないか?


 ――オレはお前の事をずっと見てたんだ。


 何だその気持ちの悪いカミングアウトは。お前ストーカーかよ。

 どうしようもないな。

 

 ――お前、色々となってねーんだよ。


 ――はぁ。


 ――オレならもっと上手くやれんだよ!だから体を返してお前、消えろ。


 いきなり湧いてきて随分な物言いだなこいつ。

 上手くやるって、何を上手くやるんだこいつは?


 ―― 一応聞くが、体を手に入れて何をするつもりだ?


 ――は?決まってるだろ、まずは困っている奴隷を助けてパーティーを組むんだ。お前、たった二人で冒険とかバカじゃねーの?


 ……ほう。


 ――後はこんな便利な力があるんだ。邪魔する連中は皆ぶっ殺して、俺の力を見せつけてやる!力があるのにコソコソしやがって、何考えてんだよ。バカじゃねーの?


 ……ほー。


 ――折角、領地があるんだ現代知識を活用して発展させてやるぜ、ついでにファティマと――ふっ。


 ……。


 ――ハイディも中々いい感じだけどやっぱりファティマだなー。流石は異世界!女の子のレベルたけーよ。


 ………。


 ――少し聞きたいんだが、お前いつか仕留めた蜘蛛野郎の事どう思う?


 ちょっと気になる事があったので思わず質問してしまった。


 ――は?蜘蛛野郎?……あぁ、あのゴミクズか。そもそも力で奴隷従わせるとか人として最悪だ。それに子供に暴力をふるっていた最低野郎だ。死んで当然の奴だったな。


 ……あーそーですかー。で?お前と何が違うの?


 最悪だ。

 俺ってこんな奴だったのか?

 悲しいを通り越して絶望した。


 ――つー訳で、体返してもらうから。 


 どうしよう、何とかこいつを黙らせないとストレスでどうにかなり――。


 「がっ!?」


 いきなり体の自由が利かなくなった。


 ――オラ、さっさと体かえせやぁ!ボケ!


 次いで激痛。

 何が起こったと体を見ると全身がボコボコと波打ち始めた。

 おいおい。どうなってるんだ。


 全身に意識を集中して精査。

 原因はすぐに分かった。全身の根が勝手に動き始めたのだ。

 制御ができない?


 いや、全くできない訳ではないが、何処かから干渉されている?

 

 ――暴れてんじゃねーぞ!さっさと全身寄越せ!


 この野郎。

 どうやったかは知らんが俺を物理的に乗っ取る気か。

 制御を奪われないように全身の操作に意識を集中。


 ――ウゼえ!いいから寄越せ!


 寄越せ寄越せとうるさい声を無視しながら探すと――。


 ……居やがった。


 腹の辺りに作った覚えのない異物がある。

 俺は左腕を一気に伸ばして腹にぶち込んだ。

 百足は俺の腹を食い破って貫通。


 やりすぎて背骨までぶち折れたが些細な事だ。

 俺は上半身と下半身に分離。

 更に操作してその辺の地面を掴ませて縮め、分離した下半身から距離を取る。


 取りあえず大急ぎで下半身を再構成。

 ごっそりエネルギーが減るのを感じたが、今は緊急時なので無視。 

 ズボンは持って行かれたのでコートを脱いで腰に巻く。


 クラブ・モンスターを構えようとして――手元にない?

 全身を奪われるような感覚は消えた。

 反射的に正面を見据える。


 切り離した下半身はゆっくりと立ち上がり、傷口がボコボコと脈打ち上半身が生えて来た。

 体格、顔つき、全てが俺と全く同じだ。

 違う点は表情ぐらいか。


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


 「クヒ。ヒヒヒヒ。ヒャハハハハハ。やった!戻った!俺の体だぁ!」

 

 下半身――もうお互い分離したから完全に別物か。

 なら、何て呼ぼうか――。


 「っつてもまだ半分か。オラ、残り半分も寄越せ」


 ……うん。「アレ」でいいな。


 アレは落ちているクラブ・モンスターを拾い上げると肩に担ぐ。

 

 「さーて。お前をぶっ殺して残りの体を貰うとするか」

 

 俺も左腕に意識を集中して身構つつ自分の状態を確認。

 体内の根は六割近く持って行かれたか。

 加えて下半身の再生で消耗がでかい。


 普段なら撤退して立て直す所だが――。


 ……有り得んな。


 逃げる?こいつ相手に?

 自分の思考を鼻で笑う。

 逃げるとか冗談だろ?


 「そうかそうか。お前が原因だったのか」


 思わず言葉にしてしまう。


 「はぁ?何言ってんだこいつ?」


 アレが怪訝な顔をする。

 知らずに口元が歪む。

 笑みの形に。


 俺の中に空洞が出来たような感覚。

 消え失せたのは何だ?

 目の前のアレだ。


 ……妙だとは思っていたんだ。


 時折、自分でも不自然に思うほど自制の利かない感情の発露。

 それに起因する衝動的な行動。

 思考への干渉。


 その源泉が無くなったのを感じる。

 思わず笑い声を漏らす。

 お前だったのか、前々から鬱陶しく干渉をしてきたのは。


 自分の内から出てくる物かと諦めていたが、目の前に原因が居て、それを消し飛ばせる機会に恵まれるとは――最高だな。


 もう一度言おう。

 逃げる?冗談じゃない。

 こいつはここで殺す。絶対に殺す。容赦なく殺す。


 左腕に命令する。

 目の前のアレを八つ裂きにしろ。

 左腕ヒューマン・センチピードはギチギチと口元を鳴らしながらアレに襲いかかる。


 「うお、あっぶね」


 アレは突っ込んで来た百足をクラブ・モンスターで弾く。

 俺は走って間合いを詰めながら魔法を展開。

 <重圧>。


 「はっ!一つ覚えの<爆発>だろ?読めてんだよカス――がっ」


 動きが止まった所で顔面に拳を叩き込む。

 加減なしの渾身だ。

 拳が砕けるのを感じたが、再生させながら俺は思いっきり仰け反って頭突き。


 「がはっ。何、いきなり――」

 

 左腕の百足を戻し、腕に巻き付けてからアレに叩きつける。

 こいつは拳より硬い。さっきより効くだろ。


 「ごぶっ」


 アレは地面に叩きつけられた。いい位置に来たところで蹴りを入れる。


 加減しなかったので思いっきり吹っ飛んで行った。

 おいおい。まだまだ足りないぞ?

 もっと殴らせろよ。


 「くっそ。何でこんなに痛ぇんだよ!このクズ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 俺の顔で小物臭い事言ってるんじゃない。

 アレは俺に向けて手を翳す。

 魔法か。


 <爆発>

 一つ覚えとか言っといてお前も使うのかよ。

 想定していたので<風盾Ⅲ>で防ぎながら突っ込む。


 爆炎を突っ切り、殴ろうとしたらいつの間にか距離を取っており魔法の準備をしている。

 今度は<風刃>と<火球>が飛んで来た。

 躱しながら距離を詰めるが、アレは何やら喚きながら<飛行>空へ。


 おいおい。

 威勢が良いのは最初だけか?

 執拗に遠距離攻撃を繰り返してくるな。


 使わないならクラブ・モンスター返してくれませんかね。

 

 「やるな!少し本気を出してやる!」


 逃げ回りながら何を言ってるんだこいつは?

 今度は何だ?

 アレの腕がボコボコと膨らみ始めて根の塊のような物が大量に現れる。


 「そら!」

 

 アレは塊を辺りにまき散らす。

 塊は地面に吸い込まれるように消えた後、そこから何かが現れた。


 ぱっと見た限り肉の塊に見えるが――。

 肉塊は徐々に形を作って――おや、サベージか?


 サベージの形になった。

 

 ……にしては何か微妙に違うな。


 一回りほど小さいし、細部のデザインが何だか安っぽい。

 サベージ(偽)は唸りながら飛びかかってくる。

 半歩横に動いて噛み付きを躱し、首を掴んで地面に叩きつけた後、首を踏み折る。


 まだ動いているので<枯死>で砂に変えてとどめを刺す。

 今のは少し驚いたが、こんな雑魚ならいくら来ても……。


 アレに向き直ると、いつの間にか結構な数の肉塊が蠢いて形を形成していた。

 おいおい、どんだけ出してくるんだよ。

 どれもこれもどっかで見たような奴ばかりだな。


 サベージ(偽)に始まり、シュドラス山に居た二等ゴブリン、トラスト、聖殿騎士、ハイディ、ファティマ、植物ゾンビ、ダーザインの連中、その他諸々。


 こちらはサベージと違って再現度が高い。

 何だこの再生怪人共は。

 どうも中身までは再現できていないのか、全員能面のように無表情だ。


 装備品は全体的に安っぽいが、一通り揃っている。

 各々、無言で俺に武器を向けて来た。

 ファティマ達、後衛は杖を構える。

 

 「はっ。このまま嬲り殺しにしてやる!おら!やっちまえ!」


 再生怪人の群れが声も無く突っ込んで来た。

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