第125話 「次女」

 翌日。

 僕はアドルフォを連れて冒険者ギルドを訪れていた。

 一晩ぐっすりと寝たお陰か、顔色は随分と良くなっている。


 手続きを済ませて、依頼を発行後に僕が請けて完了だ。

 これで僕と彼女は雇用関係になった。

 関係の形は整ったので後は行動で信用を勝ち取ろう。


 用事は済んだし後は宿に籠っていようかとも思ったけど、一日中何もしていないと流石に気が滅入る。

 出来るだけ人通りの多い所を移動して軽く街を回ろう。

 アドルフォに案内を頼むと彼女は快く引き受けてくれた。


 やはり何かしていた方が気も紛れるし、余計な事を考えなくても済む。


 彼女はそう頻繁に外出する訳ではないが、それでも生まれてからずっと王都で暮らしてきたので、この街の地理にはそれなりに明るい。

 今回、案内してもらったのは食料品の市場や美味しい食事処だ。


 彼女はあまり表に出ないという話だったが、金銭感覚に関してはしっかりしており、僕の財布にも優しい店を案内してくれた。

 周囲の警戒は緩めていないが、他の候補者が必死になってアドルフォを狙うのはまだないだろうとも考えている。


 理由は選ばれるのが一人である以上、より脅威度の高い候補者の排除を優先しようと考えるからだ。

 少なくとも僕が逆の立場ならアドルフォを狙うのは最後にする。

 正直、彼女の話を聞く限り、真っ当に選ぶにしても実績を残していないアドルフォはまず選ばれない。


 ……とは言っても、可能性はゼロではないので他の排除を済ませてから念の為に選抜から退場させる――ぐらいの認識と僕は考えていた。


 実際、そろそろ時間は昼を越えて日は少し傾き始めているにも関わらず、不穏な気配は特に無く、平和な物だ。

 ただ、少し前から随分と巡回している騎士や聖騎士達の様子が妙に慌ただしいのが少し気になった。


 最初は、何か話しているのが目立つ程度だったが、今ではあちこちに走り回っている姿をよく見かけるようになり、少し不穏なものを感じている。

 アドルフォも不安そうに僕の腕を掴んで周囲を見回す。


 何もなければそのまま流すけど、時期が時期だ。

 情報を集めた方がいいか。

 




 その話自体は街中で持ち切りだったので直ぐに分かった。

 街で大きな事件がいくつか起こったらしい。

 まず一つは街に潜伏するダーザインの拠点が判明し、騎士団の襲撃を受けて大きな戦闘になったという物で、襲撃は成功して拠点は壊滅、生き残りは街中に散って逃亡し、現在捜索中との事。


 ……これは僕達にあまり関係ないか。


 もう一つは噂の段階だが長男のベンが屋敷で殺されていたと言う話だ。

 話によれば屋敷の自室で死んでいるのを発見されたらしい。

 噂と言う割には細部がはっきりしているので、恐らくだけどこれは意図的に流された噂かもしれない。


 そう考えるなら、ベンは脱落したと考えて問題ない。

 死を装っていたとしてもこの選抜が終わった後、表に出にくくなるからだ。

 特に人目に触れる必要がある立場なら尚の事で、偽物呼ばわりされたら証明するのが難しくなる。


 期日が来て、複数生き残っている場合に選ばれない材料になりかねない。

 もしかしたら何かしら証明する方法を持っているのかもしれないが逆の立場なら選びたいと思えない選択肢だ。


 それを聞いたアドルフォの表情は暗い。

 僕は安心させるようにその手を握ると彼女は少しだけ微笑んだ。

 問題はこの後だ。


 放って置けば他の候補者は勝手に潰し合うだろう。

 単純に安全を重視するならこのまま期日が近づくまで待ち、残った相手と戦えばいい。

 

 「……ベンお兄様も、もう居ないんですね」


 唐突にアドルフォがぽつりと声を漏らす。

 僕は何と言っていいのか迷っていると彼女は続ける。


 「確かにいい思い出もないですし、はっきり言って嫌いでしたが……それでも家族でした。……どうして皆ここまで当主の座に固執するのでしょうか?」


 表情は重く目尻には涙が溜まっている。

 

 「……アドルフォ。君はどうしたい?多分だけど、勝つだけならこのまま待つだけでいい。この調子でなら明日――いや、当日まではある程度安全だろう」

 

 言いながら思う。

 もしかしたら、彼も僕と同じ気持ちだったんだろうか?

 アドルフォを見ていると何だか、自分を外から見ているような気持ちになる。


 彼から見たら僕はこう見えていたのだろうか?

 彼は何を思って僕を見ていたのだろうか?

 彼は何を考えて僕と話していたのだろうか?


 アドルフォを見ていると胸が押し潰されそうなほど痛い。

 普通の家庭に生まれていれば家族を愛し、愛される子だったはずだ。

 だが、嘆いていても現実は変わらず、放って置けば必ず牙を剥く。


 結局、彼は正しかったと言う事だ。

 気持ちだけでは何も変わらない。

 僕にできる事は彼と同じで、行動と言う名の覚悟を問うだけだった。


 ……どうする?――と。


 アドルフォは袖で溜まった涙を拭うと睨むような視線を僕に向ける。


 「生き残った皆を説得します。待っているだけでは何も解決しません!付き合って頂けますか?」


 言い切ったその言葉と視線は強い。とても強い。

 眩しいぐらいに。

 なら僕もその覚悟に寄り添おう。大きく頷く。


 「もちろん」

 

 答えは決まり切っている。





 

 覚悟を決めた彼女が足を向けたのは姉である次女パスクワーレの屋敷だ。

 アドルフォによればここには彼女が母親と暮らしているらしい。

 周囲の屋敷から見ても大きく、周りには聖騎士達が巡回したり、門を守っていた。


 どうやらアドルフォの姉はグノーシスを頼ったようだ。

 僕達は正面から門へ向かう。

 戦いに来た訳じゃない。堂々と行こう。


 正門を守る聖騎士に事情を話すと少し待たされた後、中へ通された。

 応接間に案内されて少し待つと、パスクワーレが聖殿騎士を伴って現れる。

 髪はアドルフォの金とは違い、銀。


 肩口で切りそろえられており前髪もおでこの辺りで綺麗に揃っている。

 服はドレスではなく動き易そうで装飾の少ない服に腰には短杖。

 魔法が得意なのかな? 


 歩き方からしても、前に出るような感じはしない。

 彼女は無言で僕らの向かいに座る。

 控えている聖殿騎士達は彼女の後ろに着く。


 「何だか久しぶりに感じるわね?アドルフォ」

 「はい。パスク姉様」


 パスクワーレは軽く手を上げると使用人達がカップに紅茶を注いで僕達に出してくれる。

 流石に、何人も毒殺されている状態で飲むのは……。

 

 「いただきます」


 隣のアドルフォは何の躊躇いもなくカップの紅茶を飲み干す。

 それを見てパスクワーレは軽く目を見開く。

 アドルフォは構わずに真っ直ぐに姉を見つめて話を切り出した。


 「今日はお話があってここに来ました。彼女は私が雇った冒険者です」

 

 パスクワーレは僕を一瞥。


 「……で?話って?」

 「姉様はこの馬鹿げた争いに関してどう思われているのですか?」


 彼女はアドルフォの目をじっと見る。


 「そうね。正直、迷惑と言うのが私の素直な感想」


 そう返して軽く息を吐く。


 「……アドルフォ。あなたが来た目的も察しが付いているわ。私がどういうつもりか聞きに来たんでしょう?いい機会だしはっきり言うわ。私は期日までここで引き籠るつもりよ。当主の座にも興味ないし、争いたいならやりたい奴同士でやりなさい。だから、あなたに何もする気は無いわ」

 「当主になる気は無いと?」

 「そうね。期日が来ても顔を出す気はないわ」

 

 彼女は関係ないと言った態度で即答。


 「では、やる気になっているのは――」

 「間違いなくグリムでしょうね」


 彼女は紅茶を少し口に含む。


 「正直、一番やる気になっているのはベン兄さんかとも思ったけど、早々に脱落したのは意外だったわ。姉さんは……まぁ、あんなだし放置でいいでしょう。となると残るのはグリムって事になるわね」

 「……そうなりますね。私はグリム兄様に関しては良く分からないのですが、兄様はそういう方なのですか?」

 「私もあの子とは余り話さないから何とも言えないけど、あるかないかで言えば有り得ると思う。……念の為に確認だけど、あの子の仕事・・については?」

 「一応ですが、聞いてはいます」 

 

 言いながらもアドルフォは僕の方を気まずそうに見る。

 パスクワーレも僕の方へ視線を向ける。

 それで何となく察した。


 「「狩人」の事?」


 両者の表情が変わる。

 アドルフォは驚愕。

 パスクワーレは猜疑へ。


 ……勘だったけど当たりだったようだ。


 「どうして――」

 「確証はなかったけど、昨日のアドルフォの話で察しは付いていた。「狩人」とは縁があってね。少しだけど知識はある。だから僕の事は気にしなくていいから話を続けて」


 二人は何とも言えないような顔をした後、パスクワーレが気を取り直して続ける。


 「いいわ。話を続けましょう。……その仕事柄、彼らに対してとても顔が効くわ。ベンもそれがあったから彼らを使うと言う選択肢を取れなかったのでしょうね」


 それが敗因だろう。と付け加える。


 「そうなると他の候補者を殺したのもあの子の差し金になるわね」

 「……という事は、やる気になっているのは実質グリム兄様だけと言う事ですか?」

 「私はそう見てる」


 僕は二人の会話を聞きながら出た情報を整理していたが、不自然なぐらいに長女であるエトーレの話が出てこない。

 気になったので悪いとは思ったが、口を挟む事にした。


 「あのー……エトーレさんの事は大丈夫なんですか?」

 「……あぁ、あの姉はどうでもいいわ。彼女は生粋の怠け者で、自分の都合と欲望でしか動かないから無視しても問題ないわ」


 パスクワーレの表情は苦い。


 「身内の恥だがら言いたくないけど、あの女は男を引っかける事以外はお金を食い潰すしか能のない正真正銘の穀潰しよ」

 「いや、そこまで言わなくても……」

 「残念ながら事実なのよ。死んだと言う情報は入ってないからまだ生きてはいると思うけど、何処に隠れているのかは何とも言えないわ。……間違いなく男の所でしょうけどね」


 ……そこまで言い切られるほどなんだ。


 「疑問は解消できた?なら今度はこっちの質問に答えて貰うわ。アドルフォ。あなたの方針を聞かせて?」

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