第113話 「騎士」

 「ヘルガ!エリサ!無事で良かった」


 ジェルチ姉さんが血相を変えて隠れ家に飛び込んで来たのはあたし――エリサがヘルガ姉さんの手当てをしている途中だった。

 ジェルチ姉さんはヘルガ姉さんの怪我を見ると、持っていた魔法薬を傷に振りかける。


 「ジェルチ姉さんも無事で良かった」

 「……他の娘達は……」


 そう聞かれて胸の奥が痛む。

 あたしは思わず目を逸らす。


 「ごめん。今回はあたしの責任だ」

 

 悲し気に視線を落としたジェルチ姉さんをヘルガ姉さんが首を振って抱きしめる。

 

 「自分を責めなくていいわ。むしろジェルチちゃんが上であの男を抑えてくれたからこそ私達はこうして無事に逃げられたのよ?だから今は無事に再会できた事を喜びましょう」

 「そうだよ姉さん!姉さんのお陰であたし達は何とか助かったんだ!」


 あたし達の言葉にジェルチ姉さんは苦笑して、すぐに表情を引き締める。

 

 「ありがと。……ふぅ。まずはこれからの事を考えましょう。まずは街に散っている娘達を集めるわ。ここまでやられた以上は王都で動くのは難しいから、いったん出てガーディオ達と合流する」

 「そう言えばガーディオさん、抜けたのは聞いているけど何があったの?」

 「ノルディアの方で問題があってね。シグノレ連れてそっちに行ってる」

 「その問題が片付いてないならガーディオさん、こっち来れないんじゃ……」

  

 ジェルチ姉さんは首を振る。

 

 「それは大丈夫。呼び戻す口実は用意できてるから、何とかなるわ。あまり時間もかけたくないし、あたしとエリサで皆を集めるからヘルガはここで休んでいなさい」 

 「でも……」

 「いいから」


 ジェルチ姉さんはヘルガ姉さんを強引に座らせると、あたしを連れて隠れ家の外に出た。


 「エリサ。手分けして周るわ。夜までに準備をして王都を出る。行ける?」

 

 勿論と力強く頷く。

 姉さんとはこの後の具体的な指示を聞いてから別れた

 あたしは効率よく周れる道筋を頭の中で考えながら、姉さんと別れて貧民街を離れ仲間達の下へ向かう。

 

 王都は広い。

 一人で全ての拠点を周るのは無理なので、声をかけた仲間達にも他の拠点へ声をかけるよう伝えて走る。

 あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、街は変わらない。

 

 人々の往来も変わらない。

 何も、変わらない。

 そんな街を見ていると怒りのような感情が沸き上がる。


 自分がこんなに辛いのに何でこの街の連中は平然と笑っているんだろうか?

 なんでロレナ達が居ないのにこんなどうでもいい連中が生きているんだろうか?

 疲労や焦燥で濁った思考と感情が捌け口を求めている。


 周った拠点はいくつだろうか?

 気が付けば日が暮れかかっており、そろそろ夜が近い。時間切れだ。

 ふと、思う。


 あんな事がなければ――いや、あんな連中が居なければロレナ達と今頃は温かい食事を……。

 いや、考えるのはよそう。

 考えるなら、もっと希望のある事を考えるんだ。


 王都を出て、ガーディオさん達と合流すれば戦力的にも一息つけるだろう。

 呼び戻す口実が出来たと姉さんは言った。

 なら、上手くすればもっと強い人が来るかもしれない。


 そうなれば、あの化け物達を倒せるかもしれない。

 ロレナ達の仇を取れるかも――いや取れる!

 そうだ、皆が死んだのにあの連中がのうのうと生きているなんて許されない。


 憎悪が滾る。

 あたしはそれを心地良いと感じ始めて来た。

 怒りを燃やせば疲労を忘れられるし、前へ進む活力になる。


 そんな事を考えていた所為だろうか? 

 それに対する反応が遅れてしまった。

 肩に何かが突き刺さり、激痛。

 

 足が縺れてその場に転倒、少しの距離を転がる。

 肩を見ると小さな剣が刺さっていた。恐らくは投擲用だろう。

 飛んで来た方を睨む。


 あたしは姿を見られている。

 連中に見つかってしまったかとも思ったが、視線の先に居たのは黒ずんだ赤い全身鎧を身に着けた一団だった。

 

 「ヒュウ!命中!オラ、この後一杯奢れよ?」

 「チッ。当たってんじゃねえぞこのアバズレが!お陰で一杯奢らされる事になっただろうが!」

 「この距離で当てるたぁ、大したモンだ」


 数は五。鎧の衣装と肩に付いている紋章でこの国の騎士だと言う事は分かった。

 あたしは肩の短剣を引き抜いて刃を見る。

 

 ……良かった。毒は塗られてないみたい。

 

 こいつ等は一体……。

 

 「あんた達、いきなり何をするのさ!」


 あたしが声を荒げると騎士達は下品に笑い出した。


 「おいおい!お嬢ちゃん。自分の薄っすい胸に良く聞いてみたらどうだ?」

 

 訝しんでいると、騎士達はゆっくりと広がってあたしを取り囲もうと動く。

 

 「お前、ダーザインだろ?いやぁ、ツイてるぜ。あの店の女は全員そうだって聞いてたからなぁ」

 「ダーザインのクズは上に差し出せば手柄になるし、グノーシスに持って行けば礼金が出る。お前みたいなそこそこの女なら奴隷商人に売り飛ばしてもいい。使い道が多すぎて迷うなぁ」

 「夢がひろがるぜぇ」


 連中は口々に好き勝手言っているが、意図は掴めた。 

 どうやら店が潰された事であたし達の正体が割れたのだろう。

 手柄欲しさにあたし達を狙ったのか。


 明らかに目の前の騎士達は昼間に見た「黄鎧騎士団」と比べれば質はかなり落ちる。

 よく見ると、装備も黒ずんでいるように見えた部分は錆だ。

 武具の手入れすらまともにやっていない。


 なるほど、こいつ等は騎士団の中でもかなりの底辺なのだろう。


 ……と言うか何でこんな奴等が騎士になれ――あぁ、そう言えば……。


 騎士達の雰囲気で察した。

 こいつ等は元罪人だ。

 話だけは聞いた事があるが、罪を減免する代わりに国で働かせていると言う制度があるらしい。


 「さーて、さっさと捕らえて使い道を考えようぜ」

 「その前に一発ヤらせろ。最近、金ねぇから店行ってなくて溜まってんだよ」

 「お前、よくそんな貧相な女抱けるな?」

 「いや?貧相か?そこそこあるだろ?」

 

 下品な事ばかり言ってはいるが、騎士は騎士。

 逃がさないよう取り囲むよう移動。

 あたしを舐めてはいるようだが、最低限の警戒は怠っていない。


 どうする?

 弩は店から逃げる時に捨ててしまった。

 手持ちの武器は短剣が1本のみ。


 これで全身鎧の騎士の相手は難しい。

 

 ……何とか逃げないと……。


 「お前達!何をしているんだ!」


 そんな事を考えていると、連中の後ろから大声を上げて誰かが早足に歩いてきた。

 声からして若い男。ガシャガシャと鎧特有の金属音と足音だが随分と重い。

 現れたのは巨大な全身鎧だった。


 あたしを取り囲んでいる連中と比べても二回りは大きさが違う。

 そして鎧の意匠も独特だった。

 色は汚れを感じさせない白。


 全体的に角ばっており、無骨な印象を与えるが、それを打ち消すほどの豪華な装飾。

 そして最も目を引くのが胸の真ん中に彫られているグノーシスの紋章。

 どう見ても持ち主に合わせて作った特注品だ。


 こんな鎧を与えられると言う事は――。


 「聖堂騎士……」


 あたしを取り囲む騎士の一人が呆然と呟く。

 間違いなくグノーシス聖騎士の中でも最強の一角。

 

 ……終わった。


 こいつ等だけでも逃げるのが難しいのに聖堂騎士まで出てきた以上、完全に詰んだ。


 「大の男が雁首揃えて女の子一人を取り囲むなんて穏やかじゃないな?」


 聖堂騎士が静かにそう言うと騎士達は気圧される様に少し下がるが、引く気は無いようだ。

 やけ気味に言い返す。


 「あ、あんたには関係ないだろうが!これは街の治安維持の一環だ!」

 「そうだ!グノーシスは引っ込め!」

 

 聖堂騎士は「うーむ」と首を捻った後、続ける。


 「では、彼女はえー……何の咎であんた達に捕まりかけてるんだ?」


 騎士達は誰も答えない。


 「おいおい。言えない理由でもあるのか?」


 あたしは連中が黙っている理由を察した。

 こいつ等はあたしと言う手柄を取られたくないんだ。

 正直に話せば聖堂騎士はあたしを連れて行くだろう。


 連中はそれが面白くないんだ。かといって聖堂騎士を言い包めるほどの頭もない。

 だから黙るしかないんだ。

 

 「この子は俺が連れて行く。文句はないな?さ、行こう」


 そう言うと聖堂騎士はあたしの腕を掴んで歩き出そうとしたが、騎士達は道を塞ぐ。


 「ざけてんじゃねぇぞ!聖堂騎士だか何だか知らねぇが、横から来て獲物を横取りしてんじゃねぇ!」

 「だったら、納得できる理由を言ってくれ。彼女は何をやったんだ?」


 騎士達が再度あたしを引き渡すように言ってくるがもう物言いが騎士とはかけ離れすぎている。

 これじゃ盗賊と変わらない。

 聖堂騎士もあたしと似たような事を考えたのか顔の部分を手で覆う。


 「うるせえ!お前は女を置いて黙って消えればいいんだよ!」

 「えぇー……マジかー。国の騎士ってこんなチンピラばっかりなのかよ……」

 

 騎士達が次々と剣を抜く。


 「いくら聖堂騎士っつっても相手は一人だ」

 「おい!痛い目見たくなけりゃ女を寄越せ!」

 「……はぁ、結局こうなるのか」


 聖堂騎士はあたしから手を放すと手近な騎士に無防備に歩み寄る。

 近くの騎士は舌打ちして斬りかかったが鎧に剣が当たった瞬間、剣が折れた。

 

 「……は?」


 騎士は折れた剣を握って呆然としている。

 あたしも驚いた。弾かれるぐらいだと思ったが折れた?

 あの鎧どうなってるのよ!? 


 「じゃあこっちの番だな」


 聖堂騎士は呆けたままの騎士を片手で軽々と持ち上げるとゴミでも捨てるような感覚で、近くに投げ捨てる。

 地面に叩きつけられた騎士は痛みに低く呻く。

 他は驚きのあまりに固まっている。


 それはあたしも同じだ。

 全身鎧を片手で軽々と投げるなんて尋常な腕力じゃない。

 鎧の能力かとも思ったが、目の前の騎士達からしたら関係のない話だろう。


 あんな腕力で殴られたら――いや、掴まれただけでも危険だ。


 「まだやるか?なら俺も武器を抜くがどうする?」


 背に差した武器を親指で指す。

 

 「くそっ!覚えとけよ!」

 「お約束過ぎて言葉もねぇな」


 騎士達は仲間を助け起こすと舌打ちして去っていった。

 

 「大丈夫だったか?」


 騎士達の姿が見えなくなった所で聖堂騎士はこっちに向き直る。

 兜の所為で顔は分からないが心配しているのは口調で分かった。


 「あ、ありがとうございます」


 敵ではあるが恩人だ。

 それに変な態度を取って怪しまれるのも不味い。


 「いや、気にしなくていいよ。ったくあんな連中でも騎士を名乗れる何て世も末だな」


 言いながら聖堂騎士は騎士達が去って行った方を見る。


 「よし。行ったみたいだな。良かったら家の近くまで送るけど……」

 「あ、いえ。あたしは大丈夫なんで!」

 

 見た目の割には随分と気さくに話す。

 彼の申し出は完全に善意なんだろうけど、受ける訳には行かない。

 今のあたしの位置からだと、もう周れる拠点はなさそうだ。


 そろそろ貧民街に戻らないと出発に差し障る。

 

 「ごめんなさい!助けてくれてありがとうございました!あたしもう行きます」

 「お、おい……」


 頭を下げながら早口にそう言ってあたしは駆け出した。

 我ながら酷い態度だが、時間がない。

 早く皆の所へ戻らないと……。

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