第87話 「人柱」

 俺は断りを入れると同時に後ろに飛んで距離を取った。

 

 「どうされました?使徒殿?」


 目の前のアイガーは不思議そうな口調で聞いて来る。


 「よく言う。お前の手下は断った瞬間に襲ってきたぞ」

 「何と!?それで警戒されているのですね!?使徒殿を不安にさせてしまうとはこのアイガー慙愧の念に堪えません。そう言う事でしたら使徒殿が我等を警戒されるのは無理のない話」


 言いながら悲し気に首を振る。

 それを見ても俺は白々しいとしか思わなかった。そもそも複数回に渡って襲撃をかけた癖にさも今知りましたと言った感じは胡散臭いを通り越して不快だ。恐らくだがこいつが責任者だろう。

 そんな立場に居る癖に知りませんでしたは通らない。

  

 そもそも、こいつの言っている事も要するに「力を寄越せ」って事だろう。

 はっきり言って命を狙った上に初対面の相手にどんだけ図々しいんだよ。 

 大方、捕獲して従わせようとしたが、難しいから懐柔に切り替えたって所だろ?


 検討する事すら馬鹿らしい提案だ。

 だが、色々と気になる事を言っていたので何とか情報を引き出したい所ではあるが……。

 どうした物か。ちなみに殺すのは確定だ。


 まず気になるのは『アポストロス』と言う存在。

 俺がそうだと確信を持って言っている所を見ると、恐らくは転生者。

 何人かいると言う話と口ぶりから察するにダーザインの中でもかなり重要な位置に居るのだろう。


 転生者が複数で連んでいる事とこんな大掛かりな事を堂々とやらせている事を考えるとまともじゃないだろうしできれば関わり合いになりたくないな。

 俺は自分の事を棚に上げながら警戒を強める。


 次に俺を見分けた方法だ。

 アイガーは『業』が見えると言っていた。

 つまりは転生者はそう言う奴からはかなりおかしな見え方をするようだ。


 ……文字通り一目で解る訳だ。


 最後に祝福。これはある程度察しが付く。

 恐らくは俺もやっている生体改造だろう。

 確かにアレは手っ取り早く容易に強くなるだろう。


 連中が言っている人の殻とやらを破るのも容易い。

 わざわざ俺を取り込もうとするのは改造して貰える奴は限られているからだろう。

 ……で目の前のアイガーはその限られた枠から弾かれた口って訳だ。


 まぁ、ダーザインの使徒殿とやらがどんな奴かは知らんが、誰彼構わず祝福とやらを施している訳じゃなさそうだ。


 ……実際、アレやると疲れるしな。


 それでも食事さえ足りていれば日に数十人ぐらいは改造できるだろう。

 実際、最低限の強化で済ます場合は全力でやって俺なら日に百近くは行ける。

 面倒だからやらんがな。

 

 さて、話を戻そう。

 目の前の男をどう始末した物か。

 悪魔に向けて手を翳しっぱなしにしているのは動きを封じるのに必要だからだろう。

 

 その悪魔は低い唸り声を上げながら拘束を解こうともがいている。

 まずは腕を狙って拘束を維持できないようにして、悪魔を自由にすれば状況は随分と楽になるだろう。

 見た所、ダーザインを目の敵にしているようだし俺としても無理にやりあう必要はないので基本放置で問題ないだろ。逆に生かして置く必要もないので適当に戦って相打ちにでもなってくれればベストだな。


 妙な事をされる前に速攻で沈める。

 俺は一気に踏み込んで腰の剣を抜き打つ。狙いは腕。

 アイガーは口の端を吊り上げて顔に巻き付けている布を取り去る。


 「致し方ありませんな!少し大人しくして頂きましょう!」


 露わになった顔は――ある意味予想通りだった。

 わざわざ目隠しなんてしてるんだ。痛々しいファッションでもない限り理由がある筈だ。

 アイガーの目は左がガラス玉のような透き通った色をしており、右は逆に真っ黒。


 ……さっき喰った奴に似てるな。

 

 そして額には金の目玉が嵌まっている。

 

 「<魔眼:盲目の視線>」

 

 右目が薄く光ったように見えた瞬間、俺の視界が真っ黒に染まった。

 何だこれは?あの目の能力か?

 俺はこの闇の正体が分からなかったので、取りあえず風で吹き飛ばす事にした。


 魔法は起動したが闇は晴れない。

 俺は内心で舌打ちして、視界の確保を諦めて術者を仕留める方向に切り替える。

 <爆発Ⅲ>を前方に叩き込む。

 

 轟音とアイガーの焦ったような声が聞こえた。

 俺は声が聞こえた方に魔法を撃ちこむ。更に爆発。


 「こ、これは!?急げ!抑えていられない!」

 

 ……逃げる気か?


 させる訳ないだろう。

 俺は盲撃ちでは当たらないと判断して<炎嵐Ⅲ>を発動。

 悪魔も消し炭になるが――まぁ、別に構わんだろう。特に恨みはないが一緒に焼け死んでくれ。


 ある程度密閉された教会内に炎の嵐が吹き荒れ、熱で埋め尽くされる。

 しばらく焼き続けると不意に視界が戻った。

 周囲を見ると教会が火の海になっており、アイガーとヴォイドの姿はない。

 その場に残っているのは悪魔だけだ。焼け残っているとは頑丈だな。


 ……しまったな。逃がしたか。


 ただ、悪魔は倒れ伏しており生きているかは怪しい。

 俺は悪魔を蹴り転がして状態を確認すると、胸の真ん中に大穴が開いていた。

 察するに『心臓』とやらを抜かれたのだろう。関係あるかは不明だが背中に刺さっていた物もなくなっている。


 ほっといても死にそうだが勿体ないから喰っておくか。

 その証拠に悪魔の体が末端から崩れ始めている。


 ……あの謎の重力攻撃は欲しいしな。


 手を伸ばそうとして動きを止める。俺の動きを止めたのは悪魔の表情だ。


 顔をくしゃくしゃに歪めて、血の涙を流している。その表情にはただただ悔しさだけが浮かんでいた。 

 諦めきれないのか、自由にならない体を起こそうとしているがどうにもならないようだ。

 俺は悪魔の顔を無感動に眺めた後、口を開いた。


 「おい。口は利けるか?」


 悪魔は初めて俺に気が付いたように顔を向ける。

 

 「口は利けるのかと聞いてるんだが?」

 

 俺は重ねて聞く。

 悪魔は口をパクパクと動かしているが声は出ていない。

 その様子なら言葉は理解できているようだな。


 「さっきの連中を殺したいか?」


 俺は悪魔と目を合わせながら言う。

 悪魔は視線に憎悪を滾らせる。聞くまでもなかったな。

 それを見ていると俺の深い所で何か黒い物が蠢くのを感じた。

 

 その感覚を無視して俺は続ける。


 「なら、俺がもう一度立たせてやる。その為にお前は俺に何をくれる?」


 悪魔は自由にならない体を意志だけで動かして俺の肩を掴む。

 その目はドス黒い輝きを帯びており、視線は「何でも持って行け」と言っている。

 俺はそれを見て頷く。


 「交渉成立だ。まずは治療からだな」


 そう言いながら、俺は悪魔の胸に空いた風穴に無造作に手を突っ込んだ。  

 

 




 荒い息を吐きながら私――ヴォイドは必死に遺跡の通路を歩いていた。

 

 「同志ヴォイドよ。もう少しだ」


 なら肩の一つも貸してくれと言いたくなるのを抑えながら必死に前を歩くアイガーに付いて行く。

 傷が深い。あの悪魔と化したリックに痛めつけられたお陰で全身がガタガタだ。

 攻撃の大半を白の鎧が肩代わりしてくれたお陰で死なずには済んだが、鎧はもう使い物にならないので通路に入る前に脱ぎ捨ててしまった。


 

 それよりも深刻なのは悪魔から『心臓』を抜き取ろうとした際に、近くに居た男の<爆発>をまともに受けてしまった事だ。


 そのお陰で全身に深い火傷と恐らく体内にも浅くない傷を負ってしまった。

 魔法で応急処置は施したが、早く本格的な治療をしないと命に係わる。

 それにしてもあの男は何だったんだ?


 <爆発>と言う消費魔力の所為で単独では使い辛い魔法をふざけた速度で連発している時点で普通ではなかった。アイガーが『使徒』と呼んでいる所を見ると報告にあったローと言う冒険者なんだろうが……。

 

 ……『使徒』とは一体何者だ?


 ダーザインとテュケの中でも重要な位置に居る人物の何人かがその『使徒』らしいが彼らについて詳しく知っているのはごく少数だ。

 アイガーは何かを知っていて手に入れようと動いていたようだが上手く行かなかったようだ。

 強引に捕らえようとした結果らしいが、そう考えると当然の反応か。

  

 確かにローと言う男には底知れない物を感じたが、それは『使徒』などと呼ばれる程の突き抜けた何かなのだろうか?

 アイガーは多種多様な『魔眼』の移植に成功し、『位階』を『第一位階―五部位モノ・ペンタ』まで上げた男だ。そのアイガーが見つけたと言う事は俺には分からない何かがあるのだろう。


 『位階』とは悪魔の一部を移植しその能力を手に入れた時に上がる。

 部位が増えれば増えるほど位階が上がり、ダーザインでの地位も高くなっていく。

 アイガーの場合は部位は『目』のみなので『第一位階』。


 だが移植している物が複数ある場合は『位階』の後ろに『部位』と言う肩書が付く。

 眼球の移植が両目と額の三つに両掌に二つの合計五つで『五部位』と言う訳だ。

 私もこの任務が終わればどこかしらの部位を『移植』して『位階』を上げられる。


 ……はずだった。


 そう難しくない任務だったはずだ。

 お膳立ては既に完了しており、後は実行するだけの計画だった。

 そもそも、この街は造られた時点でダーザインの影響下にあり、言うなればここは我々の領域だ。

 

 グノーシスはそうとも知らずに掌の上で踊っており完全に制御もできていた。

 保険も兼ねて余計な事に気が付きそうだったヘレティルトを処分し、事後の責任を一身に引き受けてくれる身代わりに仕立て上げた。

 

 儀式の触媒に必要な『心臓』を集める為の選別も問題なく進んだ。

 住民から候補を選び、最も高い『業』を捻り出した瞬間に触媒にする方法も確立していた。

 儀式の核となる『心臓』を作る為の触媒もあっさり見つかった。


 学園に通う生徒の一人で特に人間関係に恵まれた、とても幸福そうな少年だった。

 その人間関係の中にこちらの息がかかった者がいたのも僥倖で、条件としては文句なしの逸材だ。

 手始めにその小僧の幸福を破壊した。


 上質な悪魔を呼び出す為には高い『業』が必要だ。

 憤怒、悲哀、絶望と言った負の感情が『業』を高める。

 特にすべてを奪われた時の怒りは凄まじく、瞬間的にだが『業』が一気に高まるのだ。


 その瞬間を逃さずに捕らえる。

 そうすると少々の質の悪さを補えるほどの良き素材となるのだ。

 小僧の場合は順番に周囲の環境を破壊して胸の内に憎悪を滾らせ、最後の希望を握り潰して絶望させる。

 

 結果、普通では呼び出すのが難しい程の上質な悪魔を呼び出す事に成功した。

 だが、思ったよりも小僧の怒りが大きく自我を残して悪魔の体を乗っ取ったのは誤算だったが、上手く行った……はずだ。

 

 ――はずだった。


 悪魔の戦闘能力が予想以上であった事と偽装の為に自身の装備を部屋に置いてきた事、そして何故か教会に居たローと言う男の存在。

 その全てが悪い方に転がった。お陰で私は殺されかけた上に現在、死にかけている。


 魔力は枯渇しかかっており治療が満足にできず、傷は深く痛みがジクジクと全身を蝕んでいるが、まだ私は生きているし『心臓』も確保した。これで儀式は行える。

 あの小僧も魔力の供給源を失った以上は長くないだろう。ローはアイガーに任せれば問題ないはずだ。


 そもそも確保を提案したのはアイガーだ。奴に責任を取ってもらおう。

 ダーザインの『移植』より得た能力にグノーシスの聖堂騎士にのみに許された私の専用装備『白雨の鎧』と『濡羽の剣』。


 その全てを揃えた私は更に強くなる。

 そうなればあんな小僧や小娘なんぞに大きな顔は…。


 「同志ヴォイド。着いたぞ」


 アイガーの声で我に返る。

 いつの間にか目的地に着いていたらしい。

 周囲を見ると、ここは街のあちこちにある祭壇の1つのはずだが…。


 ……おかしい。


 現在、儀式が進行している以上、街にあるすべての祭壇が動いているはずだ。

 にも拘らずこの祭壇は動いていない。どういう事だ?


 「同志アイガーこれは一体――」

 「<魔眼:制止の視線>」

 

 言いかけて体が動かなくなった。

 

 「ここが機能していない事が気になるんだろう?」


 アイガーは手を翳しながらゆっくりと私の前に移動する。


 「本来ならば、ここで触媒に使う『心臓』が陣を維持する為に魔力を吐き出しているはずなんだが、襲撃されてね。情けない事に皆殺しにされた上に『心臓』を奪われてしまったらしい」


 そこまで聞いてアイガーが何を言おうとしているのかを察した。


 「恐らくは使徒殿の仕業だろう。いやいや、困ったお方を敵に回してしまった物だな」


 冗談じゃない。何で私が――。


 「そう言う訳で、同志ヴォイドよ。悪いが君はここで魔法陣完成の為の人柱になってくれ」


 何故だ。


 「君の尊い犠牲は我々の中でしばらくの間、語り継がれるだろう」


 あらゆる手を使って聖堂騎士になったんだ。


 「口も聞けないのはつらいだろう?すぐに楽にしてあげよう」


 御前試合であの女に地を舐めさせられたお陰で私の実力に疑問を持つ声が上がり立場が危うくなった。

 

 「では、さようならだ」


 ダーザインと取引して連中に取り入って力を得てあの女に復讐して私の実力を思い知らせてあの女をあの女をあの女をををををををを――。

 

 次の瞬間、体に衝撃を感じて私の意識は闇に呑まれた。


 「良い『業』だ。こんな事なら最初から君を儀式に使うべきだったかな?」


 最後に何か聞こえたが、もはや理解できなかった。 

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