第71話 「勧誘」
「次の目的地はノルディア領という所でな。そこにあるオールディアと言う街だ」
「何があるんだい?」
「遺跡で有名な所だな。他はグノーシスの聖騎士養成所『学園』があるぐらいか」
俺はサベージの背に乗ってのんびりと流れる景色を眺めながら後ろのハイディにこれから向かう目的地について話をしていた。
ノルディア領。
ハイディに話した通り、遺跡と学園で有名だが、裏を返すとそれ以外はこれと言って特徴のない領だ。
まぁ、強いて挙げるなら治安がいいといった所か。
ウィリード程人口が多い訳ではないので、犯罪の類は目立つ。
騎士や聖騎士の数も多く、何かやらかすのはかなりリスキーだ。
観光目的以外では足を向け辛いのも一因だろう。
変化に乏しい場所なので、何かあると早い段階で気づく者が出てくるようだ。
もっとも犯罪なんてやる気はないので俺としては治安がいいのはありがたい。
さて、遺跡についてだが名称は特になく出土した『聖剣』に因んで『聖剣の遺跡』とか『剣の台座』何て呼ばれているらしい。
聖剣と言うのは件の遺跡から出てきたもので何でも凄まじい威力を誇り、戦争の流れすら変えるとか変えないとか言われている。
本当かどうか怪しい物だが、少なくとも聖剣と呼ばれる何かが掘り出されて、それを今はグノーシスがシンボルとして保管しているらしい。
そんな理由で遺跡はグノーシスにとって重要な場所なので色々と厳重だ。
……とは言っても発掘作業も無料じゃないので、探索が終わった領域を開放(見学有料)する事で維持費に当てているらしい。
……まぁ、見に来る奴は学術目的だから儲かってるかどうかは微妙だがな。
もう一つの名物『学園』はその名の通り未来の聖騎士を育成する為の施設で、最大の特徴は授業料やその他諸々がなんと無料。
その代わり、難易度の高い試験を潜り抜けなければならない。
魔法、体術、知識と三拍子揃えた人材を広く求めているらしい。
確かに個々の『質』を上げるにはいい方法だろうな。
上手く卒業出来て首尾よく聖騎士にでもなれれば将来は安泰だろう。
聞けば聖騎士は高給取りらしいからな。
入学試験を受けたがる奴は後を絶たないらしい。
正直、俺は学園という響きにいい思い出が皆無なので関わりたくないな。
取りあえずノルディアでの用事は遺跡の見学だけだ。
後は適当にギルドで路銀を稼いで次だな。
「聖剣の遺跡かぁ……。遺跡はともかく聖剣には僕も興味あるな」
「残念ながら現物はグノーシスが管理しているから見られないぞ」
「それは少し残念だね」
そんな話をしている内に目的地のオールディアが見えて来た。
街に入るとまずは宿探しだ。
外ならともかく街中でサベージは目立つ。
街の外で待たせるつもりだったが、サベージが嫌がったのだ。
どうも屋根のある所で寝たいなどと思念を送って来た。
しかも、よりにもよってハイディに媚びた視線を向けて取り成して貰おうとする始末。
……このトカゲめ、要らん知恵をつけやがって。
案の定ハイディは「可哀想だから連れて行こう」とか言い出してやむを得ず厩舎付の宿を使う事になった。
宿を見つけること自体はそう難しくはなかったので、手続きを済ませて厩舎にサベージを放り込んだ俺達はまずギルドで登録を済ませる事にした。
「それにしてもえらく偏ってるな」
「そうだね、いくらなんでも多すぎるよ」
壁に貼り付けてある依頼の書いた紙なんだが……。
大半が人探しだ。
どうなってるんだ?ここはそんな頻繁に人が消えてるのか?
……治安が良いって話は何だったんだ。
ギルドの職員に話を聞けば、どうも最近この街で女子供を中心に行方不明になっているらしい。
この辺りは未確認だが、黒ローブを着た胡散臭い連中が街で攫って回ってるとか。
正体はこれも噂だが『ダーザイン』とか言う怪しい集団らしい。
……まぁ、実際は怪しいを通り越してかなり危ない集団なんだがな。
ダーザイン。
掲げているお題目は『人間の限界を超える』。
具体的に何をやっているかと言うと主に悪魔召喚と人体実験だ。
悪魔召喚はいつかのファティマがやった奴だな。
そんな物呼び出して何をするかと言うと、人間と融合させて新たな種として進化する実験を行っているらしい。
当然、失敗すれば死ぬより酷い目に遭う訳だが、連中は懲りずに人体実験を繰り返して死体の山を作り上げている。
それも自分達だけでやればいい物を他所から人を攫って実験材料にしている物だから、グノーシスからは邪悪な集団扱いされて討伐対象に指定されてしまっているようだ。
さて、何でそんな事を知っているのかと言うと実はファティマの実家…ライアード家がその手の実験に傾倒しているからだ。
もっとも、連中が重きを置いているのは悪魔の兵器化らしく、ダーザインと繋がってはいるが目指す方向性は違うみたいだ。
まぁ、ファティマの召喚した悪魔を見た感じ、あまり上手く行っているようには見えないな。
もっともファティマが直接繋がっている訳ではないのであまり深い所までは不明だが、ダーザインがここで何かしら実験をしていると言う事に関しては…充分に有り得る話だ。
あの集団は可能性があるなら躊躇すると言う事を知らない連中の集まりらしい。
可能性に挑むと言えば聞こえはいいが、関係ない奴からしたら迷惑以外の何物でもないな。
面倒事は御免だ。遺跡の見学が済んだら早々にここから立ち去ろう。
特に相手が組織の場合、下手に目をつけられると逃げ回る事になるしな。
「ハイディ」
「なんだい?」
俺が声をかけると依頼を確認していたハイディはこちらに顔を向ける。
「ここで依頼を請けるのはなしにしよう」
「それは構わないけど、路銀は大丈夫?」
「問題ない。俺の都合でもあるからこの街での支払いは俺が持とう」
「いや、そこまでしてもらわなくても――」
ここの依頼は請けたとしても達成できるかが怪しい。
本当にダーザインなら、行方不明になった奴らはとっくに何かしらの実験なり儀式なりに使われているだろう。
見つかったとしてもいいとこ死体のパーツぐらいだ。まともな状態で見つかるとは思えない。
……とてもじゃないが達成できる気がしない。
死体の一部を持って帰って難癖付けられても敵わんしな。
そうと決まればここには用はない。
俺達はさっさとプレートの登録を済ませると、遺跡へ向かったが――。
「うむ。見学を許可しよう。許可証を発行するので明日来てくれ」
……なぜだ。
目の前の聖騎士は俺から金を受け取ると大きく頷いてそんな事を言い出した。
場所は変わって『聖剣の遺跡』。
近づくと警備と出入りの管理をしている聖騎士がいたので見学がしたい旨を伝えて、提示された金額を支払い中に入ろうとしたらそう言われた。
何でもここは入るのに魔法道具が必要で用意に一日かかるとか。
……嘘くさいな。
身に着けた対象の位置を特定する道具らしいが…まぁ、変な所に入り込まれないようにって事だろう。
そんなに入られるのが嫌なら開放なんてしなきゃいいのに。
お陰で中が見れるから俺としては特に文句はないが、一日は待たせすぎだろ。
俺は内心で溜息を吐きながら道を歩いていた。
遺跡の見学手続きを済ませた俺達はその場を後にし、消耗品の補充をしに行ったハイディと別れた俺は特に用事もないので辺りを散策していたが…。
……どうした物か。
視線を感じる。
探知系の魔法で探ると数人程俺の後を尾けてきているようだ。
この視線は街に入ってしばらくすると感じたが、尾行はハイディと別れて少ししてからだな。
宿まで案内する気はないのでさっさと仕留めて事情を吐かせるか。
有能そうなら操ってしまおう。
俺は適当な路地に入ると人気が無い所まで歩く。
完全に人気が無くなった所で足を止める。
すると、前後から黒いローブを着たあからさまに怪しい奴が現れた。
前に二人。後ろに一人か。
一応、確認したが伏兵の気配はなし。
上手く隠れている可能性は捨てきれないので警戒はしておこう。
「さっきから尾けてきていたみたいだけど何か用かな?」
黒ローブはお互いに視線を交わすと、前に居る奴の1人が口を開いた。
「我等はダーザイン。人の殻を破りて人の頂きを越え更なる頂きを目指す者だ」
……あ、そうですか。
何を言ってるんだこいつ等?何か拗らせてるのか?
「……で?そのダーザインが俺に何の用だ?」
「貴様の魂は我等の同胞となるに相応しい輝きを放っている。我らと共に来い。人を超越した力を与えよう」
これはアレか?俺は犯罪集団に誘われているのか?
何でまた俺に目を付けたのかね。
色々と分からない事は多いが答えは決まっている。
「悪いが他を当たってくれないかな?」
こんな痛々しい連中の仲間になるとか勘弁してくれ。
真顔で「更なる頂きを目指す者だ」とか面と向かって言われると反応に困るぞ。
断ると同時に振り向いて後ろに拳を叩き込む。
俺の拳は後ろから俺に斬りかかろうとした奴の顔面を捉えた。
そのまま振りぬく。
顔面の骨を砕いた感触が伝わって来た。
それと同時に<沈黙Ⅱ>で音を消して<爆発Ⅲ>を前の二人に叩き込む。
一人はまともに喰らって吹っ飛んだが、もう一人は壁を蹴って躱したか。
狭い路地だったからⅢならまとめて入るかと思ったが、三角蹴りとは予想外だ。
格ゲーでしか見た事ないぞ。
更に壁を蹴って斜め上からナイフで斬りかかって来た。
回避としてはいい手だったな。そのまま逃げてたら死なずに済んだのに…。
真っ直ぐ飛んで来たので<風刃Ⅱ>で縦に両断してやった。
空中では躱しようがないだろ。
それにしても断った瞬間に襲いかかってくるとかとんでもない奴等だな。
……おや?どこかで聞いた話だな?
直ぐに思い出した。
古藤氏だ。デス・ワームの話その物じゃないか。
仲間になれと声をかけてきて断ると襲いかかってくる。
最悪だ。ダーザインがその「敵」なのかは微妙だが……。
はっきり言って目の前に転がっている連中レベルならあの蜘蛛怪人でも何とかなるだろう。
話によれば次から次へと刺客を送り付けて来たらしいからな。
まぁ、取りあえず記憶を抜いて情報を確認するか。
殴り倒した奴を起こそうとしたが、そいつはいきなり起き上がるとナイフで自分の喉を抉って自殺した。
何をやってるんだ。あれか?情報を漏らさない為か?
……まぁ、俺には効果がないけどな。
死体に近づこうとしたが、魔法発動の気配がしたので足を止める。
何だ?まだ生きてるのか?
死体が薄く光ると同時に爆発して黒い霧のような物をまき散らす。
黒い霧に触れた壁や地面が溶け始めている。
俺は舌打ちして魔法で風を起こして霧を散らしたが、後には何も残っていなかった。
残りの二人も同じように爆発。同様に風で散らしたがこちらも綺麗に消えている。
「……困ったな。どうした物か……」
俺は重い溜息を吐くしかなかった。
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