第64話 「蛇女」

 扉がゆっくりと開き、中に入る。

 中の臭いは更に酷い。明かりがないから真っ暗だが、俺には関係ない。

 部屋の奥に巨大な影。なるほど確かに蛇女だ。


 女の上半身に蛇の下半身。

 とぐろを巻いているので全長は何とも言えないが結構なサイズだ。

 これは普通の馬車に乗らんな。


 蛇女は俺に気が付いたのか身を起こす。

 確かに腰から上は中々の美女だが、俺の琴線には触れないな。

 これに欲情できるとは注文した金持ちとやらは中々の上級者だ。


 まぁ、健康状態は良くなさそうだな。

 腰から上はガリガリに痩せている。

 ほとんど人間にしか見えないのでその辺は分かりやすい。

 

 シューシューと細い息を吐いて、瞳孔が縦に長い目でこちらをギラ付いた眼で見て来る。

 そりゃ腹減ってるだろうし当然の反応だろう。

 蛇女は少し身を沈める。


 ……あ、これ突進攻撃の類だ。


 予想通り突っ込んで来た。

 これまた予想通りに俺の隣の空間を通り過ぎて壁に激突。

 うろ覚えの知識だったが案外役に立つものだ。


 この真っ暗な状態でどうやって俺を見ていたのか気になっていた。

 昔何かで見たんだが、蛇は熱か何かで獲物を探せるらしい。

 半分別の生き物だから効果があるかは怪しかったが、自分の体温を可能な限り下げて、俺の隣の空間に魔法で熱を発生させておいた。


 蛇女は俺が用意したダミーの熱源に突っ込んでいったと言う訳だ。

 それにしても大した速さだ。弱っていてこれか。

 万全な状態で来られたら対処に遅れるかもしれんな。


 取りあえず棍棒で後頭部を二、三発殴りつける。

 何かブヨブヨして殴った気がしないな。

 追加でもう数発殴った後、動けないように<地隆>で串刺しにして動きを封じた。


 殺すのは勿体ないからこいつも貰っていくとしよう。

 

 その後、指を蛇女の耳に突っ込んで『根』を伸ばす。

 適当に記憶を頂いた後、支配下に置――く前にちょっと弄った方がいいな。

 こいつ知能がかなり低い。ぶっちゃけた話、ゴブリンと――いや、それ以下か?


 まずは脳みそを弄って最低限、人間並みの知能を与えよう。

 せめて喋れるようになってくれ。

 後は『交信』で言葉の使い方をイメージで送り込めば…まぁ、何とかなるだろう。


 「起きろ」


 蛇女はのろのろと身を起こす。


 「何か喋ってみろ」

 「はイ?シゃベっテみマしタ?」


 うーん。発音がおかしいな。

 

 「俺の言葉が理解できるか?」

 「ハい」


 ならいいか。どうせファティマに押し付けるし。


 「あノ――」


 蛇女がおずおずと言った感じで声をかけてくる。


 「どうした?」

 「おナかガすキまシた。ナにカたベさセてイたダけマせンか?」


 ……あぁ、そう言えばこいつ飲まず食わずだったか。


 「分かった。だが少し待て。外に出たら何か食わせてやる」


 俺は「面倒を起こすなよ?」と付け加えて扉を強めにノックする。

 

 「俺だ。終わったから出してくれ」





 扉を出ると店主が驚いた顔で俺の方を見ていた。


 「あ、あの、ラミアは……」

 「は付いた。馬車の用意が必要になるから、数日後に引き取りに行く」

 「は、話?」


 俺は扉を全開にする。店主が小さく悲鳴を上げるが無視。

 開いた扉から蛇女がぬっと出て来た。

 

 「ペギー。こいつが乗る馬車はどれぐらいで用意できそうだ?」

 「二、三日あれば行けるってさ」

 「分かった。……そう言う訳だ。二、三日大人しくしていろ」


 蛇女は頷くと戻って行った。


 「何をしたのですか?」

 「どっちが上か分からせただけだ」

 「そ、そうですか。所であのラミアは――」


 俺は軽く溜息を吐く。表情で何を考えてるか透けて見えるぞ。

 制御できると分かった途端、惜しくなったか。

 想定していたので釘を刺しておく。


 「妙な事は考えるなよ?あいつは俺の言う事しか理解しない。言って置くが俺を騙って何かしようとして喰われても俺は知らんぞ?」

 「勿論ですとも!ちゃんと引き渡しますとも!」


 お前、語るに落ちてるぞ。引き渡すのは当然だからな?

 念の為、蛇女には俺かペギー以外が外に連れ出そうとしたら殺して構わないと伝えておいた。

 ついでにそうなったら店主は確実に殺すようにと付け加える。舐めた真似したら死んで貰おう。


 「約束通り蛇女は手懐けた。死にかけてる連中を貰うぞ。それと、さっきのリスト――じゃなくて目録に書いてあった。条件に合う奴隷はすべて買い取る。ペギー、馬車は?」

 「酒場に入る前に宿に預けておいたから必要ならすぐにでも持ってこれるよ」

 「分かった。ならすぐに頼む」


 ペギーは俺に金の入った袋を渡して早足に階段を昇って行った。

 俺は袋の中を確認した後、余分な金貨を袋から抜いて残りを袋ごと店主に渡す。

 

 「それで足りるはずだ。動ける連中を外に出して、動けない連中を運ばせる。構わないな?」

 「はい、すぐに準備いたします」


 店主が準備している間にファティマに連絡を取る。


 ――ファティマ。


 ――はい。何でしょうロートフェルト様。


 ――お前に頼まれていた奴隷の件だが何とかなりそうだ。


 ――それは良かった。人手が欲しい状況なので助かります。……それでどれぐらい送って頂けるのでしょう?


 えっと、買った健康な奴が三十八人。死にかけが――四十人ぐらいか?

 

 ――七十ぐらいだな。もしかしたら少し少ないかもしれんが――。


 ――充分です。それだけいれば問題ありません。


 ――それともう一つ種とは別で預かってほしい奴が居るんだが……。


 俺は蛇女の事を説明すると二つ返事で了承した。


 ――面倒をかけるな。


 ――いえ、労働力が増えるのは私としても喜ばしい事ですから。


 それにしてもファティマは何をやっているんだ?

 そこまでの労働力が必要な事があっただろうか?


 ――ロートフェルト様。一つ確認したい事があります。


 ――何だ?改まって?


 ――私はロートフェルト様の代理でオラトリアムを治めています。


 ――そうだな。


 ――領の方針や運営は全て私に任せて頂けると解釈してもよろしいですか?


 ――今一つ何が言いたいのか測りかねるが、要は俺にお伺いを立てる手間を省きたいって事か?


 ――そう取って頂いて結構です。つまらない事でロートフェルト様を煩わせる事も無いと思い――いえ、ご自分で決められると言うのであれば逐一報告は致しますがどうしましょう?


 ……まぁ、今のファティマが俺に不利になるような事をするとは思えないし、任せても問題はないか?

 

 考えたが特に反対する理由が思いつかなかった。


 ――好きにしろ。


 ――ありがとうございます。次に訪れる時には強く、豊かになったオラトリアムをお見せする事を約束します。


 別に維持するだけでいいんだが、金はあっても困らないし好きにやらせておくか。

 後は細かい打ち合わせを二、三して交信を切った。

 その後、買い取った奴隷達に動けない連中を店の外へ運ばせて、ペギーが持ってきた馬車に放り込んで街から出る。

 

 街から少し離れた人気のない所で停車して、一人ずつ話を聞くと言って『根』を仕込んで支配下に置いた後、死にかけている連中の支配と修理、その他諸々を終えると行先を指示して送り出した。

 こういう時は楽でいい。行先を教えておけば勝手に向かってくれるからな。

 

 だが、随分と『根』を使わされたので、腹が減ってしょうがない。

 取りあえず――飯にするか。






 

 愛しいあの方との会話を終えた私――ファティマはあの方からの贈り物をどう使うか考えています。

 私を含め、あの方の支配下にある物は手を抜かずに働いてくれるのでとても扱いやすく信用できる労働力であり戦力。

 

 現在、あの方から預かった部下は二十七名。

 大半は柄の悪い底辺共でしたが、身なりを整えてやれば立派な兵士に早変わりしました。

 中にはグノーシスの聖殿騎士や『剣客』と名乗る怪しい者もいましたが、腕は確かなので貴重な人材です。


 彼らの業務は多岐にわたり、領内の巡回、屋敷の警備、治水工事等、やる事はいくらでもあり、空いた時間は戦闘訓練と算術等の勉強と休みなしで働いてくれます。

 ただ、人数が少ないので手が足りません。


 その事をロートフェルト様にお伝えすると私の状況を察して、追加の人員を送って下さいました。

 こんなに早く対応して頂けるなんて流石はロートフェルト様!あぁ、愛しています!

 あの方の為に何かしていると思うと凄まじい多幸感に包まれます。


 これが私の愛!私は愛に生きている!

 あぁ、愛して……ここまでにしておきましょう。また下着が大変な事になっても困ります。

 今の状況に私はとても満足しています。


 以前のファティマは愚かな女でした。


 現実と妄想の区別もつかず、それをあの方に押し付ける。

 それを自覚していながら認めない。

 その証拠にロートフェルト様に「誰でも良かったんだろう?」と言われた時に否定できなかったのがその証拠です。


 結局、あの女ファティマは自分の妄想に近い形をしていれば誰でも良かったのでしょう。

 それで愛していた?はっ!鼻で笑ってしまいますね。

 ですが、あの方の血肉を得て再生したこの私は――いえ、私こそあの方を真に愛するファティマ。本当のファティマなのです。


 あの方は私達の事を模倣された人格――精々残響程度にしか思っていないでしょう。

 ええ、存じております。


 私達はあの方の手足であり触覚。その為に存在しています。

 ええ、存じております。


 支配されている?生殺与奪を握られている?

 ええ、存じております。


 私は言いましょう。それが何か?と。

 私の愛にとってそんな事実は些細な事です。

 ファティマ・ライアードはロートフェルト・オラトリアムを愛している。


 私の歩みに必要な道標はそれだけで充分です。

 やる事は多い。

 あの方から頂いた知識は断片的ではありましたが、有用な物も多く色々と使い道があります。

 

 どうやら、頂いたあの方が『根』と呼ぶ血肉の量に比例してあの方の知識を得る事ができるようです。

 オラトリアムの地盤はそう遠くないうちに安定するでしょう。

 ここまでであの方に指示された事は完遂と言ってもいいでしょう。後は維持さえできれば問題はないのでしょうが――足りませんね。


 あの方の玉座はもっと大きくなければならない。

 その為にはもっと広大な土地を。豊富な資源を。有能な人材を手に入れなければなりません。

 資源はシュドラス山を手に入れたい所ですが現状では厳しいでしょう。


 まずはライアードを手に入れ、足掛かりとしましょう。他はもう少し準備が必要ですね。


 待っていてくださいロートフェルト様。

 旅立ちたいなんて二度と思えないほど快適な生活をお約束します。

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