第60話 「騒動」

 俺とハイディは街を出ると近くで待機させていたサベージに跨る。

 

 「本当に外で待っててくれたんだ」

 

 俺は驚くハイディには特に答えずに手を引いて後ろに乗せると、サベージの腹を軽く蹴って走らせる。

 

 「ティラーニまではどれぐらいで着きそうだい?」

 

 ハイディの質問に俺は頭の中で地図を広げる。

 少し考えて…。

 

 「……五日、急げば四日って所だな」

 

 サベージが「え?」と言わんばかりにこちらを見る。

 そうか五日もいらないか。


 「四日だな」

 「そんなに早いんだ!?」


 サベージが俺に恨みがましい思念を送って来たが知らんな。走れ。

 それにしてもサベージでの移動は楽でいい。

 運転しなくても勝手に走るので周囲に気を使わず風景を楽しめる。


 その辺りは俺の腰に手を回してしがみ付いているハイディも同意見なのかキラキラした目で流れる景色を眺めている。

 ティラーニとディロードの間には大きな森があり、そこが境界らしい。


 森を抜ければ晴れてティラーニだ。

 森は一応危険らしく、ゴブリンやルプス、スクローファ等の獣が出るが――まぁ、問題ないだろ。

 どうでもいいけどゴブリンってほんとどこにでも居るな。


 種族の特性上、簡単に増えるからだろうが、いちいち絡まれるのが面倒すぎる。

 まぁ、今はサベージのお陰で適当に跳ね飛ばせばいいから、面倒ですらなくなったがな。

 事実、森の通過は座っているだけで終わった。


 サベージは木々を物ともせずにすり抜けて、時折出てくるゴブリンを跳ね飛ばし、ゴブリンが仕掛けた罠を華麗にスルー。時折、蹴り殺した死体を拾って齧りながら走ると言う余裕まで見せている。

 ハイディはそれを微妙な顔で見ていたが些細な問題だろう。


 予定通り、三日目で森を抜けてティラーニに入り、四日目で奴隷販売が盛んなバイセールの街が見えてきた。




 ティラーニ領。

 ディロードの西にある隣領。


 人口の大半が奴隷と言う凄まじい所で、住み着いている人間は、ほぼ奴隷かそのオーナーだ。

 元々、良質の鉱石や石炭が取れる炭鉱都市だったが、労働力を奴隷で賄っている内に気が付けば奴隷の市場が出来上がり、そのまま奴隷市場などと呼ばれるようになった。


 奴隷で経済を回して発展してきた所だ。

 この世界じゃ割と普通なのかもしれないが、日本の常識で考えるととんでもない所だな。

 …とは言っても需要はあるようで、この街に奴隷を買いに来る奴は後を絶たない。

 

 俺からすれば正直、見る所が全くと言っていいほどないので、ファティマに言われなければ足を向ける事はなかっただろう。実際、何もなければ反対のノルディアに向かうつもりだった。

 買い物だけ済ませて次行こう。


 距離的にボチボチ見えてくる頃か。


 ――大将。


 不意に頭に声が響く。

 ペギーか。


 ――どうした?


 先行してるって話だったからもう到着した頃か。

 その報告かな?


 ――今、バイセールに着いたんだけど様子がおかしい。


 ……どういう事だ?


 ――具体的に言え。

 ――街中で火の手が上がってあちこちで戦闘が起こってるみたいだ。


 何?

 奴隷が反乱でも起こしたか?……いや、無いな。

 自分で考えを否定する。


 例の首輪が付いてるんだ。主人を殺したら首が吹っ飛ぶぞ。

 まぁ、解除する方法はあるにはあるが……。


 ――分かった。悪いが情報を集めてくれ。俺達はもうすぐ着くからそこで合流しよう。報告はその時に頼む。

 ――あいよ。


 交信を切って、サベージに警戒するように伝える。

 サベージは一鳴きして了解と伝えて来た。

 

 「あれ、何だろう……?」


 後ろのハイディが呟くのが聞こえた。

 あぁ、見えて来たな。

 あれがバイセールか。


 確かにペギーの言う通り街のあちこちから煙が盛大に上がっている。

 街の近くに人が集まって何やら盛り上がっているな。

 近づくと何人かが寄ってくる。


 「おい!あんた冒険者――ってそれ地竜か。すげえな!」

 

 何だか期待に満ちた眼差しで俺達の方を見て、俺のプレートを見て、溜息を吐いた。

 おい。随分な態度だな。

 

 「大将!」


 人混みから声がしたのでそちらに視線を向けると、ペギーがかき分けて出て来た。

 

 「あんたら。そっちの人はアタイの連れだよ」


 言いながら首に下げている赤のプレートを見せると近くに居た連中は離れて行った。

 俺達に寄って来た連中と、サベージを遠巻きに見ている連中が消えたのを確認するとペギーは改めてこちらに向き直ると――。

 

 「場所を変えよっか?」


 そう言った。





 場所は変わって、街から少し離れた所で俺達はサベージから降りる。

 状況に付いて行けていないハイディは不思議そうな顔をして、俺とペギーの顔を交互に見た後、俺の服の裾を引く。説明しろってか?


 「あぁ、紹介していなかったな。彼女はペギー。今回の依頼の――まぁ、仲介人みたいなものだ」

 「ペギーだ。一応、冒険者だけど最近は闘技場で剣闘士とかやってる。よろしくお嬢さん」

 「ペギー。こっちはハイディ。俺の相棒だ」

 「えっと、ハイディです。よろしくお願いします」


 二人の挨拶が済んだ所で、話に入ろう。


 「さて、さっそく本題に入ろう。ここで何があった」


 ペギーの話によれば、魔物が街で暴れているらしい。

 昨日、街で恒例の奴隷の競売中に乱入してきて、取り仕切っている男を殺害。

 ……で、男が死んだ事によって飼っている奴隷の首も次々に吹っ飛んで、後は阿鼻叫喚。

 

 騒ぎを聞きつけた警備の人間が魔物と交戦。

 魔物は恐ろしく強く、未だに戦闘は継続中らしい。

 正体は不明。

 

 だが、ここ最近冒険者ギルドから依頼があった森に出没する新種の魔物ではないかという話がある。

 

 ……あぁ、そう言えばライトラップのギルドでそんな依頼あったな。


 「……で?街の近くに陣取っている連中は何だ?」

 「あぁ、冒険者ギルドの出張所みたいな物だよ」


 ……出張所?


 集まっている連中に視線を向けるとギルドの制服を着た連中が何人か見える。

 他は首輪つけてる奴が多いな。 避難してきた奴隷か。


 「要はあそこで緊急のクエストを発行しているのさ。あんだけやらかした魔物の討伐だから、報酬凄かったよ。ギルドの職員が討伐した者は高評価を約束するって話だったから、大将って今、黄二級でしょ?そいつ仕留めたら一気に青ぐらいくれるかもしれないよ」


 ペギーは「この手の依頼は珍しいから行けそうなら狙った方がいい」と付け加えた。


 ……ふむ。


 「ハイディはどう思う?」


 一応、相棒にも相談しておくか。

 俺はハイディに水を向けてみる。

 

 「君に任せるよ。行くのは危険だろうけど、街の治安を戻さないと依頼の買い物もできないし――」


 あぁ、そう言えば依頼って体でここに来ていたな。

 どちらにせよ、問題の魔物を見ていない以上は何とも言えんか。


 「……行くか。倒す倒さないはその魔物を見てからだ。ペギー、お前にも来てもらうぞ。魔物相手だがやれるな?」

 「あいよ。任せてもらおうかい」


 ペギーは元々来るつもりだったのか、籠手ガントレットを腕に嵌めている。

 後は…。


 「サベージ。お前も来い」


 知らん顔してその辺の草を食んでいたサベージは「え?」と言った感じで仰け反る。

 何を他人事みたいな態度を取ってるんだ。見られている以上、隠す意味もないしお前にも働いてもらうぞ。

 サベージは嫌そうに溜息を吐いた。

 

 




 

 ギルドでクエストの受注を済ませた俺達は街に足を踏み入れたが…。


 「酷いな」

 「そうだね」


 街の建物は何やら白い糸のような物が所々に巻き付いており、あちこちでそれが燃えているらしく火の手が上がっていた。

 何だこの糸みたいなものは?


 真っ先に思い浮かんだのは蜘蛛の糸だが……果たしてこれだけの量の糸をバラ撒けるようなサイズの蜘蛛なんてこの世界に居ただろうか?

 ざっと見た感じ魔物とやらは糸を吐き、糸は火に弱い。


 「……で、魔物は一体って話だったよな?」

 「アタイはギルドでそう聞いたね」

 

 俺の疑問にペギーがすぐに答えた。

 じゃあ何で街中で戦闘音が響いてるんだ?

 取りあえず、手近な所を見に行くか。


 全員で戦闘が起こっている所へ向かう。

 現場に着くと――何やってるんだあいつらは?

 冒険者らしい連中が何故か戦っていた。

 

 「おい!止めろ!」

 「無理だ!何とかしてくれ!」


 何人かが剣を振り回していて、残りが武器を構えつつ距離を取っている。

 攻めあぐねているように見えるな。


 それだけで状況を察した。

 どういう訳か一部、体だけ操られている奴が仲間と同士討ちさせられているようだ。

 操られてない奴らはやりにくそうにしている。


 「どうも操られてるみたいだねぇ」

 

 しかも正気を保ったままなのが質が悪いな。

 

 「どうする?助けに入る?」

 「ほっとけ。俺達は本体を狙う」

 

 戦闘してる連中を無視して先へ進む事にしたが、肝心の魔物はどこだ?


 「一応、最後――というか最初に目撃されたのは競売会場だって話だからそこを目指したらいいじゃない?」


 おぉ、ペギーお前、居ると便利だな。

 一応、今まで抜いた記憶の中にここの情報があったから場所は何とかなりそうだな。

 真っ直ぐにこの街の中心であるオークション会場へ向かう。


 途中、首が切断された死体がゴロゴロ転がっていた。

 あぁ、飼い主が死んだ奴隷か。気の毒な連中だ。

 後、サベージよ。こっそり死体の頭を拾って口に入れるの止めろ。ハイディに見られたら面倒だ。


 そのハイディは周囲の警戒をしていて、緊張の為か額に汗をにじませている。

 対照的にペギーは構えた様子はなく、普通に歩いていた。

 後、サベージよ。音を立てずに噛み砕くのは良いがいい加減、喰うのを止めろ。

 

 「た、助けてくれ……頼む」

 「体が勝手に動くんだ」

 「何とかしてくれ」


 歩いていると、操られている冒険者が何処からともなく湧いてきた。

 連中は口々に助けてくれだの、何とかしてくれだのと言っている。

 

 「大将?」

 「助ける必要を全く感じないな」

 「だねぇ。やりますか」

 「ちょ、ちょっと!?」


 止めようとしているハイディを無視して剣を抜いて手近の男を袈裟に両断する。

 隣ではペギーが敵を次々と殴り殺している。

 あのガントレットは中々の威力らしく、顔に喰らった奴は一撃で目玉が吹き飛び、腹に喰らった奴は薄い皮鎧ごと臓器を粉砕されて血反吐をまき散らした。


 サベージもここぞとばかりに喰い散らかしている。

 俺は両断した男の死体を確認する。うむ。完全に死んでる上に全く動かんな。

 どうやら死体は操れないようだ。


 ……おっと。死体の確認している間に終わったか。


 周りを見ると残りはペギーとサベージが全て片付けていた。

 早すぎだろ。サベージは死体をガツガツと貪っている。

 

 「何も殺す事は――」

 「いや、無理だろ」


 ハイディが何か言おうとしていたが内容は分かり切っているのでぶった切る。


 「助ける方法も分からん以上はどうにもならん。それとも連中に気を使って殺されてやるのか?」

 「殺さずに何とか無力化を――」

 「その結果、俺達の誰かが死んでもか?」

 「……」

 「覚悟を決めろ。無理なら街から出た方がいい」


 俺はどうする?と視線で問いかけた後、先へと歩き出す。

 

 「……すまない。行くよ」


 それだけ言うと俺に付いて歩き出す。後ろでペギーが肩を竦めてそれに続く。

 この先、何が出て来るやら。

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