第5話 「武器屋」

 城下町シュドラス。

 人口は大体、数万から十数万。

 まず見えるのは、石造りの家が広がる町並み。ゴブリン達は『下町』と呼んでいる。

 家が数軒毎に並んでそれを囲うように細い道が広がっている。

 

 現在立っている小高い丘から俯瞰で見てみると、網の目状に見える。

 例外は中心を走っている大きな道だろう。『大通り』と呼ばれてるらしい。

 大規模な資材運搬や、山の向こうに進軍する際の通り道になるらしい。

 

 次に見えるのは下町の奥にある少し作りがいい家が、麓から山肌に沿う形で並んでいる。

 こちらは、身分の高い奴や金を持ってる奴の住居らしい。こちらは『上』や『貴族街』などと呼ばれている。

 

 その更に奥、いや上と言うべきか?……に目的地シュドラス城がある。

 繰り返しになるが、山をくり抜いて作った城というよりは洞穴に近い。

 下町から伸びている大通りから真っすぐ上がれば正門にぶつかる。

 門番と中の警備兵は関所と違い、精鋭が務めているらしい。

 用もなく近づいた者、怪しい物は誰であろうと問答無用で攻撃してくるらしい。


 記憶の持ち主は一度だけ中に入った事があった。

 エルフの住む大森林に侵攻した際の戦利品を運び込む際に正門から中に入り、地下の宝物殿まで行ったらしい。

 道順は分かるので行くだけなら問題ない。

 だが、警備に関しては何とも言えない。

 当時は運搬のために警備が解除されてる上に、かなり時間が経っているので中も多少変わってるかもしれない。

 

 入った後。中にいる奴に聞いたらいいか。


 それと入る前に…。


 「腹が減った」


 何か腹に入れよう。






 下町に降りて始めにした事は飯屋に向かう事だった。

 酒場があるらしいので手近な酒場に入った。客は結構入っていて、席は半分近く埋まっていた。

 カウンターに座り、適当に肉料理と酒を注文して待つ。数分しないうちに料理が出てきた。

 

 どこぞの牛丼屋並みに早いな。


 食事は牛丼屋並みにとはいかなかった。

 焼いたベーコンのような物と何かの葉っぱ、ついでに野菜くずの入ったスープも出てきた。

 後、酒は何かぬるい焼酎みたいなのが出てきた。


 不味かったが、この体のフィルター機能のおかげで問題なく食える。

 不味い、お代わり。とりあえず目立たない程度に食べ続けた。

 たぶん美味い飯でもこの味気ない気分を味わうんだろうな。

 そう考えると少し悲しくなった。


 酒は多めに飲んだが案の定酔わなかった。

 毒も効かないって仮説は恐らく正しい。

 

 一通り食事は済んだので、料金を支払って店を出た。満腹にはならないが空腹は遠ざかった。

 料金は二シル五十カルらしい。シルは銀玉。カルは銅玉らしい。ちなみに金はゴル。

 

 店を出た後、上へ向けてブラブラと歩く。

 町並みは奪った記憶のお陰で特に珍しさは感じない。

 途中、武器と道具類を取り扱っている店があるのでそちらに足を向ける。

 

 店は麓に近いというよりは上との境目に近い所にある。

 見た目はその辺の民家と変わらないが、入口の横に剣の絵が彫ってあるプレートがぶら下がっている。

 プレートを一瞥して中に入る。

 

 中はさっき入った酒場とそう変わらない広さで、真ん中でカウンターに仕切られてる。

 部屋の隅には、空樽がいくつかあり、それに剣や槍が大量に刺してある。見てみるがどれも錆びていて切れ味が悪そうだ。

 反面カウンターの奥に陳列されている物はどれも手入れが行き届いており、見るからに高そうだ。


 特に高そうなのは壁に飾ってある物だ。剣が4本。槍が2本。弓が1つ。

 どれもうっすら光っている。

 

 これはアレか。


 ロートフェルトの知識にあった。『魔法付与武器エンチャント・ウェポン』とか『魔法道具マジック・アイテム』とかいう奴だろう。

 ダンジョンや大型魔獣の体内から出てくる。特殊能力を備えた武器だ。

 知識によると。矢を無限に生み出す弓、つけた傷が塞がらない剣、身体能力が上がる鎧など。

 これらは極端な例だが、要は装備すると何か恩恵に与れるありがたいものらしい。


 当然、例に漏れずお高い。

 現在の所持金は 七ゴル、五十七シル、三十三カル。

 比較的持ってる方らしい。


 まずは値段を聞いてみるか。


 『カベノオクノ……ブキ。ネダンシリタイ』


 ゴブリンの店主はこちらを一瞥した後、舌打ちして壁に飾ってある武器を指さす。

 

 『まず、この直剣が使用者に重さを感じさせない効果の剣だ。値段は十ゴル。

  隣が、使用者の身体能力を僅かに引き上げる剣だ。値段は二十二ゴル。

  んでその下が、刀身が一瞬発光して相手の目を眩ませる剣だ。一回使うと少し時間を置かないと再使用できない。十五ゴル。

  後は、持ってるだけで持ち主の体力を僅かに回復してくれる剣。六ゴル』


 体力回復の剣は買えそうだけどいらないな。この体、体力関係なさそうだし。

 次は槍を指さす。


 『次、槍な。こいつは、攻撃の際少し風を起こせる槍だ。前の持ち主は顔面狙って風を顔に当てて怯ませてたらしい。二十五ゴル。こっちが、あー。あれださっきの剣と同じだ。重さが感じない槍。十三ゴル』


 何か適当だな。

 最後に弓を指さす。


 『最後弓な。狙った所に矢が飛んでいく弓だ。五十五ゴル。ちなみに矢は一本十カルだ』


 店主は「どうせ冷やかしだろ?」と言わんばかりの顔でこっちを見ている。

 思った通り高額だった。手持ちでは足りないな。

 正直、足元見られてるような気がするのは勘違いじゃないだろう。


 先の事を考えるなら、できれば一つぐらい仕入れておきたいところだが…。

 

 『ホカニ、マホウソウビナイカ?』

 『……予算はどれぐらいだ? 買えもしない商品見せたくないんだが?』


 客にそんな態度取って許されるとは羨ましいな。

 日本なら場合によっては首だぞ。あ、こいつ店主か。

 

 『五ゴル、グライダ』

 『五ゴルねぇ……。お前、オークだろ? 随分持ってるな?』


 オーク、トロールは知能が低いので金を扱える者が少なく、報酬は基本的に物納なので金を持っている奴は珍しいらしい。

 店主が値踏みするように見てくる。

 あ、これ知ってる。中学の時に俺を虐めてた奴と同じ視線だ。

 あわよくば上前を撥ねてやろうって意地の悪い目だ。生前は黙ってたらカツアゲされた。

 

 生前のトラウマを刺激されて少し腹が立った。

 あれで行くか。

 カウンターに両手を叩きつける。店主が少し怯んで後ろに下がる。

 

 『コレハオレノカネダ!! オレガカセイダカネダ!!!』


 ほっとくとろくでもない事を言いだしそうなので先手を打って、キレたふりしてごまかそう。

 この手の輩はつけ上がるとどこまでも行くからな。

 都合悪くなると怒ってごまかすのはみんなやってるしな。親父とか小学三年の時の担任とか。


 その後も「ふざけるな」とか「俺を馬鹿にしてるのか?」と言った事を数分喚き続けてやった。

 店主は小馬鹿にしたような表情を引っ込めてさっきから「悪かった悪かった」としきりに謝ってる。

 完全に腰が引けていた。情けない。生前の俺にそっくりだ。


 喚くのを止めると店主はカウンターの下から木箱を取り出した。

 箱を開ける。中には首飾りや、リストバンドなどの装飾品が数点入っていた。


 『武器はしんどいがこの辺なら五ゴルで出せる』


 こっちの顔色を窺いながら商品を並べる。


 『まずこの首飾りだが、装備すると魔法詠唱の速度を僅かに上げてくれる』


 魔法、大したものがないのでいらないです。


 『こっちが、腕力が僅かに上がる首飾りだ』


 さっきから僅かしか効果ないのばっかりだな。これもいらないです。


 『これが、使用者の物音を薄くしてくれる腕輪だ。

  こっちの腕輪は、視力を僅かに上げてくれる。五ゴルで出せるのはこの辺だな』


 ふむ、詠唱速度上げてくれる首飾りはいらんな。

 腕力上昇も微妙。消去法で視力か減音か。どちらにしたものか…。

 悩んでいるとふと気が付いた。箱にまだ何か入っている。


 視線に気づいたのか、店主が指輪を取り出す。


 『ああ、それは魔法装備じゃねえよ。呪装備だ』


 呪装備? ロートフェルトの記憶にはなかったな。


 『基本は魔法装備と変わらんが使うと使用者に災いが起こる。

  その指輪は指に付けないと効果がないらしい。つけると詠唱なしで魔法が撃てる上に効果が跳ね上がるらしい。ただ代償として、一発撃つと指輪の呪いで指がなくなるぞ。おまけに苦痛も呪いで跳ね上がる』


 威力は凄まじいが代償がきついアイテムが呪い装備か。人間の方では別の呼び方をしてるっぽいな。

 使えるな。これはかなり使えそうだ。

  

 『ユビワ、イクラダ?』


 店主は驚いた顔をする。


 『おい、俺の話聞いてたのか?使うと指が吹っ飛ぶって言ってるんだぞ? お前みたいに効果に目が眩んだアホは何人かいたさ。そいつらは一発撃った後、返品に来たぞ』


 『ヘンピン、シナイカラ一ゴルデ、ウッテクレ』


 店主は溜息をつくと指輪をカウンターに置いた。

 

 『……分かったよ。好きにしろ。で?これだけでいいのか?』


 どっちかの腕輪にするかで迷ったが、減音の腕輪にする事にした。

 腕輪を指さし。六ゴルをカウンターに置く。

 店主は料金を確認した後、商品を差し出す。


 指輪は右手の小指、腕輪は左手首にそれぞれ付けた。

 用も済んだので店主に軽く会釈して店を後にする。





 店を出て城へ足を向ける。


 ……にしても、呪い装備……か。

 

 指輪に軽く触れる。触った感じ普通の指輪だ。

 苦痛という点では、痛みには強いので問題ないが……。

 指って千切れたらくっついてくれるんだろうか? それだけが心配だった。

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