パラダイム・パラサイト

kawa.kei

一章

第1話 「序」

――ゴミ虫野郎。

 小学生の時に同じクラスの奴に言われた。俺の何が気に食わなかったのか知らないが、クラスが別れるまで三年間虐められた。


――お前キモいんだよ。

 中学生の時に同じクラスの奴に言われた。どうもクラス行事に消極的だった俺がお気に召さなかったらしい。

そいつはクラスの中心人物だったので、クラス全体での俺の扱いが冷ややかになった。


――頬に衝撃。

 高校生の時、同じクラスの奴に殴られた。そいつは外面はいいが自分より弱そうな奴には強気な屑だった。

卒業まで散々、殴られたり金を取られたりした。


――お前本当にどうしようもないな。

 高校卒業後、実の父親に言われた。小中高と成績が振るわず、高校は私立しか受からなかった所から下り坂だった態度が急降下した。

要領も良く、成績の良い弟が居たので態度の差は顕著になった。


――役立たず。仕事なめてんのか

 専門学校を経て初めて就職した職場で、同僚達に言われた。

消極的な性格のせいで輪に入る事ができずに、中々仕事が覚えられずにいて焦っている時にそう言われた上に殴られた。

他の連中には聞こえよがしに「早く辞めればいいのに」と言い続けられた。


――情けね。

 数年続けたが耐えられなくなり、逃げるように仕事を辞めて家で腐っていた時に弟に言われた。

当の本人はいい大学入って、大企業に内定が決まってた。

 ……惨めだ。



 そして現在。

 俺は実家の庭に生えてる木の前に立ってる。

 椅子に乗って、首には枝に引っ掛けてるロープを巻く。


 後は、椅子を蹴り倒せば終わり。


 目を閉じて、これまでの人生を想う。

 うん、クソみたいな人生だったな。

 見るべき所がなさ過ぎて泣けてくる。


 息を吸う。息を吐く。


 「……お疲れ様」

 

 せめて自分ぐらい自分の事を労ってやっても罰は当たらないだろう。


 椅子を蹴り倒す。


 首に衝撃。息ができない。苦しい。即死しないのかよ。あ、そうか勢い付けて飛んで頸椎やらないとダメだったか。苦しい。苦しい。

早く落ちろよ。早く終われ。早く死ね。死死死死。


 頭の奥で何かが切れる軽い音がした。

 自分の中で何かが抜ける感じがする。


 あ、死んだ。


 その事実に少しだけほっとした。










 目を覚ましたら土の上だった。


 えっと……何で土の上で寝て……?


 最後の瞬間を思い出す。


 確か庭で首を……生きてんのか……は……自殺すら失敗か、終わってんな俺?


 体を起こそうとして、ふと気づく。体がおかしい。首を動かして自分の体を見る。

 まず、黒かった。そして細長かった。


 蚯蚓ミミズ……か?


 体が黒いミミズに近い生き物になっていた。


 ああ、次はミミズか……本当にゴミ虫野郎だったんだな俺。あ、ミミズは虫じゃなかったか?まあ、いいか。


 自嘲する。周りを見るとなるほど、草やら何やらがとにかくでかい。

 次に感じたのは疑問だ。なぜ記憶があるんだろうと。


 察するにミミズに転生したんだろうというのは分かった。


 はぁ…もっかいやらないといけないのか。


 次はどうやって自殺するかを考えていた。ミミズとして生きるなんて御免被る。


 まあ、適当に日当たりいい所いって寝てりゃ終わるか。


 路上で干からびてるミミズの姿を思い出しながら体を動かす。


 慣れない体での移動は難しかったが、別に急ぐ旅じゃない。この体って睡眠できるのかな?などとどうでもいい事を考えていると何か見えてきた。


 でかい……というより俺が小さいのか。

 

 何か肌色をしたでかいものだった。首を傾げながら周りを移動する。


 あ、人間だ。


 でかくてわからなかったが、人間だった。金髪のたぶん男がうつ伏せで倒れてる。顔は地面……というより泥に半ば埋もれている。


 死んでるのか?


 ピクリとも動かないところを見ると死んでるんだろう。泥に埋まってる状況で気を失ってるとは考えにくい。


 少し気にはなるが、どうせ他人事だし無視する事にした。俺はこれから日光浴で忙しい。もしかしたらこいつもどっかでミミズになってるかもな。


 ……?


 何故か……何故か、気になった。男の耳の穴が。


 ……何で?


 呼んでる……?いや、空腹? 何故か食欲に近いものを感じる。

 理由は解らないが凄まじい衝動だ。入りたくてたまらない。


 ミミズって死体喰うんだっけか?


 ミミズの生態には詳しくないのでその辺はさっぱりわからないが、少し、そう少しだけ気になった。


 死ぬのはいつでもできるしな。


 耳から中に入る。中は真っ暗だ。そりゃそうだろうよ。

 進んでると途中で壁みたいなのに数回当たったが、体を押し込んでぶち破った。


 進む進む進む。真っ暗なのでそのまま道なり?に進んでいると体が動かなくなった。


 引っかかったか?


 体を動かして感触を確かめると、どうやら自分の体から糸のような物が出ていてそいつが地面に根を張っているらしい。


 んん?何でいきなりこんな事に?ここってたぶん脳……。


 瞬間、視界が弾けた。








 ロートフェルト・ハイドン・オラトリアムはオラトリアム家の長男でありオラトリアム領の領主であった。

 年齢は二十二。兄弟はなし。親が決めた隣領の令嬢の婚約者が一人。

 幼い頃から父の後を継ぐべく、算術、剣術、魔法、その他領主として必要な知識、技術を修めていった。


 特に剣術というより戦闘には目を見張るものがあり、領内で何度か行ったゴブリンや盗賊の討伐で活躍し、当時領主であった父親を喜ばせた。

 性格は明るく社交的、誰であろうと裏表なく接する心の優しい青年であった。

 彼ならば、オラトリアム領の次代の領主として大成すると誰もが疑わなかった。


 だが、彼の歩む道に影が落ちる。

 彼が二十を過ぎた頃だった。父である領主が病に倒れ他界。後を追うように母もこの世を去ってしまった。

 新たな領主として彼は不慣れながらも、仕事をこなしていた。


 ある日の出来事だった。長年仕えていた執事が新しい商談相手を紹介してきた。

 オラトリアム領は基本的に農業で収益を得ていた。これと言った名産品はないが品質も良く安定した収穫量を誇っていたので、実際は無理をしなくても問題はなかった。

 執事は「個人的な付き合いのある信頼できる相手」と太鼓判を押していたので信じて任せた。


 数日後に執事は涙ながらに謝罪してきた。

 彼の話を要約すると、こちらが卸した作物が悪くなっているので契約に従って違約金を払えと。

 確かに契約書を見るとその通りの事が書いてあり、執事は自分の責任だとしきりに謝り「何とかする」と言った。

 

 さらに数日後、結局何ともならなかったので高額な違約金を支払うことになった。

 そのおかげで、領の財政は一気に傾いた。

 今までは問題こそなかったが、危ういバランスの上で成り立っていた財政状況だったので、今回の件で失った分の補填のために税を上げなければならなくなり領民からの不満が上がった。

 

 その年の冬は何とか越せたが、越せなかった者も少なからず居た。

 おかげで領民からの支持は急降下した。

 そして、畳みかけるように野盗に領地が襲われた。


 いつもは傭兵なり国からお金を払って騎士団を派遣してもらって常駐していたが、経費削減のため雇っていた傭兵団との契約を切った矢先の事だった。

 何とか撃退はしたが、村が一つ丸ごと焼失してしまった。


 それが、切っ掛けになり、続々と領民が領を出ていく。その頃には領の経営は取り返しのつかないレベルまで傾き始めていた。

 彼にできたのは、隣領に住む婚約者に領民の受け入れを頼む事だけだった。

 

 受け入れは不自然・・・なぐらい問題なく行われたが対価として領地の一部を手放すことになった。

 この頃には領民からの支持は地に落ち、領主としての能力に不満以外の感情を見せなくなった。

 さらには、どうした訳か財政が傾いた理由が彼が使い込んだことになっており、不満に拍車をかけた。

 

 不満を払拭すべく領民に噂は誤解だと訴えたが、石を投げられた。


 凄まじい勢いで悪くなる状況に、彼はかなり追いつめられていた。

 そんなある日、何か状況を打開する手はないかと書斎で物思いに耽っていると、例の執事が現れ申し訳なさそうな顔しながらお茶を淹れてくれた。


 結果的にこうなってしまったが、彼も領や家の事を思っての行動だ。責めるのは間違ってる。

 気にするなと言いながらお茶に口を付け……。








 

 それっきり記憶は途絶えてる。



 ……何というか……あれだ。マッチポンプのテンプレみたいだな。どう考えてもその執事と婚約者にハメられただろ。しかもこの間、約二年。早すぎるだろ……。

 その執事とやらは完全に有罪だが、婚約者の受け入れ対応も早すぎる。

 こうなると見越していたとしか思えない。


 突っ込み所しかない彼の転落人生に同情を禁じえなかった。

 ここまで完璧に騙されてるんだ。騙した方はさぞかし気持ちのいい思いをしてるだろ。


 騙す方が悪いに決まっているが、騙される方にも問題がある例だ。

 しかもこのロートフェルト君、執事や婚約者の事を欠片も疑っていないって所がもう哀れとしか言いようがない。


 彼、頭は悪くないはずなんだけどなぁ……。

 この分じゃ、領地もなくなって別の名前になってるだろう。具体的に言うと婚約者とかの。

 領民が出ていくって話から受け入れまでの期間が短すぎるよ……絶対、準備してただろ。


 バカな奴だ、少しは人を疑っていればこんなことにならずに済んだのに……。


 だが、記憶を見た俺なら解る。

 こいつはいい奴だ。

 少なくとも領民にとってはいい奴だった。

 領地を良くしたい。守っていきたい。皆を幸せにしたい。

 そんな事ばかり考えて努力していた。

 どうしてこんなお人よしに育ったのか、記憶を覗いたにも拘らずいまいち理解できなかった。

 

 理解はできないが、こいつはこんな目にあってこんな死に方するような事は何もしていないはずだ。

 それだけは分かる。

 記憶に引っ張られているのだろうか?何故か……見ず知らずの他人にも拘らず、手のひら返しする領民や長い付き合いをひっくり返してあっさり裏切る執事達に……。


 殺意を覚えた。








 目を開ける。立ち上がる。

 俺は、自分の……と言うには語弊があるが体を確かめる。

 結論を先に言ってしまうと、俺はミミズじゃなくて寄生虫の類だった。


 死体に取り付いて操る。俺はそういう事ができる生き物らしい。

 乗っ取ったロートフェルトの体の具合を確かめる。

 軽く柔軟をやってみる。手を組んで伸びをする。屈んで伸脚。


 問題なく動く。ただ、感覚が少し鈍く感じる。

 試しに落ちてる石を拾ってみるが、何だか手袋越しに触ってるような感覚だった。

 視覚、聴覚ともに問題なし。元の体よりよく見えるし聞こえる。


 「あーあーあー」


 口も問題なく利ける。言語も記憶を参照すれば問題ない。

 そして、俺の本体の感覚もある。


 頭の中、脳の天辺に陣取ってる。意識すれば動く事もできる。

 次に服装や持ち物のチェック。布製の服とズボン。その他持ち物なし。


 悲しい初期装備だ。


 記憶を覗いた際には流したが、魔法って奴がここでは存在してるらしい。

 ああ、これはあれだ最近流行ってる異世界転生って奴か、実際体験してみると……何というか、コメントし辛いな。

 元々、永遠に眠るつもりで首吊ったのに蓋を開ければ何の因果か虫に転生か……。


 結果だけ見ればある意味俺は自殺に失敗した訳だが……。 

 これからどう動こうか……。


 とりあえず。

 

 「腹減ったな」

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