第27話 誰しもの心が、この空のようであったなら。
1時間近くの時間を要して、どうにか永濱を納得させた。
『やだやだ! 先輩と2人いいの! こんなおっぱいも一緒なんてやだ!』
と、しばらくの間『今時子供でもこんな駄々のこね方しないだろ……』と思うくらいに喚いていたが(お口の南京錠は内側から簡単に壊された……)、俺の必死の説得に、空気の読める胡桃音ちゃんが乗ってくれて永濱に対して下手に出て自分が同道することをお願いしてくれたので、どうにか事態は収まったといえる。
年下に頭を下げられては、さすがの永濱もばつが悪かったのかもしれない。
しかし完全に俺が悪いというのに、胡桃音ちゃんには悪いことをした。まあ、永濱にもか。
仕方ない、そんな気はなかったけれど、せめてものお詫びに今日は俺が全ての支払いを受け持つとしよう。と密かに意を決した。
そして、ようやく俺達は本当に、遊園地へと向かって進み出した。
短い区間で電車を二本乗り継ぐと、あっという間に目的地へと到着した。まさか、こんなに近かったとは。
ろくに友達もおらず遊園地など行く機会のない俺には、目から鱗の新事実だ。
群衆!
乗り物がいっぱい!
観覧車でっけえ!
自宅から1時間もしない場所に、こんな広大なアミューズメント施設があったなんて!
改めて東京すげえ!
などと俺が内心で感動している隣で。
「うわー! 遊園地すごーい! めっちゃ人いるー! わー、これで私もリア充の仲間入りだぁ!」
と、素直に感動を表現している女子がいた。
もちろん永濱遠子だ。
花乃があんな品のない喜び方をするはずがない。胡桃音ちゃんもまた然り。
というか、永濱も俺と同じタイプの人間だったようで 、不覚にも親近感を覚えてしまった。見た目には、友達多そうに見えるというのに。
しかしまあ、永濱も入ったばかりの頃はもっと大人しい感じだった気もするし、社会人デビューしただけで本当は根暗なのかもしれない。
まあ、感情をストレートに表現出来るのが永濱の良いところで、俺はそこに多少の好感を持っていたりもする。
本人に言うと調子に乗るので絶対に言わないが。
はしゃぐ23歳の永濱を、18歳の胡桃音ちゃんが優しい目で見守っている。まったく、これではどちらが歳上か分かったものじゃないなと、苦笑しながら花乃の様子を見る。
花乃はさっきからずっと、大人しい。
2人が居るから当然なのかもしれないがあまり喋らないし、表情も変わらないので俺は少し不安になる。
「高園さん?」
花乃を見つめているところに胡桃音ちゃんから声が掛かってドキッとする。慌てて振り向くと思いの外近くに来ていたようで、俺の顔を覗き込んでいた。
「こ、胡桃音ちゃん、どうしたの?」
「どうしたの、は私の台詞ですよ、高園さん。何もないとこをじっと見つめてるから、どこか調子でも悪いのかなって心配になっちゃいました」
「え、ああ、いや、大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけで……」
普段から気が利く胡桃音ちゃんは、やはり視野が広いらしい。あまり花乃を注視しているとおかしく見えてしまうかもしれないので、気をつけた方がいいな。
とは思うが、実際それは難しいだろうなとも思う。
花乃に最初に出会ってから本当に欠かさず毎日、花乃のことを考えていたんだ。
花乃に会えてた時も、会えなかった時も。
そんな俺が、近くに居る花乃のことを気にしないことなんて、出来るはずがない。
まあ最悪は、俺がおかしいと思われるだけだから別にいいのだが、そのことで花乃に気を使わせるのは望むところではない。
「そうですか。無理には聞きませんけど、高園さん、何か悩みがあるなら、私で良ければいつでも相談してくださいね?」
胡桃音ちゃんは本当に心配してくれているようだ。真剣な目がそれを物語っている。
ありがたいと思う。
でもそれと同時に情けないとも思う。
花乃に気を使わせたくないと思っている矢先に、胡桃音ちゃんに気を使わせてしまっていることが。
俺は今25歳だが、18歳の花乃と胡桃音ちゃんの方がしっかりしているんじゃないかと思えてくる。
もっとちゃんと大人になりたいと思うけれど、それは一朝一夕でどうにかなるものではない。
歳を重ねるにつれて、それを思い知る。
精神年齢というものが、実年齢と比例してくれればいいのに。
実際には、精神年齢は何を経験して何を考えたかで大きく個人差が出る。
花乃に救われていただけの俺に、そんな大した経験があるはずもないのだ。
自己嫌悪してしまうなぁ。
「先輩! おっぱいちゃん! 早く行こうよ、ジェットコースターが私呼んでるから!」
痺れを切らした永濱がテンション高く近寄ってきて、俺と胡桃音ちゃんの背中を押す。
やれやれ、と思う。
永濱よりはきっと、俺の方が大人だろう。
だがそんな永濱の無邪気さに救われてしまう自分に、また少し嫌気が差した。
* * *
「え、ちょっと待って、な、何これ……」
胡桃音ちゃんにもらった入場無料券で中に入って、俺のポケットマネーで乗り物券を購入し、そして永濱の希望で真っ先にジェットコースターの列に並んだ。
ところが、ジェットコースターの順番が目前に迫ってきたところで、永濱に異常が発生した。
永濱の身体が強張って、ガクガク震えだしたのだ。
「永濱さん、だ、大丈夫ですか?」
永濱の右隣に居る胡桃音ちゃんが心配そうに永濱の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫! 大丈夫……なはず」
まるで拾われた仔犬みたいな様子で、誰がどう見ても大丈夫そうには見えない。
「怖いんだろ? やめた方がいいんじゃないか?」
「いや! 遊園地に来てジェットコースターに乗らないなんてリア充失格です! そんな……この私が恐怖しているというの……?」
このにわかリア充はにわかだけあって、リア充というものを誤解しているようだ。そしてお前は何者なんだ、永濱。
強者のようなことを言っておきながら、永濱はいつものふざけた様子ではなく真面目な涙目で、左側の俺にすがり付く。
「せ、せんぱぁい……乗るとき隣で手を握ってもらえませんかぁ? お願いします……」
珍しく、殊勝な態度で懇願してくる。
いつもぶっ飛んでるからこういう普通の女の子みたいな姿はいつも以上に可愛く見えてしまうので、俺としてもお願いを聞いてあげたいところではあるのだが。
「え、うーん……」
単純に、俺の左側に居て俺のジャケットの裾をきゅっと掴んでいる(可愛い)花乃の視線がある手前、悩んでいる。
花乃に、『誰にでも優しくするんだ』なんて思われたくない。多分花乃が居なかったら、渋々とだがそれなりに早く承諾しているだろう。
どうしたものか、と悩んでいると。
「春樹、一緒に乗ってあげなよ」
と花乃が言った。
「永濱さん、せっかく楽しみにしてたのに可哀想だよ。それにどうせ私は乗れないし待ってるから、私のことは気にしなくて大丈夫だよ」
どうせ、というのが引っ掛かった。
確かに、ジェットコースターに花乃が乗るわけにはいかない。
何が起きるかハッキリと分からないというのもあるけれど、単純な話、俺と一緒に無事乗れたとしても花乃が乗った席に係員がロックを掛けることはないだろうから、そういう意味でも花乃は絶対に乗せられない。
でも花乃には『どうせ』なんて、諦めの言葉を使ってはほしくなかった。
そうは思いつつも俺は、花乃の言葉に従うことにする。確かに俺としても、永濱に対して後ろめたさがあるのは事実なのだ。
花乃が乗れない以上誰の隣でも俺は構わないし、後は胡桃音ちゃんの意思を聞くことにしよう。
「胡桃音ちゃんは、一人でも大丈夫?」
ここのジェットコースターは1列につき2人しか乗れないので俺が永濱と乗るとなると、必然的に胡桃音ちゃんが1人で乗ることになってしまう。
「あ、はい。私はこういうの結構平気なので、永濱さんと乗ってあげてください。私としても心配ですし」
言いながら胡桃音ちゃんは爽やかな笑顔を見せる。
なんだこの子、本当にいい子だな。
さっきあれだけ永濱に弄ばれていたというのに。この子はきっといい奥さんになるだろうなぁ。
俺を遊園地に誘うくらいだから恋人は居ないんだろうけど、きっとすぐにいい人が見付かるに違いない。
「分かった。じゃあ永濱、一緒に乗ってやるからがんばろう」
「は、はい! ありがとうございます……。おっぱいちゃんもありがとう……」
「いえ、お礼はいいですから、その呼び方をやめてくれると嬉しいです」
苦笑しながらも、腰の砕けそうな永濱を自然に脇で支えてあげる胡桃音ちゃんは、本当に聖母のような人だと思った。
そして順番がやって来た。
花乃は安全を考慮して乗り口の端の方で待機している。
今にも倒れ込みそうな永濱を介護のように支えながら俺が先に乗って、手を引いてやる。
しかし、コースターの車体に乗り込む丁度その時に、永濱がよろけた。
前に居る俺に向かって真っ直ぐ、倒れ込んでくる 。
「うお!?」
「きゃっ!」
降ってくる永濱を、俺は反射的に全身で受け止める。
いい匂いと、女の子ならではの柔らかさを感じるが、そのどれもが花乃の時とは違う。当たり前だが、そう思ってしまった。
永濱は少し、フルーツのような匂いがした。あと、胸が花乃より幾分大きいようだ。それと、花乃よりもいくらか肉付きがいいな。
まあ花乃は少し痩せすぎなくらいだから、これくらいの身体付きの方が好きな男も居るのかもしれない。俺は言わずもがな、『秋月花乃至上主義』だが。
ということを瞬時に考えつつ、永濱に安否確認をする。
「だ、大丈夫か?」
「う、うう……大丈夫です。ごめんなさい」
いつになく素直だ。
本当に怖いのだろう。
ならやめればいいのに、と思うが、それでも乗るところが永濱らしいとも言える。
正直俺としてはこういう風に弱っている永濱の方がいつもより可愛いと思うので、ずっとこのままでもいいのだが。
……いやでも、それはそれで不気味か。
と、1人納得している間に、永濱もどうにか席に収まった。進行方向右側に俺、左に永濱だ。胡桃音ちゃんは俺の後ろに1人で乗っているが、本人の言う通り余裕の表情だった。
だがしかしよくよく考えれば、胡桃音ちゃんを後ろにしたのは失敗だった。
せっかく胡桃音ちゃんがジェットコースターに乗るというのに俺が前に居ては、ポニーテールが靡くのを見ることが出来ない。
絶対感動出来るはずなのに!
くそ、なんたる不覚……!
そうやって俺が自分の特殊な性癖と後悔の念を感じて歯噛みしている間に、係員のカウントダウンが行われ。
ゼロと同時に、コースターがゆっくりと動きだす。
そして――。
「いいいいいいいぃやあああああああああああああ!!!!」
永濱の断末魔が快晴の空に向けて炸裂した。
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