五竜の国 偽りの巫女は王を択ぶ
和知杏佳/角川ビーンズ文庫
序章 第一話
十三の時だっただろうか。
「日夜子、お
日夜子はただ
そういえば、母と妹はどうしたのだろう。
そんな思いに首を
「四年後のお役目は、この父が行くことになる」
日夜子は一つ
そう思ったのが伝わったらしく、父は頷いた。
「そうなれば、お祖父様のようにここへは
軽く目を
父の、男性的とも、さりとて女性的とも言えない顔は、いつも
「母様は体が強くない。もう子は望めぬだろう。お前には、神事の
母にも、妹の朔子にも情の感じられない言葉に、日夜子の胸の内が不安に
不安を
「……ですが、朔子は病がちで」
「なんとか、
朔子の身を案じる
「はい。私が必ず朔子を守ります」
意気込んで告げると、父はゆったりと頷いた。
「父様、あの子の体のことを考えれば、私がいずれ、自分の子に伝えるのではいけませんか?」
日夜子は病一つしたことがない。健康な自分が子をもうけることの方が、自然に思えた。
「ならぬ」
日夜子の体が
「子を産むのは命がけだ。その時にもしものことがあれば、神事が絶えてしまうかもしれない。日夜子は
父親が
「母様はまだお若いですよ。……そうだ! では、私がお役目に参ります! 年のころも丁度いいですし、神事も全て行えます」
「ならぬ。お前は
初めて見た父の冷たい一面に、日夜子はもう泣き出したくなっていた。これ以上聞いていたくなくて、日夜子はさらに言い
「ですが、昔は宮中に
空元気のような明るい声に、答えは無かった。
炭が、火鉢の中で
「……女は、
日夜子の言葉が
「お前が、
父を、物憂げな顔のひとと思っていた自分を、日夜子は消してしまいたかった。
このひとは本当に
女に生まれた日夜子を。
うらぶれた社の中で、日夜子は大の字に
「……暑い」
初夏の汗のせいにしたくて、そう
神社の
父母は二年前、日夜子が十五の年のころに、お役目のことで都へ行った帰りの道中、
成長した日夜子は、女子にしては背が
身につけた
日夜子はわずかに息をつく、それに合わせるように額から生え
山の上にある社は
──
わずかに風が
「うるさい」
二年前の父の死と同時に、社だけでなく、麓の村の
「いっそ言いつけなんて守らないで、誰かの妻にでもなってしまえばよかった」
そう、
もしも
社殿に上がる階段を
「
その声の主を見て日夜子の顔は
「朔子! ごめん、あの男かと思ったから」
日夜子は立ち上がって、そそっかしく足元をもつれさせながら朔子のもとに
「
「ねえさまこそ、転びそうだったじゃない」
朔子は母に似て
日夜子はそんな朔子を幼い頃から案じてきたが、二親を
「それにね、ねえさま、家と社は目と鼻の先よ」
そのくらいでこんなに心配するなんて、という朔子の思いは言外に伝わってきて、日夜子はへにょっと
「今日は暑いから、体に障ると思って……」
そう言った日夜子の額の汗を、朔子が
「ねえさま、私が都に行く。ねえさまはこのお社にも、村にも大切な人だから」
その目に強い決意が宿っているのは見て取れたが、日夜子は
「私、本気よ。体も弱いし、ここに残ったって何にもできないもの。私が代わりに行けば、この家の義務も果たせるし、村のみんなも困らないでしょ」
向かい合った二人の
自分の代わりに都に行くと言い募る朔子の気持ちが
世間知らずの妹をそのままに育ててしまったのは日夜子自身でもある。もっと、妹の
「朔子、私ね、父様と母様が
ゆっくりとそう
「でも、ねえさま」
妹を安心させるように日夜子はにっこりと笑った。
「大丈夫。お
朔子が悲しそうな顔で日夜子の頰に触れる。
「この村に大切な人って言ったのは本当よ。でも私、ねえさまに幸せになってほしいの。家の役目に
朔子は、きっとすごく世間知らずなのかもしれない。
──でも、
「朔子、私平気よ。こんなことなんでもない」
頰に触れる朔子の手に、自分の手を重ねる。
朔子は、あの男がなんと言って日夜子を従わせたのか知らない。知らせて辛い思いをさせたくもなかった。
朔子だけは守りたかった。
戸口から、低く笑う声がして、二人は声の主を見る。そこにいたのは「あの男」と呼ばれていた、都からの使者、
「
日夜子は孝保を
「
「私が行く。朔子は絶対に行かせません」
「ねえさま、私だってできるわ」
孝保はまた笑い出した。
「出立は明日だ。どちらにするかなど、
「私が行くと言ったでしょう」
日夜子の口から出たのは厳しい声だった。
「わかっておりますよ。妹御ではいかにも力不足と見えますし」
「孝保
冷え切った怒りを向けられても、孝保はひょいと眉を上げ、形ばかり頭を下げただけだった。
「これは申し訳ない」
女とはいえ自分より位の高い日夜子へ、表向きは
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