第116話 言うなれば一方的な粘着
ここは古城で私が借りている一室。
手元の魔術道具を確認していると、背後からすすり泣くような声が聞こえてくる。
「うぅ酷いです……私を置いていくなんて……」
「うん、それはごめんね」
私が振り返らずにそれに答えると、その声の主であるディーネは更に続けて言う。
「頑張って荷物だって運びましたのに……!!」
「うん、でもアルフォンス様は人だから荷物ではないよ?」
「うぅ……しかもよりによって、あのやたら赤い男と二人っきりでっ!!置いていきましたね!?」
一応、私は返事をしているものの、ディーネはそれをまともに聞く気がないらしい。
その代わりにというべきか、バンバンと床を叩きつける音が聞こえてくる……。
やめなさい、上級精霊パワーでヘタすると床が壊れるでしょうが。
聞かないだろうとは思いつつも「ディーネ、床を叩くのはやめようね」と優しく声を掛けるが、まぁそんなことはやっぱり無駄なわけで……。
またしても私の言葉を清々しく無視したディーネは、こんなことを言い出した。
「リリアーナ様っ!! アナタは私とあの男とどちらが大切なのですかっ!?」
何、その質問。
ディーネとカイくんのどちらが大切かって……そもそも、私の言葉は無視しまくってるのに、なんで質問してきているのかな? ねぇ?
まぁ、そんな風に言っても、当然無駄だろうから、私は親切に彼女の質問に答えてあげる。
「そんなのどちらかなんて決められないよ、二人とも大切だからね」
「っ!!」
あれ、当たり障りなく答えたけど、これはますます怒ったかな?
でもディーネの方が大切って答えるのは、明らかな嘘だし……。
「うぅ……大切と言って頂けたこと自体は嬉しいですが、あの男と同じは嫌です……嫌です……」
「えぇ……」
何なの、その反応は……本当に面倒くさいな……。
もうさっきから、延々とこんな感じなんだよなぁ。
その原因は彼女も言ったように、先程ディーネにアルフォンス様を運んでくれるように頼んだあと、ディーネが戻ってくるのを待たずにカイくんと移動してしまったことにある。
それがショックだったらしいディーネは合流した後。
カイくんが居たときには、とても元気に喧嘩を売ってたりもしてたんだけどね。それはそれで別の方向性で面倒くさかったんだよなぁ。
とは言っても私自身、カイくんが居てくれた方が精神的にラクだし、伝えたいこともあるから早く戻ってきて欲しいんだよね……カイくん、まだかなぁ。
「おーい、戻ったぞ」
そんなことを考えていると、ちょうど部屋の扉が開いてカイくんがひょっこり帰ってきた。
やったぁ、カイくんだ……!!
「お帰りカイくん!!」
「アンタ、よくも帰って来たわね!?」
私の言葉とほぼ同時にそう言ったディーネは、やはりというかカイくんのことを敵視しているらしく、放っておくとまた彼に喧嘩を吹っかけそうだった。
おっと、これは危ない……。
「はいはーい、ディーネは一旦下がってね」
だから私は椅子からサッと立ち上がり、カイくんに食って掛かりそうなディーネの肩を掴んで下がらせる。
ディーネは「え」っとショックを受けたような顔をこちらに向けたものの、それには構わず私はカイくんに声をかけた。
「それでカイくん、アルフォンス様の様子はどうだった?ちゃんと話しは出来た?」
「ああ、元気そうだったし、ちゃんと話しもしてきたよ」
そっか、アルフォンス様は元気そうだったんだ……よかった。
「カイくん、ありがとうね」
「いや、オレが自分で引き受けたことだからな」
「ううん、それでも助かったよ」
本当なら、私がアルフォンス様の
「ぅぅ……」
今のディーネとカイくんを二人っきりにするのはマズそうだから、カイくんにアルフォンス様のことは任せたんだよね。
とりあえず、今のディーネは触れると面倒そうだから、ちょっと静かになって都合がいいし一旦無視して置こうっと。
「ほら、お陰でこっちでは、例の本と鍵の修復も終わったんだよ~」
「湖の底の建物で見つかったやつだよな。そいつはよかったが、肝心の中身はどうだったんだ?」
「うん、実は戻ってきたカイくんと一緒に見ようと思って、まだ見てないんだ。だから一緒に見よ?」
「そうだったのか……だが悪いが、その前にしたいことがある」
「え、したいこと?」
予想外のカイくんの答えに、私は困惑する。
そんな素振りはなかったけど、一体なんだろう……。
「陛下……グレイオス様への連絡だ」
「…………なんで?」
「あからさまに嫌そうな顔するなよ、自分の父親だろうが」
「いや、別に嫌ってわけじゃないけど……昨日も話したばかりだし、必要ないんじゃないかなって」
もちろんお父様のことは嫌いじゃない。
だけど顔を合わせると何かと小言を言われることが多いので、積極的には会いたくないんだよね……まぁ大体の原因は私にあるのは分かってるけど、嫌なものは嫌なんだもん!
私の言葉にカイくんは大きくため息をついて、ジトっとした目をこちらに向ける。
「あんなことがあったんだ、報告はするべきだろう」
「…………」
あんなこと……それはもちろん様子のおかしい大地の大精霊様と揉めた、先程の一件のことだろう。
確かにややすれば大惨事にもなりかねない事態で、大変なことではあったけど……。
「でも、一応どうにかなったし、黙っていてもよくないかな……?」
「ダメに決まってるだろうがっ」
「じゃあ、せめてもう少し後にまとめて報告しない? 今報告するのは……なんというか面倒くさいし」
「……お前な、そういうところが毎回怒られる原因だぞ」
「むぅ……」
それについては、まったく言い返せる部分がない……。
でもだって、しょうがないじゃん面倒くさいんだもん!!
「ということでお前、今のグレイオス様の予定とかは分かるか? もし分かるなら教えてくれ」
「カイくん、そんなことが分かると思う……?」
「そうか、分からないのであれば、それは別に……」
「ふっ、それが分かっちゃうんだよなぁ~」
「分かるのかよっ!?」
流石カイくん、見事なリアクションとツッコミである。なんと言ってもキレがいいよね、キレが。
何よりこれで、カイくんに少しだけ仕返しも出来てすっきりしたかも……ふふっ。
「何と言っても私の生活の基本は、お兄様とついでにお父様も避けることで成り立っているので」
「最悪な内容を堂々というな」
カイくんは頭を抑えながら、ため息交じりにそういう。
まったくカイくんてば、ため息ばかりついてると幸せが逃げちゃうぞ?
「ちなみに今くらいだと、特別何かない限りは休憩でお茶でも飲んでるんじゃないかな」
「そうか、なら今連絡すればちょうど良さそうだな」
「えぇ、ティータイムを邪魔するのは、私よくないと思うなー」
「じゃあ、逆にいつならいいんだよ」
「それはほら、仕事も終わった寝る前の空き時間辺りとか……」
「よし、今連絡する。今すぐに連絡する」
「なんで……?」
「お前のことだ、実際にその時間になったら、そこでまた理由を付けてはぐらかすつもりだろうが」
「そ、ソンナコトナイヨ?」
「おい、動揺し過ぎてカタコトだぞ」
ちぇー、しかしこれじゃあ、うやむやにする作戦は諦めるしかなさそうだな
はぁ面倒くさいけど、ちゃんと連絡を……って、待てよ、面倒くさいと言えば。
そこでカイくんへちょいちょいと手招きし、もっと近くに来るように促す。だって、うっかり本人に聞こえちゃうと、絶対面倒なことになるだろうからね。
するとカイくんは
「ディーネのことはどうするつもりなの? このままだと、色々不都合が出ると思うけど」
「あ……」
カイくんは、そんな声を漏らしてちらりとディーネの方をみた。もちろん私もそれに続く。
そのディーネはというと、カイくんが来てからは放置状態になったからか、完全にイジケて床で膝を抱え座り込んでいる様子だった。
丸い、コンパクト、そして静かである。
さっきまでのアレを考えると正直、ずっとこうしていて欲しいくらいだけど、彼女のことだからお父様と話しを始めたら、絶対勝手に食いついてくるだろうし……。
「そこは……うん、お前に任せるわ」
「え……」
「だって精霊はお前の方が専門だろ?」
「確かにカイくんよりは詳しいけれど……」
「それで十分だから、どうにかしてくれ」
「……」
よくよく考えてみれば、カイくんにディーネをどうにか出来るはずがないので、私が対応するしかないのは、まぁ当然のことである。
さっきだって、そんな理由があるからこそ、アルフォンス様のことをカイくんに任せたわけだし……。
でも、彼女って私には本当に扱いづらいんだよなぁ……!!
はぁ……でも嫌がってても仕方ないし、やるだけやってみるか……。
「ねぇ、ディーネいいかな?」
「はい……」
私の言葉にディーネが静かに顔をあげる。
出来ればずっと顔をあげないでいて欲しかったから、かなり残念な気持ちもあるが、そこはグッと抑えて更に声を掛ける。
「これからお父様に連絡するのだけど、貴女は静かに私の後ろで待機しててくれる?」
「え、グレイオス様に!? お話出来るのなんて久々ですよ!!」
お父様のことを引き合いに出した途端、彼女の様子は一変した。まぁ大方予想通りではあるが、ディーネはかなり興奮した様子でキラキラと目を輝かせ始めた。
「私、王都には入れないですし、それ以外でも御本人に近付くな話し掛けるなって言われてまして……」
いや、後ろで待機してろって言ってるのになんで話す気満々っぽい感じなのかな? もしかして聞こえてなかったのかな、しょうがないな……。
「一応言っておくけど、ディーネは話に入ってきちゃダメだからね? 貴女は話せないからね」
「そ、そんなぁ……」
全然分かってなさそうな様子のディーネへ丁寧に釘を刺すと、彼女はこれまた分かりやすい様子で、肩を落として落胆した。
うん今度は伝わったみたいだね、よかったよかった。
「どうにかなりませんかね……?」
「うーん、ちょっと無理かな」
むしろ本人がわざわざダメと言ってることの許可を、私が出せると思っているのだろうか? そんなことをすれば、私が怒られてしまう。ただでさえ怒られかねない案件が沢山あるというのに……。
そんなディーネとのやり取りを他所に、カイくんが私だけに聞こえる声でぼそっと「そいつ、そんなに嫌われてるのかよ」と言っていたが、サラッと聞かなかったフリをした。
そうして更にディーネへ念を押す。
「いい、くれぐれも静かにしててね?」
「はい……」
「絶対に絶対に、許可なく喋らないでね?」
「はい……」
よし、大体これくらい言っておけば、流石に勝手なことはしないかな……たぶん。
そうしてカイくんにもう大丈夫だと伝えようとするが、またあからさまに話しかけると面倒くさいことになりそうなので、一考した私は目で合図をして知らせた。
カイくんはスグに分かってくれたようで、黙って通信用の魔術道具を取り出して準備を始めてくれる。
しかし昨日に続いて、またお父様と話をすることになるのか……別に何もなければいいけれど。なんだろう、このモヤモヤは……。
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