第115話 最後の会話?-別視点-
「おーい、もしもし」
何かに揺さぶられるような感覚がした。とぼんやりと思ったその後、むせるような刺激臭が鼻を突き、私は反射的にゴホゴホと咳をしながら飛び起きた。
「ほぉー反応を見るに、人間よりだいぶ鼻がいいみたいだな。気付け薬が効果
「ぐっ……貴様は……」
「ああ、俺だ。目を覚ましてくれたのが、アイツじゃなくて残念だったな?」
ニヤリと笑いながら、今嗅がせて来たのであろう気付け薬の瓶を傾けていたのは、何度見ても忌々しい赤髪の男カイアスであった。
「っっ……先程はよくも!!」
私は思わず身体を起こし、キッとカイアスを睨みつける。反してそいつは一切動じた様子もなく、いけ好かない態度で平然とこう言った。
「おいおい、随分とご挨拶だな。仮にも俺が助けてやったというのに」
「助けただと……?」
この男、一体何を言っているのだ……。
理解できない言葉に私が顔をしかめると、カイアスはやれやれといった様子で、ため息を付きながら口を開く。
「まずはじっくり今いる場所を確認してみたらどうだ?」
くっこの男、いちいちイラッとする態度を取るな……。
しかし意識を取り戻してから、今まで辺りに気を払っていなかったのも事実であるため、一応言われた通り周りの様子を見てみる。
「ここは……私の部屋か?」
「一応俺はそうだと聞いてアンタを運んできた、もし間違っていたら知らん」
……確かにここは古城で使っている私の部屋だ。まさか本当にこの男がここまで運んできてくれたというのか?
「だが、しかし私の記憶が確かなら、気絶する直前に貴様が攻撃を……」
「まっ確かに一旦気絶させてから、アンタをここまで運んだ訳だからそれも間違ってないぞ」
ヤツは私の言葉にやや被せつつ、平然とそう言いのけた。
は……はぁっ!?
「やはり貴様が、危害を加えて来ていたのではないか!?」
「人聞きの悪い言い方はやめてくれ、俺は助けてやったのだと言っただろう」
「気絶させておいて何を言っている……!?」
「ほら、一旦落ち着けって? まずはアンタがさっき森の中から、湖の方に飛び出して来た時のことを思いだしてみろ」
「はっ、いきなり貴様に攻撃されたことしか覚えておぬわ」
私が鼻を鳴らしてそう答えると、カイアスは「なるほど」と深々頷いた。
「何がなるほどだ……」
「いや、ただアンタのバカが再確認出来たからついな。ああ、バカに頭を使わせようとしてしまって悪かった」
「な、なんだとぉ!?」
流石に頭に来て、思わず身を乗り出しかけた私だったが。忌々しいその男は、それをスッと手で制すと、
「いいか、アンタでもなるべく分かるように、優しくさっきの状況を説明してやるよ」
「何を……」
「まっ一旦聞けって? あの時の俺達はな、かなり危険な相手と対峙してたんだ」
「……危険な相手だと?」
「ああ、ヘタに目を付けられたら殺されかねない相手だ……」
「ええい、回りくどい!! 何故はっきり言わぬのだ!?」
「……むしろ、ここまで言ってまだ分からないのか」
そこでカイアスは今までの笑顔を引っ込め、すっと冷たく目を細めて私を見据えた。
まるで『やっぱり、バカだな』とでも言いたげに。
「アンタもよく知ってる、大精霊だよ」
「…………は、はぁ!?」
だ、大精霊ってまさかあの大精霊か!?
「で、そんな
「……」
「だからな?そのバカが目立って標的にならないように、親切な俺が助けてやったわけだ」
「仮にそうだとしても、気絶させる必要性は……」
「切迫した状況で、選べる手段なんてほぼないに等しかったんだが?」
「…………」
「そんなわけで、助からない可能性もかなりあったが、今回は運良く死ななくてよかったな? せいぜい俺に感謝しろよ」
…………この男は本当にずっと好き放題言っているな。心底腹立たしいくらいに。
確かに呪いに掛かってからバケモノ扱いされたことはあったが、ここまでわざとらしく喧嘩を売るような形で、悪意のある無礼を働かれることは今まで一度もなかった。
だから正直、この男のことは一切気に食わないが……。
「……助けてくれたことには感謝しよう」
しかし、私のことを助けたのが事実なのであれば、当然礼は言うべきであろう。例え、他の言動がどれほど気に食わなくてもな。
それでもなんとなく目は合わせたくなくて、あえて顔を逸らし気味でそういった私だったが……。
「……礼だと?」
ほどなくしてそんな小さな呟きが耳に届き、私はついそちらを見てしまった。
そこには今までの余裕綽々で、いけ好かない態度のカイアスではなく、初めて戸惑い驚いたような顔をしたヤツの姿があった。
は? まさか、私が礼を言ったことが意外過ぎて、それほど驚いているのか……くっ、どこまでも気に食わないやつだ。
「貴様のことは好かないが、最低限の礼くらいは言うぞ……」
あまりにその様子がイラッとしたため、私は顔をしかめながらそう付け加える。
するとカイアスはそんな私を見て、なんと頬を緩めるようにふっ笑った。控えめだが今までとは違い、柔らかくごく自然に。
なっ、わ、笑っただと…… ?
それも今までとは雰囲気が違うような……。
「いやー、アンタのことを勘違いしてたわ。さすが王子だ、ちゃんと礼を言えるなんてエラいなー」
と、雰囲気の割に発言の内容自体は、今までとそんなに変わってないぞ!?
「心底意外だったわ、アンタがそういう考えを持てるタイプだっていうのがな」
「……それは私への侮辱と取っていいな?」
「いやいや、ただの俺の素直な感想だよ。今まで勘違いしてて悪かったなケモ王子」
「ケモっ!? ぐっ、こき下ろしながら同時に愚弄するな……!!」
「ケモケモしてるのは事実だろう。でももし状況が変わったら、また別のアダ名を考えてやるよ」
「いらぬわ!!」
まったくこの男は、本当にロクでもないやつだな!?
助けてくれたことだけは感謝するが、他はとんでもない……いや、そもそも助けてくれたのも本当か若干怪しいが、一応リアの仲間ではあるし、念のため信じては置くが…………っと待て。
「おい、そう言えばリアはどうした?」
そうだ、そもそも私はリアに会うために、あの場所に向かったのだ。結局カイアスに気絶させられたせいで、ロクに話もできなかったが……この男だけここに居るということはリアは一体。
「ああ、リアな……知りたいか」
「そうでなければ聞かないが?」
私がそういうとカイアスは、コクリと頷いて答えた。それまでとはまた表情を変え、いつも通りの例の笑顔を浮かべて。
「そうか、だがアンタの知る必要はない」
「なんだと……」
「分からないなら、もう一度言ってやる。知る必要はないと言ったんだ」
静かな口調だが、強い力を込めてカイアスはそう言う。
「そもそも俺がここに居たのも、仮にもアンタを気絶させたのが俺だからで、その最低限の説明責任を果すために過ぎない」
そこまで言い終えるとカイアスは、くるりとこちらに背を向けてそそくさと部屋の扉へと向かう。
「そして、その義理を果たしたからには、俺もこれ以上ここに居座るつもりはない……じゃあな」
「っ!? 待てっ!!」
「…………ん、なんだよ」
そのまま部屋の外に出てしまうと思われたカイアスだったが、なんと足を止めてこちらを振り返った。
……え? いや、呼び止めては見たものの、今までの経験上この男は無視すると思っていたので、私はカイアスが立ち止まったことにやや面食らってしまった。
だがしかし、この状況も恐らくは長く続かないだろう……は、早く何か言わなければ!!
「…………なぜ私のことを助けた?」
あ、いや、違う……一番聞きたいのはリアのことなのだが、話の流れ的に絶対無視されるだろうし、他に聞くべきことが思い付かな過ぎて咄嗟にこれしか……。
自分の選択に後悔してる私とは対照的に、カイアスはこちらの問いに迷いなくすぐ答えた。
「そうした方が良いと判断したから助けた、それだけだ」
「そうか……」
なんというか、想像以上に収穫も面白味もない解答だな……完全に失敗した。
「あと目の前で誰かに死なれても、目覚めが悪いしな」
しかし、その後にカイアスが付け加えた言葉と、何とも言えないその表情は、どこか少し私の心に引っかかった。
「…………もしかすると割といいヤツなのか?」
私は小声で呟くように口にしたつもりだったが、それが聞えたらしいカイアスは、ふっと笑いながら私へ言った。
「俺は初めから、ずっといいヤツだぞ?」
う、嘘つけぇ……!!
そこは絶対間違いなく、意図的に悪意を持って喧嘩を売ってきていた節があっただろうがっ!!
私が色々と言いたくなるのを抑え込み、ワナワナ震えていると……そこで気のせいかと思うほど、小さい声でこう聞こえてきた。
「ま、どっちにしろこれで最後だろうしな」
「は、最後だと……? それは一体どういう……」
「じゃ、親切に質問にも答えてやったところで、そろそろ失礼するわ。今度はせいぜい周りに気を付けろよ、ケモ王子」
「おい、待てっ!」
今度こそ私の言葉を完全に無視したカイアスは、そのまま部屋の外へと去っていった。慌てて私もそれを追いかけたが、今出て行ったばかりだというのに、外の通路をどんなに見渡してもカイアスの姿は見えず。それはまるで、ヤツが消え失せてしまったかのようだった。
いくらなんでも早すぎないか!?
しかし、あの言葉……かなり小さな声ではあったが聞き間違いではないよな?
これで最後……かなり嫌な感じがするが、一体どういう意味なのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます